ドラウンガール

※現代



「不細工。お前なんて嫌いだよ」

「私だってあんたなんて大嫌い」



誰も居ない廊下を過ぎて教室に戻って来たら、そこには笹山だけが居た。

最悪だ。あいつは席が隣になってからというもの、不細工だの馬鹿だの私に対する暴言が酷い最低な奴だ

それなのにあいつの周りには男女問わず人が集まるから私は皆の人を見る目を疑う。皆には可愛い顔で媚び売ってるけど、腹の中は真っ黒で私には今日もぶっさいくだね、なんてにこりともせずに言うのだ


そんなあいつはどっかりと自分の席にこちらを向いて座っている。偉そうに肘ついてあの値踏みするような気分の悪い視線を寄越してくるのだ
私はあいつになんて一瞥もくれずに帰りの支度をした。さっさとこの空間から出て家に帰りたい





「…ねぇ、西宮さんって可愛いよね。笑うと花咲いたみたいになってさ、髪ふわふわで撫でてあげたくなっちゃうよね」

「………」

「それで睫毛長くて目もおっきいから上目遣いとかされるとすっごいかーわいいの、守ってあげたくなっちゃうよね」




ぐっさぐさと音が聞こえるようだった。心が、不細工と言われた時より何より痛い

西宮さんは学年で一番可愛いと有名な子だ。顔も性格も良いから、皆に好かれていた。
私は眉間にどんどん皺が寄って、何時もよりきっとずっと不細工なんだ。笹山を見ることも出来ないで俯く私はなんて滑稽なんだろう。

わたしは、好きだった、のだ

こんな奴と知る前から。最近は暴言に涙したりしたけど、まだ好きだった気持ちが拭いきれなかった。奴はモテるくせに浮いた噂が無かったから、どんな言葉でも私と時間を共有してる事が嬉しかったのに



「それで僕西宮さんに告白されたんだよね。抱きついてきたんだけどさ、すごい柔らかくて良い匂いした。ずっと笹山くんが好きで見てたの、すごく優しくて大好き、だって。それで僕」

「…っゴタゴタ私に言ってないで付き合えばいいでしょ!それともアレね。付き合いだしたから不細工な私と比較して優越感にでも浸ろうって?ほんと最低あんたなんて」

「嫉妬した?」




容積が足りずに勢い良く溢れ出したもやもやは言葉になって爆発した。
それは笹山によって切られた。驚愕して笹山を見たらにやりと笑いながら、私を見ていた


嫉妬したか?してるに決まっている。でもどうせ笹山はわたしをからかって遊んでるだけだ。絶対西宮さんと付き合いだしてる。だってあんな可愛い子、私に希望なんて無い



「自意識過剰なんじゃないの。西宮さんだってあんたみたいな奴直ぐに」

「お前、知ってる?」

「…っ」



笹山は突然席を立ち、机の上に置かれた私の片手を掴み、ぐっと顔を寄せた
私は瞬きすらできない。だって笹山のあの綺麗な顔が、近い




「西宮さんって三又してるんだよ」

「…えぇっ!?嘘っ」

「ほんと。学外で。だから、他の奴のモノ咥えて喜んでるやつなんてごめんだよって言っといた。勿論笑顔で」

「…うっわ…」

「それに僕が優しいだって。知りもしないでよく言うよね」




最低な奴に変わりは無いけど、どこかでほっとしている自分も居た
自分にもちょっとは希望があるなんて思ってるのかな、わたしの身の程知らずな心。馬鹿だな、こんなに綺麗な笹山が私なんかを選ぶわけ無いのに



「…眉間の皺無くなったけど、そんなに嬉しかった?僕が断ったの」

「っ違うわよ!びっくりしただけ」

「…ふぅん。僕苗字なら付き合うのに」

「…は?」

「不細工だけど可愛いとこあるし、僕の本性に折れないし、一途そうだし」

「な、なに、言って」

「あはは!顔真っ赤」

「っ…やっぱりからかってるじゃない!離して、私帰る」




わたしのあのどきどきを返してほしい。あんなにどきどきしたのなんて初めてだ。空気がまるで真空になったみたいにつーんとなって息も出来なかった
でも実際持ち上げて落とされただけだ。馬鹿らしい。

私は鞄を掴んで走って帰るつもりで笹山の私を掴んでいる手を無理矢理外そうとした


そしたらその手まで掴まれた。意味がわからない




「ほんと、好きだよ。」

「わ、たしみたいな不細工を笹山が好きになるわけっ…」

「不細工なのは僕を目の敵みたいに睨む苗字の顔。それだけはほんとぶっさいく、でも今の苗字は可愛いよ、だいすき」

「い、今更よ!信じられるわけ…」

「これでも?」




終始にっこりと毒の無い笑みを浮かべそういった笹山は、私にキスをした。触れるだけ、触れるだけのキス。直ぐに離れて、私の困惑の表情を見てまた微笑んだ
こんな笹山の表情、見た事ない




「き、きすなんかで騙されないんだから、あんたキスなんていっぱいしてそうだもん」

「…口が減らないとこも大嫌い。信じるまで離さないから」




その、今まで焦がれ続けていた、でも諦めていた茶色の瞳にとらわれて動けない
だんだんとその瞳が大きくなって、ゆっくりと重ねられた唇に絆されそうな、どうしようもない私

これが、もし本心じゃなかったとしても、ぬるい夢に浸かっていたいと目を閉じた
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