お互いの良い所を10個言わないと出られない部屋

「嘘だろ……」

 本来の姿に戻ったエンヴィーが全力でぶつかっても、壁には傷ひとつ付かなかった。
 素材は不明。となれば錬金術は使えないし、そもそも筆記具もない。いつも携帯しているはずなのに。

 一瞬、人体錬成をしてしまったのかと思った真っ白な部屋は照明器具の一つもないのに明るく、ドアも窓もないのになまえはいつの間にかここに閉じ込められていた。
 そして、唯一部屋に備え付けられていた壁のプレートにはこうかかれている。――お互いの良い所を10個言わないと出られない部屋、と。
 単純だ。シンプルだ。ゆえに理解不能だった。
 誰が何故どうやってこんなオーバーテクノロジーな場所になまえたちを閉じ込めたのか、しばらく考えたがさっぱり分からない。

「やっぱ言うしかないんじゃない? これ」
「……嫌だ」
「でも力技じゃ出られないし」
「なまえ、ちょっと錬金術使ってみなよ。リバウンドしたらまた石貸してやるから」
「嫌だよ死にたくない」

 すでに先ほど、エンヴィーの賢者と、エンヴィーが自分で流した血液とを拝借して錬金術を使った。血で錬成陣を描くなんて野蛮にも程があるが、本当に書くものがなにもなかったのだ。
 結果、錬成したダイヤモンドで壁を削ってみたところ、ダイヤモンドの方に傷がついた。
 ――無理だ。ダイヤより硬い壁とか壊せるわけがない。
 いや硬度が高ければ割れにくいというわけではないが、体重が数トンはあるだろうエンヴィーが体当たりして無理なのだから、無理だ。

「……仕方ない、さっさと済ますぞ」
「うん」

 覚悟を決めた様子のエンヴィーが、苦々しく口を開いた。
 彼からすればなまえの良い所など、一つだって言葉にしたくないのだろう。

「じゃあ、せーのっ」

 ――ぱん、と手を叩いたのを合図に、それは始まった。

「顔」
「律儀なとこ」
「お人好し」
「明るい」
「情が深い」
「えーっと、親思い」
「優しい」
「んん……服のセンスが独創的」
「腕っ節が強い」
「目……の色が綺麗!」
「錬金術が使える」
「えーっと、えーー……」
「手芸がうま……おい?」

 次第に言葉が詰まり、とうとう何も出てこなくなったなまえをエンヴィーが咎める。

「ごめん、ギブ〜!」
「はああ!? ギブってなんだよ、まだ半分だろ!!」
「そうだけど……他にエンヴィーの良い所って、たとえばなんだっけ?」
「こ、このクソアマ……!!」

 日頃散々、友達だなんだと一方的に言っておいて、言っておいてこれである。なまえも自身の友情が一方通行ぎみである自覚はあるので、非常に後ろめたい。
 このエンヴィーより先にネタ切れになるとはどういうことだ。情が深いと言ったが撤回だ。なんという薄情な女だろう。
 そうぐちぐちとなじられ、さすがに申し訳なくなってなまえは頭をひねった。なんとか名誉挽回せねば。

「ごめんうそうそ、待って考えるから……えーと、えーー仕草が可愛い」
「……声」

 しぶしぶと、エンヴィーも続ける。
 なんなんだ、この悪夢のような作業は。

「長生き!」
「それ良い所? バカ」
「それこそ良い所じゃないじゃん!! えーと、ちょっと抜けてるとこ!」
「あんたに言われたくないんだけど。すぐ人に騙される」
「意地悪」
「間抜け」
「短気」
「そっちこそ」
「わたしの長所は穏やかな性格です。部活動では部員同士の潤滑油の役を果たしていました」
「嘘つけ! あんたが穏やかなら傷の男だって穏やかだっての。潤滑油? はあ? って感じ。むしろ人間関係を破綻させる方が多いだろ絶対」
「いっ言ってはいけないことを……!! ……って、あれ」

 流れるように口論へと発展しかけたところで、ふとなまえが部屋を見回す。

「いまなんか、物音が……」
「そう? なにも聞こえなかったけど」

 エンヴィーはきょとんとしているが、なまえは「絶対聞こえた」と言って、壁に触れて音源を探した。

「あっあった! ほらここ、多分押したら……やっぱり!」

 なまえが見つけたのは真っ白な壁に走る細い線だった。
 線に囲われた部分を押すと、軋む音を立てて壁が開く。

「はあ〜!? そこ、さっきぶつかって試した時は動かなかったのに」
「体が大きすぎて当たらなかったとか? それか……」
「それか?」

 とにかく外に出ようと開いた戸をくぐりながら、エンヴィーはなまえの顔をちらりと振り返る。
 照れたように目をそらしながら、なまえは笑った。

「良い所10個、言えたから開いたとか?」
「……最後の方ただの悪口だったじゃん」

 そもそもそんな馬鹿らしい方法、エンヴィーは半信半疑だった。
 戸は元からそこにあり、たまたま気付いていなかっただけ。それでいいだろう。

「あれ? なんかまた同じような部屋……」
「はあ? またかよ! 今度はなんて……」

 ――プレートに書かれたお題は「お互いの悪い所を10個言わないと出られない部屋」。
 今度は5秒で出られたが、代わりに二人の友情はさらに遠ざかった。



2019.02.23


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