君のカップスープ

※現代


ああ疲れた。バイトもこんな時間までやってると流石に疲れるなぁ、もう11時くらいだ

わたしの手には夕飯の入ったコンビニの袋とバッグ。とぼとぼと真っ暗な夜道を歩いて、我がアパートへと帰路についている



「ん…?」



誰かが、わたしの部屋のドアに背を預けて座り込んでいる

シルエットからしてあれは…



「遅い。なにバイト?」

「兵ちゃん…どうしたの?家出…?」

「うるさいな僕が質問してるんだけど」

「えと、バイトだよ…てか兵ちゃん…」

「いいから開けて。寒い」

「う、うん」



膝に顔を埋めている兵ちゃんは、向かい側の一軒家に住む高校生だ。ひょんなことから話すようになった近所の少年である。
ずっと俯いて座り込んでいたが、鍵を開けるとそろりと立ち上がり部屋に入っていった。


風の噂によると笹山家は随分と訳ありらしい。詳しい事までは知らないが、掻い摘んだ話を聞いただけで少年の家出も頷ける程度の内容だった



「ねえ、それなに」

「え?あ、カップスープ」

「ん」

「え?」

「…僕すっごくお腹空いてるの」

「わ、わたしもなんだけど」

「なに、僕の様子見て空気とか読めないの?淫乱な母親に嫌気が差して家出した少年に優しくもできないわけ?」

「…どうぞお食べ下さい」



彼は同情には慣れてるのか、まるで便利な道具のように身の上を振りかざす。
わたしは何も言わない

兵ちゃんがコンビニで暖めてもらった野菜たっぷりの塩味カップスープをすする音を背に受けながら、わたしは冷凍してある余りご飯をレンジでチンしてお茶漬けを作って兵ちゃんの向かいに座って食べた

兵ちゃんは食べおわると、何もかも面倒だと言うように机に頭をもたれた
わたしはまだお茶漬けをすすっている。



「兵ちゃんさ…」

「……」

「今日は泊まってけば」

「…はあ?」

「だって、帰りたくないんでしょ?何があったのか知らないけど」

「……」

「兵ちゃんが居たかったら、居てもいいから。ほっといて公園とかで寝られるよりましだよ」

「……名前は馬鹿だ」

「…馬鹿でいいよ。ほら、毛布。そのソファーで寝てもいいから。泣き疲れたでしょ」

「………」



兵ちゃんの目尻と睫毛に乗る水滴から兵ちゃんが泣いたんだなって事はわかっていた。あの生意気で強気な少年に涙を滑らせるほどの何かが、あったんだろう。

ソファーに座っていた兵ちゃんにそっと毛布をかけながら促したらあっさりと体を倒した。

そっぽを向き、無表情の兵ちゃん。此処に居るときだけでも、ぐっすりと眠れますように、ふんわりと首まわりにも毛布をかぶせた



「…おやすみ」

「……名前」

「ん?」



さわさわと柔らかい茶色の髪に触れて、さあわたしも寝ようと思って離れようとしたら腕を掴まれた


ぐっと引かれて、少し身を乗り出した兵ちゃんと唇が少し、触れた



「……おやすみ」



兵ちゃんはわたしの頬をすっと撫でたと思ったら、毛布をかぶって眠りに入ってしまった。

兵ちゃんの口からしたカップスープの塩味が、まるで涙の味でわたしもなんだか悲しくなった




でもわたしの家が家出先として選ばれた事、泣く事のできる場所として兵ちゃんに認識されている事はこんな時だけれど、嬉しかった
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