幸せな涙から始まる世界はニルバーナ




涙が伝った。
重力に従う毎に冷たくなっていく雫は何処へ行ったのか。ベンチに居た他のマネージャーは既に遠く、この広いアマノミカドスタジアムはわたしと彼を置いて限界まで沸いていた。

自由なサッカーが、勝ったのだ。

彼が、皆がたくさんの犠牲と努力を払ってでも貫かなければいけなかったものを、手に入れなければいけなかったものをやっと手にできた。今まで、そう、いろんなものを犠牲にしたね。たくさん辛い事があったね。


あの典ちゃんが、泣くくらいに。


自分でも気付かないうちに典ちゃんの元へ歩きだしていた。天馬くんに話しかけられて必死に隠してるみたいだけど、残念。わたしが貰い泣きしちゃうくらいバレバレだよ、典ちゃん。



「…倉間くん、」



典ちゃんの隣に居た速水くんがわたしに気付いて典ちゃんの肩を叩いた。



「っ、ちょっ、と待て」

「っうん」



しゃくりあげながらも仕切りに目もとを擦って涙を止めようとしている典ちゃんに、わたしは既に貰い泣きのレベルではなかった。拭っても拭っても落ちてくる涙にわたしも典ちゃんも拭うのを諦め、お互いにぽろぽろと涙を流しながらやっと目を見る、
10年くらいは一緒にいるけど、典ちゃんの泣き顔なんて初めて見たな。



「名前、」

「、うん」

「っ名前」

「っうん、の、りちゃん」

「俺、勝っ、た」

「うん、」

「勝っ…た」

「勝った、ね」

「おわっ…終わったん、だ!名前っ」

「っ…!」



終わった、そう自分の口から出た事が引き金になったらしい典ちゃんは慟哭の勢いのままわたしを抱き締めた。わたしも、典ちゃんの口から終わったと紡がれて少し治まっていた涙がまたぼろぼろと溢れだした。お互いの肩口に顔を埋めて、お互いの腕でぎゅうぎゅう抱き締めながら、典ちゃんは叫ぶように言った。



「好きだ!好きなんだっ…!」

「わた、わたしも、わたしもだよっ…典ちゃんっ…」

「革命も終わった!ホーリーロードも…だから、」



――――


"ごめん、俺達には革命があるから"
そう言って離れていった典ちゃんを追い掛けてマネージャーになったわたしは、ずっと典ちゃんの後ろ姿を見つめていつか振り向いてくれる日を待っていた。
典ちゃんは毎日毎日必死に練習してたね、勇気を振り絞って伝えた10年越しの想いを断られて何回泣いたっけ?覚えてないや、
今までの色んな事がいっぱい思い出されてまだまだ涙が出るけれど、典ちゃんがわたしの肩口から顔を上げたのでわたし達は向かい合った。



「…待たせて、ごめん。追い掛けてくれて、ありがとな」

「の、典ちゃあああ」

「これからは幼馴染みじゃなくて、恋人としてよろしく、な」

「典ちゃあああ!!」

「く、倉間くんんん」

「お前らには言ってねーよ!」

「だっ、だってえええ」

「ちゅーか泣くなって方が無理な話っしょー…」



浜野くんや速水くんと話している間も、わたしは涙が止まらずにまた典ちゃんに抱き付いていた。
ふざけあいながらもずっと背中を擦ってくれる、ちっちゃくてもおっきな典ちゃんがとっても愛しい。わたしは幸せ者だ。



涙の向こうには微笑む典ちゃんと、幸せな未来。歓迎します、ニルバーナ。


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