まったくなんてこと
泥棒だ。あいつは泥棒。
困った。本当に。何もかもがうまくいかない。簡単なパスで足が狂う、肝心なミルクの量を間違える。サッカーと料理、両方を取ってしまえばオレには何が残るんだ?え?こんな事今まで一度だって無かった。たった一人の女の子のせいで、こんなに掻き乱されるなんて事は。
「さっき授業当てられて間違えてただろ?マルコだっせー」
「うるせー」
フィディオほど自然と寄ってこないし、ジャンルカほどがっついてないけどオレはオレなりにイタリア人らしく女の子に恵まれた生活を送ってたさ。それなのになんだ?女の子の名前でいっぱいのアドレス帳をくまなく探したって着信音をわざわざ変えてあるのなんてあいつだけだし、もっとも着信音の変え方を知らなくてジャンルカに教わったなんて逸話があるくらいだ。
「顔が真っ赤で髪と同化してるぞ」
「うるさいほっといてくれ」
「マルコが今更初恋なんて女の子達が聞いたらがっかりするな」
「別に他の女にどう思われてもオレには関係ないから」
正直戯れるような虚な恋愛、と呼べるかわからないようなものをしていたオレにとって初恋はある意味衝撃だったさ。あいつが転んでも笑っても喋っても怒っても座っても立っても歩いても走っても、振り向いても、片手を上げるだけでもう可愛くて仕方がないんだ。心臓がきゅうきゅうして温かくて擽ったくて痛い。こんなのは初めてだった。
今は授業合間の休み時間。オレの手には携帯、画面は受信ボックス。差出人はあいつ。本文には可愛らしい絵文字と一緒に"明日の試合頑張ってね"、
「よし、マルコ。明日の試合呼べよ」
「は、!?」
「いいチャンスじゃないか!マルコのプレー見たらきっとあの子もマルコの事意識し始めるって」
「でもオレDFだぜ?おまえらみたいにシュート格好良く決めれなかったら…!」
「シュート技だけがサッカーじゃないだろ?」
「…ストライカーにはわかんないさ」
「…マルコ…」
オレはキックに自信が無いし、自分自身DFは合ってると思う。ブロックやドリブル技は得意だ。普通にやってる分に不満は無い。
でも、好きな女の子に見せるとなると別だ。折角応援しに来てくれても、一点も入れられないだなんてカッコ悪すぎる。それなのにあいつの目にはオーディンソードやトリプルブーストなんかを決めまくる他のメンバーが映るだろう。
授業開始のベルが鳴り、傷付いたような顔をしたフィディオは渋りながら席に帰って行った。オレは窓の外を見ていた。
また授業で当たった。1日に二回も当たったうえに、両方間違えるだなんて。さっきオレをからかった奴の笑い声が聞こえるようだった。
ずっと不貞腐れて頭をもたげていたつまらない授業はやたらと長く感じて、それでもやっと終了のベルは鳴った。ガタガタと騒がしくなる教室。今日はこれで終わりだから、さっさと帰る奴や部活に行く奴等様々だ。
オレは静かに後ろのドアを見つめる。あいつは帰りになると、決まって友達を迎えに来るのだ
あいつがドアのところにひょっこり顔を覗かせた。それだけで教室が少し明るくなったような、花の香りが立ち込めるような気がした。あいつはきょろきょろと教室を見渡して友達を探してるようだが、その間にばちりと目が合った。そのままとたとたとオレの方に向かって来るじゃないか。心臓は今までの二倍くらいの量で、しかも炭酸を全身に流したようにぴりぴりと緊張した。
「ねえマルコくん、アルヴェリ達知らない?」
「いや、…でも鞄まだあるからトイレとかじゃないのかー?」
「そっかー、ありがと」
ふわり。こいつはまるで花だな、と思う。イタリア人にしては饒舌さに欠けるオレだが、うん、こいつに関してならいくらでも甘い言葉が吐ける気がした。そう、心の中じゃ沢山の形容詞が浮かぶんだ。美しい、可愛らしい、愛しい
「…ねえ、マルコくん」
「ん?」
「試合、応援にいっちゃダメかな?」
「え、だ、ダメじゃないけど…」
「あ、迷惑だったなら断ってくれても」
「迷惑じゃない!…けど、オレDFだからシュートとか決めれないし」
「わたし、シュートを見に行くんじゃないもの。ただマルコくんがサッカーしてるとこ、見てみたいんだ」
「…っ」
あーあ、オレの弛んだ頬の情けない事
※企画提出作品没版