love and death
兵助に火薬倉庫に呼ばれた。
夜の火薬倉庫は暗くて、更に今宵は儚い三日月なので薄らと人影があるようにしか見えない
「どうしたの?火薬の点検の手伝いとか?」
「………」
「…兵助?」
「名前は俺の事、好き?」
「え?ど、どうしたの、急に」
すっと近くに来た兵助は、私の腕を引いて倉庫の奥に誘導した。向かい合って、暗闇の中お互いを探るように見つめあって浮かび上がる瞳を覗いた
「…嫌い?」
「…好きだ、よ」
「どれくらい?」
「…誰よりも、好きだよ」
「…俺も。ねぇ、だから、」
皆まで言わずに、兵助は懐から火打ち石を取り出した。
それを誰よりこの場所に持ち込む事を禁止した火薬委員長が、それがどれだけ危険か知らない筈が無い
「…理由を聞かせて?」
「…俺は意気地なしだ。君は笑うか?」
「いいえ。理由によっては、賛同するかもしれない」
「…幸せすぎる。」
「……」
「なぁ、幸せすぎる。俺は名前が好きで好きで死ぬほど好きで、名前も俺を好きだって知った時もうどうにかなってしまうかと思った。其れから名前が俺に会いに来てくれたり俺と食事してくれたり手を繋いでくれたり接吻したり夜を過ごしたりして、俺は、爆発するくらい、幸せなんだ。でも俺はそれと同じくらい怖い。今が幸せで、最高点で、もう俺は下がるしかない。だから、今のうちに二人で終止符を打ってしまおう。そこに美しい終わりがあるから。愛のあるまま、愛し合ったまま終わりにしてしまえば、美しいままだ」
実に兵助らしい考えだ。飄々としていて心の底では上位の成績を落とす事を怖れて血の滲む努力をしている事を、私は知っている
兵助は最高に柔らかく微笑んで私に口付けをした。触れるだけの口付けの合間、兵助はそっと私の手にも火打ち石を握らせた
「…」
「いつ心が冷めるか分からない。心ほど気紛れで信用の無い物は無い。現に色んな輩が名前を狙っているし、あんなに仲の良かった雷蔵だって別れた。俺は怖い」
「…わたしの心は移らないよ」
「そう言っている内に、俺と死んでくれないか」
「…そうね、今が本当に最高点なら、死んであげてもいい」
そういうと兵助は、豆腐料理を前にした時より告白した時より初めて接吻した時より初夜の開けた朝より何より、嬉しそうに微笑んだ
「…でも、わたしは今が最高点だなんて思えない」
「…何故?俺は人生のどんな時より一番幸せだ」
「まだまだ、祝言も挙げてない、二人だけの家も無い、行ってらっしゃいとお帰りなさいの口付けも、兵助が帰るのを楽しみにして豆腐料理を作ったりしてない、子供もできてない。まだまだ、もっと幸せが待ってる。それがぜーんぶ済んでこれ以上兵助と過ごす幸せが無いってなったら、喜んで兵助と一緒に人生に終止符を打ってあげる」
「…でもそう過ごす長い時間の中で、何があるか分からない。あってからじゃ遅いんだ。愛し合ったままでないと、意味が無い」
「…わたしはさっき言ったとおりだよ、変わらない。…でも兵助がそういうんなら、わたしは止めないよ」
わたしはそう言って、さっき火打ち石を握らされた方の手を差し出した。
兵助は、わたしの手を見つめて黙り込んだ
兵助が答えを出すのを待っていたら、兵助はわたしを抱きしめ、抱き上げ、火薬倉庫から出た
「…兵助、いいの?」
「ああ。今終える事にも惹かれるけど、名前の言った未来に負けたよ。…そっちはもっともっと幸せだ、想像しただけで溶けそう」
「でしょう?ふふ、それより、わたしのあの話から心中を諦めたって事は、祝言のお誘いととっていいの?」
「勿論、実現してくれ。俺は十人くらい欲しいと思ってるんだけど」
「ええっ?あんまり多いと、兵助に構う時間減っちゃうよ?」
「……それはやだ。二人にしよう」
「ふふっ兵助との子なら何人でも良いんだけどね」
「曾孫まで見たら一緒に死のうな」
そう言った兵助は、先程の最高の笑顔を浮かべた