私の日刊ラヴソング




※メリバです。私にとっての幸福が彼らにとっての幸福とは限らない。
彼らにとっての幸福が私のとっての幸福とも限らない そんな話※


 平和が訪れて?世界は皆の望むものになりました。脅威と呼ぶ物は最早何もなく、対立していた国と国は崇高なるマギの導きで共に盃を交わしました。
 一体誰が夢見ていたのでしょう。皆この結果を望んでいたのでしょうか。何もなくすぎていく日々の中で唯一の賑わいは、活気ある港の住人と、南海生物出没によるパフォーマンス。
 待ち焦がれていたはずの終わりと始まりは、分かってはいたものの元通りにはならなかった。
 八人将と称えられていた者の中には、もう二度と会えない愛おしい子達もいる。自ら戦禍へその身を飛び込ませ、最後に目と目があった時には気づいてしまった。いつも冴えている勘は、どうかどうか外れて欲しかった。
 愛おしきファナリスの赤毛の少年は、きっと今この部屋の外で見張っている。いつ私がおかしくなっても止められるように、きっと睡眠もその扉の先でとっている。


 私は待っているのだと思う。思うというのは、その日は来ないと分かっているから。それでもこの場所から逃げないのは、この場所から最低限離れないのは、彼が帰ってきてくれるかもしれないその可能性を探しているから。


「幸せって一体、なんなの、ねぇ ピスティ 教えてよ」

「ねえ、平和になることが幸せなの 平和になんてならなきゃよかった、そうすればあの子達も、あの人も、私はまだ側にいられたんじゃないの」

 床にしゃがみこみ手のひらで顔を覆うジャーファルの震える背中を、ピスティは何も言わずに唇を噛み締めながら撫でていた。
柄にもなく部屋に飾った写真に写っている、私の大切な家族達の声が減っていく。あんなに五月蝿かった声が、賑やかだった声が聞こえない。



彼の存在意義をこの世界は奪ってしまった。
金属器は価値をなくし、あんなに大きかった国々の貧富はまっすぐ平行線になった。
次第に彼の名声は伝説となり、その伝説はぐるり弧を描いて偽物語のように打って変わって消えてしまった。
世界の混乱を導いた「悪者のシンドバッド」は、あっけなく平和と引換えに処刑された。


今この王宮に八人将と呼ばれていた者は3人、そして統治者は存在していない。

統治者は存在していないのだ。
あの禍々しい戦いで手にした平和と引換えに、犠牲は数え切れないほどだった。

「ねえ聞いて。聞いてよピスティ。あの人ね、処刑される前の夜に私を呼び出した。いっその事突き放してくれたらよかったのに、切なそうに笑ったの」
「 うん うん、ジャーファルさん」
「お前も一緒になんて言ったら怒られるか、なんて言うの。バカみたいじゃないですか?ねえ」
「うんうん、うん」
「冗談だよ、って言ってそのまま行ってしまった。逝ってしまった。私は、それで良かったのに」
「     うん・・・」

 タイミングの合わない返答がジャーファルの耳に入る。それでもジャーファルは喉を引くつかせながら続きをこぼす。
こぼしては彼女の相槌を待って、その相槌が聞こえたら彼女の瞳を見つめる。彼女の可愛らしい羽笛は戦いの最中海の深くへと潜り込み、生きる者の声を聞く彼女の最も大切にしていた耳は、もう何も聞こえない。
 それでも、彼女は必死にこちらの言葉を汲もうとする。表情や身振りを見て、ひたすらにうん、うんと首を動かす姿に、くしゃりとジャーファルはまた頬を涙で濡らす。

「ピスティ、あのね。お願いがあるの」
「・・・?」
「ごめんね、聞こえないよね。ごめんねピスティ。許してくださいね」
「、ジャ、」

 ふらりと立ち上がって、ベッドのそばにあるチェストの引き出しを引く。錆び付いた暗殺器にはもう赤い糸はついておらず、血生臭さだけはまだ鮮明に残っていた。
 私は、この武器でここまでやってきた。彼を守れるのなら何にでもなりたかったし、彼の望む世界こそが私の幸福で終末だった。

「今日の宵が明ける頃、雨が降るそうです。何ヶ月ぶりに、シンドリアの果実や生き物たちへ命の源が与えられます」
「、 待ってジャーファルさん、何・・・何を話してるの?」

いつもならピスティのペースに合わせたように話してくれるジャーファルの口調が、明らかに早い事にピスティは不安を感じ始めた。
このままではいけない気がして、門番をしているに違いないマスルールを呼ぼうとして、その口元を優しい手つきで塞がれる。必死に拒絶をしてその隙間から言葉を漏らす。

「いいですか、そうするとあの人が大好きだった葡萄酒の葡萄がきっと完全に実ります。しっかりシン様に供えて差し上げるように」
「いやだよ、待ってジャーファルさん、待って!」
「ピスティ、大丈夫」

 私はもうあの人のもとへ逝くね 


何も心配いらないよ

 その言葉だけが恐ろしい程にしっかり理解できて、ぽかんと口を開いたままピスティはジャーファルを見上げる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ」


 そうして微笑んだまま、ジャーファルはピスティを部屋の外へ促した。一人にしてはいけない気がして、部屋を出た後すぐにマスルールへ伝えられる限りの事を伝えている彼女を、ジャーファルは扉の隙間から悲しそうに見つめていた。












潮は満ちた。



墓標なんてものは要らないから、願うならばこの海へ私を還して。


流れる静寂に全てを託せたのなら、今度こそ私は彼と共にこの世界に在る。そう信じて止まない私は、あと空飛ぶ絨毯も、浮遊できる羽もないこの身体でゆっくり天を仰いだ。

「 幸せってなんですか 」

あなた達にとって幸せとは何なのですか。そう開いた口元をあなた達は見てくれたのでしょうか。
絶望を浮かべた愛おしい生命を悔やむこともないほどに、ねえ私もう大丈夫です。


「結局、お前にとって俺は悪しきものでしかなかったのかもしれない、」
「・・・シン、なんで泣いているのですか?」
「ジャーファル、この先で俺達は共にあれるだろうか」
「、・・・おかしな人」


私がずっとお側に居りますよ


【白い鳥が、あの方に見えたのです。
それだけで私はもう幸せでした。それはそれは、幸せな夢でした。】





とこしえの理想郷と讃えられたその国の執務官が執筆したと思われる文書は、綺麗な硝子瓶の中で眠りながら静かなる海の導きで、こうして私の手元へ届いた。
古びたその手紙はほとんど読み取れないが、唯一最後のその二文のみがしっかりと、鮮明に言葉として残っていた。

「どうしたんだ」
「こんなものが流れてきたんです」
「・・・ボトルメールか。粋だなぁ」
「そうでしょうか」
「思わないか?」
「ええ、思いませんね」

ビリ、と簡単に破かれたその古紙は風に乗って砂の上に散らばっていく。それを慌てたように追いかけてなんとか広い上げた青年を無視して、不機嫌そうに前へ進んでいく少年は、遠い遠い、地平線を眺めていた。


「結局これは、誰が幸せになれたんでしょうね、シン」




リハビリで60分シンジャ募集させていただいてもらったメリバシンジャ。
解釈はお任せします。
ジャーファルの『』部分ですが、ある事をすると文字が読めるかもしれません。





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