地面の下にも天気があるんだ。
そんなことを思いながらトウコは薄暗い通路をぼんやりと歩いていく。
普通ならまず立ち入らない場所を、普段なら絶対に関わらない男に手を引かれて進むのは奇妙な心地だった。悪いことをしているような、ふわふわとした罪悪感と解放感が少しずつトウコを冷静にしていく。
低く雷鳴が轟いた。間を置かず、ドン、と重く叩きつける音。
思わず手を引っ込めようとすると、一層強くつかみなおされた。
「手、もういいよ。雷もべつに平気」
「気にすんなって。女は雷が怖いモンだろ?」
「わたしは怖くない」
「よしよし、だいぶ落ち着いたな」
離れた手が今度は肩に回されて、トウコはさすがに抜け出した。もう近づく気にはなれなくて一歩後ろを歩く。
優しくされて忘れかけたが、そういえばこいつはこういう奴だった。今さら、こんなところにのこのこついてきた数分前の自分の愚かさに気づく。
引き返そうかと立ち止まると、グリードがふいに片手をあげた。
「よ、帰ったぜ」
「グリードさん! おかえりなさい!」
いかにもガラの悪そうな、爬虫類じみた容貌の男が暗がりから駆け寄ってきた。
──合成獣だ。
人型の合成獣なんて聞いたこともないはずなのに、とっさにそう思った。
男はトウコに目をとめるなり「女!」と色めきたったが、すぐにはっとした顔をする。
「そちらさんが例の?」
「おう、俺の女」
「違います」
例のってなんだ。
問い詰めたかったが、男はトウコに向けて妙に愛想のいい笑みを浮かべると「ごゆっくり」と言って天井の取手を引いた。──隠し戸だ。
戸と呼ぶには小さく排気口にはやや大きいそれは、まさに秘密のアジトへの入り口といった風情で暗闇に馴染んでいる。
グリードは壁に埋め込まれた粗末な梯子を昇ると、下でじっとしているトウコに手を差し出した。
「お手をどうぞ、お姫さま。ってな」
「気持ち悪い。似合わない」
「ひっで。錆びてっから気ィ遣ってやったってのに」
たしかに剥げ残った古い塗装と赤錆だらけの梯子も苔でぬめる通路も、長い間まともな修繕がされた様子がない。
やっぱり来るべきではなかっただろうか。ここはただのナンパ男の家ではなく、日陰に生きるナンパ男とその仲間たちのアジトなのだ。
でも今日はまだ、このまま帰っても上手く良い子の皮を被れない気がした。
「そこ、どいてて」
「あ?」
荷物のほとんどは廃工場に置いてきたが、トウコは唯一持ってきたバッグからチョークを取り出すと、それを湿った壁に滑らせた。
薄暗い暗渠内に青い光が走る。
地面が乾き、わずかな錬成痕は残ったものの鉄製の梯子は銀色の輝きを取り戻した。それを確認して、トウコは地面を蹴って隠し戸の淵をつかんだ。跳躍の勢いのまま、バネのように曲げた足を滑り込ませて隠し戸の内側に着地する。
トウコが立ち上がると、グリードはまん丸に見開いていた目を細めて大声で笑った。
「がっはっは! おまえは本当、飽きねえ女だよ!」
そしてゆっくりと顔を上げると、グリードは両手を広げて悪どい笑みを浮かべる。
「ようこそデビルズネストへ。歓迎するぜ、トウコ」
案内されて踏み入ったそこはトウコにとって、全く未知の世界だった。
薄暗い室内に充満するのは音楽と酒と煙草の煙。歓楽街は何度か迷い込んだことがあるが、店の中まで足を踏み入れたのは初めてだ。ずらりと並んだ酒瓶やゴロツキたちが囲むテーブルゲームが物珍しくて、トウコはついきょろきょろと視線をさまよわせる。向こうもトウコが珍しいのか、店中が動きを止めてこちらを見ている。
「なんか飲むか? 持ってきてやるから、遊んでていいぜ」
なんとなく気後れしてトウコは小さく首を振った。
「いい、ルールわかんない」
「あー。教えてもいいが、おまえカモられそうだよなぁ。なぁ?」
グリードが話を振ると、卓についた一人がへらりと笑う。
「その子、例の錬金術師のトウコちゃんでしょう? 負け分は黄金を錬成してもらやぁいいじゃないすか」
お金を賭けているのだと分かって思わず眉をひそめたが、なにか言う前に手を引かれてさらに奥へと誘導される。
「まあとにかく風呂だな。水も滴るとは言っても、さすがに濡れ鼠がすぎるってもんだ」
「え、」
「どうせ飯もすぐにはできねえし、ひとっ風呂浴びてくるくらいで丁度いいだろ」
そこまで親切にされるとかえって怖くなる。想像以上に治安の悪い光景も相まって、トウコの心に罪悪感と両親の顔が浮かんだ。
くらくらする酒の匂いや怪しげな照明、賭け事、野卑た笑い声、大きく肌を露出させた女たち。のどかな商店街で店番をして暮らしているトウコにはどれも遠い世界のものに思えて、今さら、なんだかとても悪いことをしている気分になってくる。数百年を生きているだろう目の前の男の存在よりも、この店に漂う空気の方がトウコには危険なものに見えた。
「そこまでしてもらうわけには……あの、やっぱりわたし帰、」
「あん? 遠慮すんなって! このアジトもここの連中もみーんな俺の物だ。ここでは俺がいいって言ったことはいいんだよ!」
ガキ大将のようにふんぞり返ってホールを指すグリードに不満げな顔をする者はいない。むしろ誰もがどこか誇らしげにすら見えた。
トウコにはそれが少し異様で、眩しくて──ずいぶん仲間が多いのだな、と思った。
身体と服を洗って乾かしたトウコがバスルームを出ると、ちょうど鉢合わせたグリードががっくりと肩を落とした。
「乾くの速くねぇか? せっかく着替え用意したのによ」
「錬金術で乾かした」
「そりゃすげえ」
未練がましく「今からでもこっち着ねえか?」と食い下がるグリードはやはり本物のロリコンなのかもしれない。その手に掲げられたミニドレスは肩も胸元も背中も大きく開いた際どいデザインで、明らかに夜の仕事向けの衣装だ。とてもトウコの年齢の少女に着せるものだとは思えない。
トウコが本気の通報を検討し始めたとき、コツコツと軽やかな足音が店内に鳴り響いた。
「グリードさん、なにその子!?」
グリードが持つそれと似た趣向のタイトドレスをまとった若い女性はそう叫ぶなり、目をむいてトウコに飛びついてきた。見事な金髪と豊満な胸が揺れて、甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。さらに後ろからもう一人、黒髪の美女も現れた。
こ、これはまさか、修羅場的な……!
つい先刻の出来事が脳裏をよぎり、トウコは反射的に身体を硬くした。
「いやだ、信じられない!!」
「いえあの、わたしは別に……!」
「超かわいい!!」
「え、」
予想外の反応にトウコが硬直していると、グリードは「だろ」と肩を抱いて何故か自慢げに胸を張った。すると今まで黙って見ていた他の者たちもぞろぞろと集まってくる。
「いいなぁお肌すべすべ! これって錬金術でケアにしてるの?」
「いえ、人体は専門外で……」
「ジンタイ!? やだ、面白い!」
「目、おおきい! 睫毛ながい! お化粧してる?」
「い、いえ特には……」
「すごーいお人形みたい!! ああっ爪も綺麗な形! ねえ塗っていい? こっちに道具あるから! メイクもさせてね? 髪も巻きましょう!」
もみくちゃにされてトウコが目を回していると、グリードが呆れたようにその首根っこをつかんで引き上げた。
「おまえらなぁ、こいつぁ俺ンだぞ。いじくり回すのは後にしろ」
「うふふ怒られちゃった。またね?」
一番奥の二人掛けのソファにちょこんと座ったトウコの向かいに腰掛けながら、グリードは「ほらよ」と熱々のチーズリゾットを差し出した。焦がしたチーズの下に分厚いベーコンが見え隠れしている。いい匂いだ。
「いただきます……」
とっくに空腹も限界で、トウコはそれをおそるおそると口に運んだ。
「……おいしい」
「だろ?」
「お店の人が作ってくれたの?」
「いや俺が」
「へえ……ええっ!? グリードの手作り!?」
「おう。料理なんざ久々だが、まあ長生きしてるからな、悪かねえだろ?」
「う、うん……ごちそうさまでした」
「おう。って食うの早ぁっ!?」
数秒で空になった皿にグリードが目を剥く。
すごく意外だ。トウコが作るより断然美味しかった。ただのリゾットでここまで味が変わるなんて……しかもそれをこの家事全般無縁そうな男が作ったのだというのだから、なんだか狐につままれた気分だ。
「グリードさん、なんでも出来るのよ。私が初めてここへ来たときもミルク粥を作ってくれたわ」
天井を巡るパイプからするりと降り立った短髪の女性が誇らしそうに語った。軍人めいた服装は実用性重視といった雰囲気で、店の女性とはまた立ち位置が違うように見える。
「あったっけな、そんなこと」
「忘れません」
静かに微笑んだその女性の顔を、やはりトウコは知っている気がした。グリードと同じ、遠い記憶の存在。
いつの間にかそんな、どこか見覚えのある者たちがグリードを囲うように立っていた。
その異様な気配に獣の巣に迷い込んだような錯覚を覚えて、トウコは息を呑んだ。
「……あなたたち、なんなの?」
「見ての通りだ」
にっと悪人がましい笑みを浮かべるのは彼らの首魁。デビルズネストの主人であるグリードだ。
「言っただろ? ここはデビルズネスト。表の世界じゃ生きられないワケアリ共の集まり。俺のかわいい所有物たちだよ」
遅れて現れた和装の男がトウコの前にコーヒーカップを置いて、にやりと顔を上げた。
「歓迎するぜ陽なたのお嬢ちゃん。あんたはどうも少しだけ、俺たち寄りの匂いがする」
§
嫉妬と強欲は少しだけ似ているとグリードは思う。
他人のものを妬み羨ましいと思えばそれは欲する心そのものだし、欲しいものを欲しいままにすれば他人に妬まれる。
だからこそ強欲は嫉妬より上だとグリードは考える。
欲する心を素直に認めもできず妬むばかりで手に入るものなどたかが知れている。欲しいなら強く求めればいい。そうして手に入れてしまえばもう妬み嫉むこともないのだから、嫉妬とは停滞であり強欲とは前進ともいえるだろう。
そして嫉妬とは、グリードの欲しいものを壊す感情でもある。
「……グリード?」
形のいい眉が困ったように下がり、所在なさげに瞳が揺れている。
それをぼんやり眺めてしみじみとグリードは感嘆した。
「おまえ、ホント顔はいいよなぁ」
「顔はって何、はって……」
「グリードさん、その言い方は……」
店の女たちに好き放題にいじられた黒髪が細い肩口で艶やかに波打っている。爪と顔を塗りたくられている真っ最中のトウコは身動きを取れずにいるらしく、二杯目のリゾットに伸ばそうとした手を「まだネイルが乾いてないからダメ!」と引き戻されては悲しげな顔をしていて、そのたびグリードは笑ってしまう。
グリードに対してあれほど強気な彼女が、無力な女たちには何故か無抵抗でいるのもおかしな光景だ。そりゃあグリードだって女相手に強く振り払ったりなど滅多にしないが、トウコがそうすることがグリードの目には面白く映る。
一丁前に、強者側の気概でいるのだ、この少女は。
「口紅はそっちの赤のがよくねぇか?」
「えートウコちゃん15歳でしょ? アタシ的にはこっちのピンクがおすすめ! レミス工房コラボの新色! トウコちゃん、どう?」
「私はこっちのアプリコットが似合うと思うなー! ていうかつけて欲しい! 見たい!」
「よく分からないのでおまかせします……」
女たちがテーブルに広げている大げさなメイク道具の選定に口を出してみるが、即座に却下される。
彼女たちのそういう欲に正直なところがグリードは気に入っている。
服もバッグも化粧品も欲しいものを欲しいだけ買い集め、グリードのものでありながら、自分の欲も素直にさらけ出す。
一方トウコはというと、どうもその真逆だ。
「似合うじゃねぇか」
「きゃ〜最高、かわいい! お化粧しがいがあるわ〜! よければ道具いくつか持ってく? たくさん余ってるから譲るわよ!」
「い、いえ……わたし、すぐ顔をこすっちゃうのでお化粧は」
「あらぁもったいない」
グリードの知るトウコの生活といえば、組み手、鍛錬、肉屋の仕事、店番、鍛錬、そして鍛錬となかなかにストイックだ。部下の目が届かない家の中での暮らしぶりまでは知らないが、まあ化粧と無縁の生活には違いない。
まだほんの子供と言ってもいい年頃の彼女がろくに遊びもせずそんな暮らしをしていることが、グリードにはいまいち理解できない。トウコの日々からトウコの欲しい物が見えてこない。
「なぁトウコ。おまえ、何が欲しいんだ? あいつらか?」
「あいつら?」
「あーほら、あれだ、おまえが友達ごっこしてる人間が何人かいたろ」
「……ごっこ?」
「あれがそんなに欲しいなら手ェ貸してやるし、いらないならさっさと切っちまえ。な?」
何を言われているのか理解できないといった表情で、トウコはグリードを見つめ返した。
「人間の寿命は短ぇんだからさ、欲しくもねぇ物に時間かけてる暇はないんじゃねぇか? 欲しい物があるなら俺がくれてやる。で、それが手に入ったら今度はおまえが俺の物になる! 等価交換だ、名案だろ? なぁ、錬金術師!」
グリードがそう言うと、トウコは不快そうに眉を寄せた。
「人をものみたいに言わないでって、前にも言った」
「細けえなぁ。欲の対象って意味じゃ、人もそれ以外も別に変わらねえだろ」
どこまでも純粋に不道徳に、グリードは持論を展開する。
「俺は強欲だからよ、欲に貴賎はつけねえ。金も欲しい! 女も欲しい! 地位も名誉も! この世の全てが欲しい!」
もはやお決まりとなったセリフを声高に謳い、呆気にとられたトウコの胸に指先を突きつける。
「俺はなにも人間だけを物扱いしてんじゃねえ。この世の全てが平等に俺の欲しい物なんだよ。それを手に入れるためなら俺ぁどんな手でも使うぜ」
しんと静まり返った店内でトウコだけが困惑げな表情をしている。自分以外の全員がグリードの主張を当然と受け入れるこの空間が、彼女の目には異常に映ったかも知れない。
揺れる飴色の瞳をしばらく見つめて、それからグリードはおどけたように肩をすくめて見せた。
「ま。その話は置いといて、だ」
平等とは言っても価値や手に入れたい形の違いはある。この女を損なったり、追い詰めたりするのは本意ではないのだ。
「おまえさ、このままここにいたらどうだ?」
「……なんで?」
「泣くほど嫌なことがあったんだろ? 無理してねぇで、楽なところで生きりゃいいじゃねえか」
陽なたで生きられる人間に日陰での暮らしを勧めるのもおかしな話だが、この脆くて弱い女に外の世界は酷ではないかとも思う。
美しいばかりで脆く弱く無欲な女。善意の受け止め方も悪意の受け流し方も知らない不器用な少女。
雨に濡れて涙を流すトウコを思い出す。あまりにも弱すぎる姿が憐れで、あるいは呆れてここまで連れてきた。
──嫉妬と強欲は少しだけ似ている。
強欲に求められる存在は嫉妬を受ける存在でもある。けれどトウコは嫉妬から自分を守るには弱すぎる。弱者がどれほど価値あるものを手にしても幸福にはなれない。
この類い稀な美貌も、緑の目の怪物に目をつけられれば曇る一方になるだろう。
この女は、嫉妬より強欲のそばにいる方が美しく咲けるはずだ。
トウコはしばらく言葉を探していたようだったが、やがて口を開いた。
「……それは、仲間になるかって意味?」
「仲間ってこいつらのことか? こいつらは俺の女と部下で所有物! 仲間なんてしみったれたモンじゃねぇし、おまえをここに加える気もねぇ」
言ってからグリードは首をひねって、自分がトウコをどうしたいのか考えた。
「まあ、そうだな……とりあえず、おまえの仕事は毎日俺に顔を見せることだ。部屋はやるから好きに過ごしゃいい」
「好きにって?」
「なんでも自由にだ。こいつらに会っても会わなくてもいいし、金はあるから欲しい物は大体そろえてやる。ああ、いつか俺の物になるなら別に今すぐじゃなくてもいいぜ。ただし俺ァそう気が長くもねぇから、一年以内でどうだ? 今すぐ俺の物になって俺の部屋に住みたいってなら、それはそれで大歓迎だ!」
この顔を毎日見られたらさぞ楽しいだろうな。トウコに初めて会ったときからグリードが抱いている欲望だ。その希少価値を考えれば他の労働なんてさせる気は起きないし、代価に色をつけるのだって惜しくはない。
得意げに人差し指を立ててグリードなりの特別扱いを提示したが、トウコは何故か表情を曇らせた。
「……それは、素敵な待遇をありがとう。でもわたしは別に、無理なんかしてないから」
反応に困ったような笑みはやはり女というより子供のそれで、そういう意味で自分のものにするにはやや幼すぎる。そもそも女としての好みの話をすれば、無欲で気弱な女はグリードのタイプではない。はじめは気が強いと思ったが、トウコの気丈さはほとんど虚勢だと次第にわかってきた。
ただあまりにも綺麗だから、美しいものが隣にあるのはそれだけで気分がいいからグリードはこれが欲しい。
手に入れて横に置きたい。自分のものになるなら守りもする。
だが、自分のものにならないなら守る義理もまたない。
「たしかにここは楽しいかもしれない。みんな優しくしてくれるし、良い場所だと思う。でもずっとここにいたいとは思わない。今いる場所がわたしの全てだから、欲しいものも他にない」
ぽつぽつと話すトウコの声音にいつものかたくなな拒絶の色はないが、不思議といつも以上に脈なしだと感じた。
女たちにつけられた髪飾りを外して、トウコは静かに立ち上がった。
「今日、ありがとう。助かった。……じゃあね」
トウコがそう言うと、自然と出口までの道がはけた。
そして来たときとは別の階段を上がって日なたの少女は外の世界へと消えていった。
取り残されたグリードはため息をこぼす。
「あーあ。またフられちまった」
「グリードさん、真面目に口説く気あります? あれで落ちる女いないっすよ」
「そうか?」
「まあそもそも、表で生きられる子がこんなところに来たがるわけないですがね。あの娘、そこそこやる錬金術師なんでしょう? 俺や鈍牛のダンナはともかく、ウルチやマーテルを見てひょっとしたら……」
「あー、かもな」
トウコが部下たちを見る目。合成獣とそれ以外の見分けがついているかのように、相手によって警戒や驚きの色がチラついていたのはグリードも薄々気がついていた。
ドルチェットがパイプに火をつけて笑みを浮かべる。
「気づいちまったのかもですね。ここが文字通り非人間だらけの、悪魔の隠れ家だってことに」
自嘲と矜持の入り混じった空気が場に広がる。
無理やり与えられた体を今さら嘆く者はこの場にはいない。ただ、自分たちがもう表の人間とは明確に違うのだと実感した時に感じるものはおのおのあるらしい。
しかしこの中でただ一人、生まれついて人間ではないグリードの存在が、彼に所有される者たちに裏の世界での新しい誇りを与えている。
「そういやグリードさん、調べることがあるってビトーと出てったんじゃなかったですか?」
「あー、あれな」
思い出したようにグリードは顎を撫でて、声を低くした。
「──女どもはしばらく一人で外に出るな。他の非戦闘員もだ」
「というと……」
「近頃このあたりに憲兵が増えた、ってのもあるがな。それよりも……」
裏の世界には裏の世界の問題がある。
たかだか表のいざこざで泣いているトウコには想像もつかないような、とびきり汚い争いも陰謀もここでは日常茶飯事だ。
だが今回は少しばかり、問題の輪郭が大きい予感がしている。
「ちっとばかり話がきな臭くなってきたぜ。中央の奴らの取りこぼしが、どうやらここまで来やがったらしい」
2022.10.13