Heart Service | ナノ




シンドリアの朝はとても日差しが強く、遮光用のカーテンを部屋に装飾している者も少なくはない。またこの国には数多の人種が住んでいるため、その一人一人の住みやすい環境にするということには王にも限度がある。しかし土地柄流れてくる潮風は醒めぬ眠気を攫いその日一日を始めるための心地よい相図となっている。シンドリア観光や一時的に滞在している者たちにとってとても清々しい朝なのだ。
そんなシンドリアに大きく佇む王宮はそれこそ始まりが早く、今日も武官達が国を防衛するべくたゆまぬ鍛錬で汗を流し叡知冴える文官たちはその日の国内情勢や朝議に向けての書簡を創り始め黙々と机に向かっていた。そんな文官達の間でとある噂が広まっているという。これは、日々忙しない生活を送っているシンドリア王宮の者たちの中で囁かれている噂ごとの一部始終である。

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「何お話しているんですか?」
「あっすみません今すぐ仕事に戻りま・・・あぁ、すみません、てっきりジャーファル様かと」
「ふふ、何か楽しそうなお話をしていらしたようなのでつい。ジャーファル様は今し方休憩をとるため自室へ戻ると言ってここを後にしました」
筆を置きなにやら首をかしげたり驚いた表情をしたり十面相状態の文官達を発見したイムチャックの女官が後ろからぽん、と優しく肩を叩く。ジャーファルと勘違いしたらしいその3人は慌てたように会話の路を変更した。何気なしに聞いてしまった話の中に少なくともジャーファルの名前が出てきていたことに興味を持ち、つい自分も書簡を置き話の続きを催促し始める。
「ジャーファル様が何かあったんですか?」
「えっ、いや、あの・・・」
「気になります、教えてください。私もここ最近白羊塔に篭もりがちだったせいか内政以外の事はいまいち疎くなってしまって・・・」
「・・・あの、こんな噂が広まっているようで・・・」
「噂?」

文官の話を聞く所によるとそれは1週間ほど前にさかのぼる。その夜シンドリアの海は異国方面から接近する台風が原因で大きく荒れ、そのため普段よりも潮風が強く街に流れてきて気温がシンドリアとは思えぬ寒さだった。民の者たちもその日ばかりは夜の国を歩くことなく家に籠ってしまっていた。
されど王宮、そのような気温もまったく関係なくその日もいつもと変わらず先日行われた連合会議で提案された新たな条約締結をまとめるための作業で終始追われていた。かれこれ同じ作業をして2日ほど経っていた白羊塔の雰囲気は重く、慣れている文官たちですら気力のみで書を調べ各国へ送る文を書く作業をしていた。その中でもジャーファルは普段より数倍も疲れきっていた。それもそのはずで、今回締結されるこの条約に対する各国の反応でシンドリアの財政が大きく揺れ動く重大な決裁だからである。その詳細部分はどうしてもジャーファルにしか行うことができず、ジャーファルが最後に睡眠をとったのもいつかわからないほどであった。
そんな中ジャーファルを心配した文官たちがどうか半日でも休息をと申し出、説得すること数十分ようやく受諾して白羊をあとにしたのだという。
「その時私もいましたね。ジャーファル様の隈があまりにひどかったので私も自室へ促すつもりでした」
「あの日、ジャーファル様は自室に戻っていないんだって」
「え?」
ずっと黙り込んでいたもう一人の女官が興奮したように肩を掴み揺すりながら語ってくる。少し動揺しつつも続きを促した。時計を見ればまだそんなに経過していない、ジャーファルはきっとまだ戻ってはこないはずだ。
「ジャーファル様は自室に行っていなかったんですか」
「そう、私偶然書簡で不明な部分が出て、王様に聞くべきだと思って王の部屋に向かったんです」
「はい・・・」
「そうしたら王の部屋が少し開いていたもので、無用心だと困るからとそっと手をかけたの、そうしたら、そうしたら!」
「は、はい」

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「・・・と女官とほか文官たちが言っていました。これは本人に言うべきではないと重々承知なのですがジャーファル様、結構噂となり広がっているそうなので一応確認をすべきかと・・・」
「・・・あぁ〜・・・・」
数十分後先ほどよりどこか爽やかな表情で戻ってきたジャーファルを引き止めそのまま先程会話に出ていた事柄を説明すると、湯気が出るほど顔を真っ赤にして袖で口元は愚か顔全面を隠してしまった。イムチャックの女官はというとクスクス笑いながらその後を求めていた。
「・・・君はそれ、どこから聞いたの?」
「私は先程、あちらで一生懸命仕事をしていらっしゃる文官たちからです」
「あああ・・・もう、・・・ちなみにそれ、どこまで広がっていると思う・・・?」
「・・・少なくとも王宮のものは大体」
「私はどうしたらいい?まさか、ありえないでしょう!?」
一国の王としがないその政務官が情を持って関係があるなんて!!
子声で、しかしどこか迫力ある声でそう言ったジャーファルを見て今度こそイムチャックの女官は声を出して笑ってしまった。ちょっと!笑い事じゃないですよと言われても今度はまったく威力がなく、これはどうやら事実だったようだと更に笑顔がこみ上げる。
ジャーファルは、身寄りのなくなった女官を引き取り文字から商談まですべてを教え込んできた師同然の存在だった。幼い自分を一生懸命に育ててくれたのもこの人であり、この国である。祖国同然のシンドリア、愛してやまないその場所を造り上げた王。どうやらその二人は愛を持ちそのような関係上にいるらしい。よくよく考えてみれば驚くことでもないのかもしれないが、実際に耳にしてしまうとは思っていなかった。
「・・・いつ見られたんだろう」
「あの日です、シンドリアに嵐が接近していた日。あの日お疲れでジャーファル様無用心でしたでしょう、王の部屋の扉が若干開いていたそうです」
「うわぁぁぁ・・・・・」
「ふふ、王がジャーファル様に毛布を掛けて幸せそうに抱きしめていたと聞いて拍子抜けしてhしまいました。私はてっきりジャーファル様になにか危険があったのかと」
「違うよ・・・ああもうどうしよう、もしこれが王宮外に公になってでもしたら私は・・・自害するしか」
「大袈裟ですよ!別に何も問題ありません」
「大有りだよ!王と政務官という事もであれば、ど、同性同士だなんて・・・」
「ジャーファル様、最近毎朝前までの香りが違うとマスルール様が仰っておりました」
「あああああもう・・・マスルール・・・」
「私は決して咎めるつもりではないのです、嬉しいからこうして確認したまでですし」
「・・・・・う、あのさ、」
「はい」
優しいんだ、シンの手が。そう呟いた彼は自分が今どんな表情をしているか分かっているだろうか。王がみたならきっとそのままジャーファルを攫ってしまいそうな破壊力である。ちなみに今すぐさらってしまいたいと女官はふと脳裏に思い留めたあと、ジャーファルの瞳に視線を合わせた。
「昔からあの人はお人好しで、私みたいなものに手を差し伸べたくらいなのだから今更だと思うかもしれないけれどね?そうじゃなくて、その・・・そういう、関係になってから」
「優しいんですね、前よりもっと」
「・・・うん」

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ジャーファルは元々北国で生まれた人間であるため、あの震えるような寒い夜も然程苦痛はなく、疲れた体を少しでも癒そうと自室へ行こうとした。すると王の部屋からなにやら物音がするので不思議に思い扉を軽く叩きガチャりと開いた。
「シン様、何をしているのですかこんな夜に」
「おおジャーファル、いや、今宵は冷えると言うから女官に新しい毛布を持ってきてもらったんだ」
「何故貴方がそれをおやりになっているんですかもう!女官に任せれば良いものの!」
「頼んでもよかったんだけどな、どうやら他の者たちも連日の作業でかなり疲労している。彼女も美しい顔が台無しになってしまうくらいだったし、一人でやるからと断ったんだ」
「そんなこと言ってあなたが一番疲れているでしょう、いいです、私がやりますから」
「だめだ、お前目に隈ができているぞ。いつから寝ていないんだ!きっと今も休憩だろう、気にせず部屋に戻りなさいジャーファル」
「ダメです、王にこのような雑用させるわけにはいかないんです」
「おっまえは相変わらず頑固というか・・・いいから、な?お前が心配なんだ」
「い、や、で、す!」
いつの間にか羽毛布の取り合いになってしまい、二人で端を引いていると中央からバサリと白い羽が舞いたった。王宮で使われている毛布は高級品で、掛物のように中に羽毛が含まれている。そのためちぎれた部分からその羽が溢れ出し、部屋に天使が降り立ったような錯覚にとらわれる。ぼうっとしてしまっているところ腕を勢い良くつかまれ、シンドバッド諸共シーツに沈んでしまった。
起き上がろうとして強く体を抱きしめられ、そのまま座らされる体制になる。避けてきたのだ、こうなることを。思いが通じ合って数日、あまり過度に触れ合ってはいけないとジャーファルの自制が動いたものの恋愛に疎い彼は反射的にシンドバッドを避けていた。もちろん王はそれを把握している上でじっと待っていた。彼が自らこちらに来ることを待ち望み。
「・・・シン、離してください。私はまだ仕事が・・・」
「もう今日はダメだ。このまま此処に居なさい。寒さも厳しくなる」
「私は別に寒さは問題ありません!元々北の育ちです・・・」
「違う馬鹿、俺が寒いんだよ。毛布も羽になってしまった、王に震えながら朝を迎えろというのか?ジャーファル、こっちを見なさい」
「嫌です。見ません。寝ません。」
「強情だな本当・・・俺のジャーファル、こっちを見なさい」
「、あなたは、ずるい・・・・」

いつもそうだ。心の動かし方を把握しているその言葉たちで、私を操る。抵抗する術を知っていて尚それを向けられないのは、あなたがたまらなく愛しいから。
何年も隠し通してきた愛なのだ、それを彼から告げられた時は随分都合の良い夢を見ていると思っていたのだが、結局夢ではなかった。
頬を優しく撫でるその手は温かく、強く抱きしめる身体はとてもたくましい。十数年共に生きてきて何度か味わってきた彼のぬくもりが、幸せも混じらせ私に降りかかる。
同時に浮かぶ罪悪感が胸に釘を打ち離れない。いずれ終わらせなければいけないのではないか、それとも彼を愛することは許されるだろうか。いや、きっと許されない。自分が許せない。そう思い、最低限王との接近を減少させていたのだが、もう遅い。
味わってしまった幸福に浸かってしまった自分は、もっともっとと愛を強請る。
するりとシンの大きな背中に腕を回し、そのまま胸に顔を埋める。この体に、この国が掛かっている。この世界が掛かっている。自ら孤独を選んだ私の王よ、どうか笑っていて欲しい。
「可愛いなジャーファル、可愛い。お前が愛おしいよ」
「・・・はい、シン。私もです・・・」
「はは、ジャーファル見てみろ。さっきの羽が散らかっている」
まるで夢のようだな、お前がこうして俺を抱きしめてくれる。
ああ彼も同じことを考えてくれたと気恥しさより嬉しさがこみ上げ、首を少し上に向けくちづけをねだる。このような関係になってから、これが2回目。啄むようなキスにくらりと目眩がする。これが幸福なんだろうかとゆっくり瞳を開ければ、優しく笑う彼がいる。
「ジャーファル、愛してる」
「私も・・・愛しています、シン」
「・・・なんか気はずかしいものだな、ずっと共に歩いてきた者だ、尚更だ」
「そんなの私だってそうですよ?」
「お前はいつもなんでも卒無くこなすように見えるが、所々感情が高ぶるところもある。あれは俺にしか止められないからたまに困ってしまうぞ」
「・・・それはすみません」
「でも、そんなお前が愛おしいんだジャーファル。出会ったときにずっと共にありたいと思っていたけれど、今はもっと違う、お前を永遠に横に置いていたい」
「・・・はい、シン」
「・・・だがきっと、それを公にするにはかなりの覚悟や時間が必要だろう それでもお前に不安になっては欲しくない。だからジャーファル、ここに約束をしよう。俺は妻を娶らない。たとえお前が何を言おうがだ」
「なっ・・・」
「お前が何を言っても、だ。」
「そんなこと・・・あなたは一国の王なのですよ!?」
「お前はどうなんだ?ジャーファル。王と政務官としてではない。お前の意思を聞いている」
再び優しく抱きすくめられ体がきゅっと締まる。先ほどから掛物を掛けながら優しく背中を撫でてくるこの王はお人好しで、こんな自分にもこうしてぬくもりを与えてくれる。そんな彼をどうして忘れられようか。言葉の代わりに肩に顎を乗せ、擦り寄るように呼吸をする。
「・・・ずっと私だけ見てください、シン。いつものようにほかの女性のところへ行ってしまっても構いません、それでも、その代わり、必ず私のもとへ・・・お戻り下さい、シン様」
「あぁ、わかった。大丈夫さ、俺はお前しか見ていないんだ。昔も今もな」
「ふふ、他の女性が泣きますよ」
「泣かせるような関係のものなど今はいないさ。ジャーファル、もっと近づきなさい。もっと俺に愛を囁いてくれ」
ああきっと、私にはこの人しかいないのだ。

「・・・仰せのままに、・・・我が王」

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「ふふ、それでその日はそのまま王様のお部屋で眠ってしまったのですね」
「そう、そんな感じのことが結構あって、その・・・朝起きたらシンの隣で」
「良いじゃないですか、ジャーファル様がお幸せなら」
「よくないんですって・・・だって、許すわけがないでしょう、周りが。できるだけ政務官だけの立場をと思っていたんですけど」
そこまで広がってしまうとどうにもできませんね、先ほどまでと一変し不安そうな表情をしたあと下を見てしまったジャーファルを女官は無言で見つめ、そのあとジャーファルのクーフィーヤに手を乗せ優しく撫で始めた。
「私はいいと思います。お二人が幸せならば、私たち含むシンドリア国民一同、何も批判などございません」
「・・・昔から優しいね君は。でもそんな、そんなこと」
「あなたたちが創ったこの国なのです。あなたのお側にずっといた私が言うのですから間違いありません」
あなた様の幸福は私たちの幸福。どうかシンドリアの恥と思わないで欲しい。
「・・・それでもまだ不安なのでしたら、王本人に直接お話するのがよろしいかと」
「え・・・」
「ジャーファル」
「!?し・・・っシン!?いつから其方に・・・」
「一段落ついたからお前に会いに行こうと思ってな。そうしたらなんとも奇妙な話を・・・」
「え、ちょ、シン!」
「俺はお前が愛しいと言っただろう、それを笑って受け止めてくれるのなら俺はなんでもする」
「シン、なに、え、」
「愛している、ジャーファル」
「シン!?待っ、ここ、白羊、」
「可愛いジャーファル、好きだよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・っっ」
馬鹿!私だって好きなんですから!!その一言を残して塔を飛び出していったジャーファルの真っ赤な顔はしばらく忘れられそうにない。ほかの文官たちも顔を赤らめながら笑っている。当の国王は満足げに笑みを浮かべながら文官たちに向かい言葉を放った。


「可愛いだろう、君たちの上司は。あれは俺だけのものだから忘れてくれるなよ?」

「なにいってるんだアンタは!!」

「ふふ、おかえりなさいジャーファルさん」


- FIN -



なつめ様リクエスト「甘々なシンジャ」でした・・・が・・・
甘くないんじゃないかこれ・・・?なんかほら、王様ひたすら「可愛い、愛しているよ」って言えば甘くなるのかなって思ったんだけど・・・おうふ?
角砂糖12個から13個あたりと言われていたのですがこれだとグラニュー糖数杯に蜂蜜少々の感じがします。甘党の私びっくりの薄さ。
こんなものになってしまいましたがなつめ様お待たせいたしました〜!
こちらと似たリクエストが匿名様達でアンケート内にいくつかありましたので支部へ掲載しております。
ご了承ください


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