夏喰
「これなに」
「え…腕?」
眉間に皺が寄った。
今日はすこぶる暑い。夏のじりじりとした日差しが肌を刺す晴天だ。
そんな日に、暑さが苦手な兵太夫が学校帰りに寄り道でアイスクリームショップなんて遠回りをするのを許してくれる訳が無く、私たちは兵太夫の家でクーラーをがんがんに稼働させて明日のミニテストの勉強でもしていた。
「なんでこんなものが生えてるの」
「え、え?」
「許せない」
意味がわからない。腕がなんで生えてるのなんて聞かれたって困る。
混乱しているうちに兵太夫はわたしの腕を口元に近付けていく。何故口元なのか、食い千切られるのだろうか…兵太夫ならやりかねない。
「な、何す」
「許せないから僕が食べてあげる」
「食べ…わっ、やめ」
全力で腕を引っ込めようとしてるのに、まったく腕は戻ってこない。暑さの下に居るときはあんなに無気力で非力になるのにこの力は一体何だ。
抵抗も虚しく兵太夫はわたしの腕にかぷりと、噛み付いた
「へ、兵太夫っ…痛っ!い、痛い痛いやめて!」
「うるさい」
「ほんとやめて痛い!いやなら剃ってくる剃ってくるから!」
「お前声でかいうるさい今すぐ剃ってこいよおまけに汗臭いし風呂入って」
眉間に盛大に皺を寄せて、不機嫌丸出しの兵太夫。
彼はわたしの腕にある剃り残しが許せないようだった。心の準備もしていないのにいきなり毛を抜かれたら痛いに決まってる。おまけに汗臭いだなんて、女の子に言う言葉じゃない。ましてや彼女なのに容赦無い
「え、でも家帰ってお風呂入ってたら夜になっちゃ」
「うちで入れ」
「え?」
「なに」
「いや、あの…」
なにって何!
いくら彼氏の家でも、家族の居ない間に勝手にお風呂に入るのは気が引けるのは当たり前の感覚だ
「今日家僕だけだから。ついでにご飯作ってよ」
「え、えええ?!そんな家族が居ないからって勝手に台所なんて…」
「何?言う事聞けないの?」
「…やらせていただきます」
逆らうと後が怖いので出来る事は従った方がいい。それにあの眼光には有無を言わせない鋭さがある。
さっさとお風呂に入って、夕飯の準備をしなければ。
「…でも剃刀まで借りるのは…」
「…お前まだ気付かないの」
「え?」
「鈍臭いヤツ」
「…?」
「彼氏の家で風呂なんて、」
そういう事しかないだろ?
わたし食べられてしまうのね