誘導尋問




「不破、くん」

「…なに?」

「…なんでも、ないです」

「そう」



ふらふら、
はっきり意識があるのかわからないような覚束ない足取りで、湯浴びを済ませたような不破くんがわたしの部屋に来た
乾き切らない豊富な髪が冷たい。

今日、わたしは不破くんに会いたくはなかった。実習から帰ってきた時から彼は少し、おかしかったのだ。現に今、不破くんに抱き付かれているだなんて非日常の風景だ。

真っ暗な部屋、蝋燭の炎は揺らめき、わたしの寝間着がじわりと濡れていく様を映し出した。彼はびくりともせずに、わたしの腹の辺りに抱きついている



「…なにか、あったの?」



びくり
彼は一つ揺れてから、怠そうな動きで顔を上げ、身体を起こし、わたしの瞳を一筋に見つめた。
その瞳は深い闇に囚われれていて、いつもの明るくて優しい不破雷蔵ではなかった



「ど、…どうし…」

「死ぬって、なに?」



急にふわりと浮かべた笑みと反対に、彼は重い言葉を吐いた。その、人生をかけて模索するような議題にわたしのような若輩者が答えられるわけもなく、僅かに眉間に力が入るだけだった



「生きるって、なに」



今回五年生が挑んだ実習は、悲惨なものだったと聞いている。死者も出たし、あの鉢屋くんが酷い傷を負った。誰もが、何処かしらに傷を受けた。
不破くんは外傷は無いようなものだが、きっと心に深い傷を負ったのだ。



「……それは、」

「なに、」

「………」

「なんだよ、答えろ!、答えろよ!」



言い淀んだわたしに痺れを切らせた彼は激情に任せてわたしを荒く床に叩きつけ、頸動脈ぎりぎりを掠めて床に苦無を突き刺した。
浮かべていた笑みは欠片も名残を残さずに冷たい情に呑まれた。



「もうわかんなくなっちゃったよ。あーんなに簡単に消えちゃうのにさ、何で僕らは生きているの?苦しいだけなのに、何故死ぬの?」



わたしは、胸が痛くなった。
きっと彼も痛いのだ。



「…いくら考えても、答えが出ない。」

「……それは、」

「………」

「…きっと誰にもわからない、自然の摂理だから。生を受けた以上、生きるしかない。」

「…じゃあ死も、自然の摂理だって言うのか。そんなもので、そんなもので片付けられるのか」



不破くんは眼光を増してわたしを睨んだ。
みしみしと床板が悲鳴を上げてほどなく苦無は抜かれた。苦無は弱々しい蝋燭の炎にじわりと照らされている



「怖い、苦しい。僕は誰かが死んでしまう前に、僕が誰かを殺めてしまう前に、死んでしまいたい」

「…そんな事言わないで。それで苦しむ人もいるんだよ」

「それは誰?」

「それは、鉢屋くんも竹谷くんも久々知くんも」

「名前ちゃんは?」

「え?」

「名前ちゃんは悲しまないの?」



自分が死んだら悲しんでくれるか、首もとに苦無を押しつけながら問う言葉ではない。
しかも何故か不破くんの顔には殺気など微塵も感じない何時もの笑顔が浮かんでいて酷くミスマッチな光景だ



「も、勿論わたしだって悲しいけど…」

「そう、悲しんでくれるんだ。ねぇ、誰よりも?他の誰が死ぬよりも悲しんでくれる?」

「え…それは…」

「早く、僕が一番って言ってよ。そしたら…」



苦無の落ちる音がした。
ごとりという音の代わりに、不破くんの掌がわたしの頬を優しくなぜる



「僕は君の為だけに生きる事ができる。君の為だけに死ぬ事ができる」



一年の時からわたしは不破くんが好きだった。
誰が傷ついていても不破くんが無事ならばそれで良かった。彼がわたしの部屋に訪ねてきて内心は躍り上がっていた

そんなわたしが、NOなどと言う筈も無く



「…わたしも、不破くんの為だけに生きるわ。不破くんの為だけに死ぬの」



彼はほっとしたような顔をして、わたしの額に触れるだけの口付けを落とした。




彼が悩み過ぎて寝てしまうなんて、初期症状にすぎないのだとわたしは学んだ。
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