花患いの夜(宮高/高宮) | ナノ


花患いの夜
高尾和成(大学3年)×高尾清志(社会人成り立て)


さんねんめーの浮気くらい大目にみってよー


「開き直るその態度が気に入らねぇんだよ」
「わは、乗っかってくるんすね」
「ていうか何、浮気のカミングアウト?轢く?」
 アパートの階段をほろ酔い気分で駆け上がって、周囲のベランダから光っている色とは違う、電球色が目に入ってさらに浮き足が立つ。今日は遅くなるかもしれないから寝ててくださいって言ったんだけど。
 三年生にもなると、就職活動で忙しなくなる人間が目立つ。
キャンパスライフだね真ちゃん♪なんて喜んでいた高校生時代は、最早遠い記憶の最果てにストライク。サークルにレポートに就活。家に帰って、唯一この人との会話が俺の癒しになっていた。
 清く正しい付き合いが高校一年、大学がこの辺りなのでよければこれを機に一緒に暮らしませんかと、半ば強引に家に居候し始めたのが大学に入る直前の事。
 我ながら遠まわしな言い方をしたと思うけど、それから気づけば、きよさんの「家」は「二人の家」になっていた。

「そもそも三年の付き合いじゃねーですよ」
「・・・酔っ払い」
「怒ってます?浮気なんてしませんよ〜〜一回も!断じて!」
「うるせーよもう、はやく風呂入ってこい!」
 はぁ〜い。カバンを適当にソファへ放り投げる。足取りはちょっと危ない。カーペットで躓くとこだった。
 そんな不安定な様子を伺って、宮地ははあと後ろからため息を吐く。
「のぼせんなよ高尾」
「ちょっ・・・なんで今それなんすか!?」
「は?」
「高尾って言った・・・」
 確かに高尾ですけど。
 みんなの高尾ちゃんだったけど。今は立派な恋人だと思っている分、まさか今更苗字を呼ばれると思っていなかった。
 俺の籍に来たりしません?これまたぽかんとしてしまう様なプロポーズをした事は分かっていたから、これはやばいと直感した。
 極度の緊張って足先から冷えが急に来るのな。なんか体内の熱が体中から飛散していく感じ。あんなの、試合でも滅多に感じたことが無い。あ、俺って普通の人間だったんだわそういえば。真ちゃんの隣にいたからちょっと誤解してた。そんなどうでも良い事を巡らせていると、盛大な笑い声が向いから聞こえてきた。あの時の事は忘れやしない。
「俺高尾清志になんの?って笑ったくせに」
「・・・ふてくされてんの?」
「そりゃあしますよ」
 せっかく、全部全部手に入ったと思ったのに。ここへ来てまさかの苗字。あんただって今は高尾だっつうの。
「かず」
「・・・そこで呼びます?」
「風呂冷めるからさっさと入ってこいって」
 満面のパイナップル要求スマイルチーッス、宮地先輩。
「キムチ鍋だから、・・・はやく、上がってこい、ばか」
「!・・・うぇへへぇ」
「お前今の笑い方は本当やばい」
 風呂上がった後の酒は程ほどにしよう。腹いっぱいになったら、久しぶりにこの人とたっくさん夫婦らしいことをしよう。
 高校の頃より、ほんの少しだけど目線の距離が縮まった。今更悪あがきすんなと笑われたが、実際測ってみると本当に伸びていたんだから侮れない。主に学生の成長が。
 いつか絶対伸びますからねとか言ってたらマジで伸びた、あながち牛乳願いも悪くない。体験談、とか言って?
「きよさん、きよさん」

 ただいま。
おう、おかえり。
そんな短い挨拶が、とんでもなく幸せで胸がきゅうとなる。

 散々悩んで結局選んだのはこの人との未来だった。出来ることなら死ぬ時まで一緒にいたいけど、流石に俺でもそんな先の事は見通せないし、何よりそういう話を毛嫌いする恋人だ。
 俺より先に死なないでくださいね。そう呟いた時にはとんでもなく怖い形相で睨まれた。あれは鳥肌もんだった。
 それ俺の事考えてねぇだろと言われて、最初はどういう意味かいまいち理解できなかったんだけど、ものの数十分考え込んで気づいた。ら、泣きそうになった。
 置いていかれる側の気持ちを、よく聞くセリフだったけど、自分の立場で重ねて見ると予想以上にきつい事だとわかったわけで。
 ごめんね宮地さん。
ぜってー許さねぇ。
そっぽを向いたままの背中にしがみつけば、ぐすと鼻を啜る音が聞こえたのだ。
「あの頃は若かったなぁ俺も」
 宮地さん、そう呼んでいたのはもう結構前の気持ちでいる。
きよさんきよさん、事あるごとに尻尾を振りながらそう声をかけると、うるさそうにするけど耳元をほんのり赤くして返事をしている事、俺知ってるんですからね。

「きーよーさん」
「キヨさんはぁ〜、なんでそんなに〜かわいいのっうおあ」
「うるせぇパイナップル投げんぞ!!」

 風呂場のドアを勢いよく開けてきた割には、随分顔が真っ赤ですね先輩。風呂上がりみたいですよ!そう笑ったら側にあった桶をデコに投げられた。

「ところでキヨさん」
「何だよ」
 熱々の鍋の中の牡蠣を頬張りながら、買ってきた缶ビールに口を付ける。セーブしつつ肝臓こんばんは、本日最後のアルコールです。
「なんか今日疲れてないすか?っていうか昨日何時に寝たの、すっげー遅くまで電気つけてたけど」
 蜂蜜色の髪を指で梳きながら撫でる。お互い疲れがピークの時のアルコールでの流され方、そりゃあもうは半端ない。
翌朝起きた時とか、俺が土下座するか清志さんがシーツに体を埋めて出てこないか。
だが、逆を言えばそんな情けない姿を見せる程度には、信頼できていると思う。なんだかんだ、面倒見が良かった。
「4時くらいだったんじゃね?」
「何してたのそれ!?」
 むむ、と一瞬眉を寄せたが何もなかった。昔は今みたいに無理やり詰めたら敬語使えやとか言われていたのに。俺も随分親しくなったんじゃないの?とか思っちゃったりして。
「こないだ言ってた上司はどうなったんですか?」
「あー、あの後企画再提出したら、なんかそれが良かったんじゃねーの」
 気持ち悪ぃ笑顔で褒められたわ。それこそ気持ちいいくらいに満面の笑みを浮かべてるけれど、言ってる事エグいかんねそれ。
 目の下の隈が嫌でも目立って仕方がない。社会人になってから間もない宮地の顔色は、平均的に青白い。ぐいぐい顔を近づけると、一瞬視線をずらされむっとした。すっごい明確な拒絶をされた高尾ちゃんの心情を五文字以内で答えよ。
「泣きそう」
「・・・いや、だって今そんな流れじゃなかっただろ」
「流れじゃなくてもちゅーしたくなったの、ダメ?きよさん」
 肩ごしに顔をすり寄せて、その先を強請る。暫くこそばゆそうに体を捩ってから、はあと軽い溜息が聞こえた。でも、怖くないため息だ。
 和成、小さいながらもはっきり聞こえたその声だけで、もう何も聞く事はしない。
大きめの身長を気にもせず、そのまま引き寄せて抱き竦めた。
「なんなのお前本当・・・調子、くるう」
「そんなの俺のセリフですけど」
 憧れていたのは、ただ一緒に、できるなら誰よりも信頼される後輩のポジション。それだけでも十分我侭だと思っていた。
「きよさん、今日は何曜日ですかぁ」
「は?おいお前どこ触ってんだ、この手」
「花の金曜日っすよ!」
 もう二週間も触れていない。一週間を過ぎたあたりから、無の境地に入ったつもりだったけど、シャワー上がりは流石にだめだった。濡れた髪とか、雫が滴るうなじだとか。据え膳しか無いんですけれど。
 肩に掛かっていたタオルを取って、そのまま少し冷えた首筋にちゅ、と軽く吸い付いた。ぎょっとして身体を震わせた宮地を見て、口元が自然に緩む。
「ほんと敏感すよね、いつかちゅーだけでイっちゃうかも」
 まあ今も十分ですけどね。吐息が熱くなっているのが自分でもわかる。後ろを振り向かない宮地が気になり、首を傾げながら名前を呼んだ。
「・・・きーよーさん」
「ん・・・何」
「あれ、なんか予想していた反応と真逆なんですけど」
「おまえが言ったんだろ」
花金だって。
すり、と猫のように上目で擦り寄られたら、そりゃあもう頑張るしかないでしょ、それが夫の役目でしょ。
「ただしベッドまで運ばねぇとさせねーよ?」
「うっは、きっつ!」
 じゃーちょっと首に手回してくださいね、立ち上がって下半身に力を込める。体格的に流石に軽々はできないから、大きく深呼吸。
「和成」
「はい」
「お前はさ、もっと自信持っていいんじゃねーの」
 そう言われ首をかしげたが、結局ベッドの中で考えても意味を理解する事は出来なかった。身体をつなげている最中、何度もどこ飛んでんだテメェなんて言われたりしたけど、その度にきよさんのキスで意識を戻していた。

 自信なんて持てるはずもない。例えば二歳という大きな距離だとか、どうやったって埋まるはずもないものが、時々とんでもなくもどかしい隔たりに思えちゃったりする。
 好きになったのも先、背中を追いかけるのもいつも先。全部全部我慢する事ができずに吐き出してしまったのも、子供みたいに思えて恥ずかしくなったりもする。
 じゃあなんで、そりゃ好きになっちゃったものは仕方がないじゃない。好きなんだもの。

「っ、しつ、こい」
「だってしつこくしてますし」
 顔中にキスしてたら、精一杯の力を込めた手のひらで、鼻の頭を叩かれた。普段の強気な態度も、こうしてお互いに本能で貪り合っていると案外出てこない。むしろ甘い部分しか見えなくて、こっちがとろとろに溶けてしまいそうになるって。

(近づく奴ら全員に、この人は俺のなんだって言ってやりたいのに)
枷になるのは世間体で、案外弱虫なのだなと古き相棒に言われた夜は、ちょっとダメージ喰らった。
「かず」
「ふあい」

 急に呼ばれたその名前が、いつもより特段甘えたに聞こえてしまって、間抜け声で返した。この声を俺は知っている。高校の頃は殆ど聞く事のなかった、宮地の撫で声。何かあったのかと聞く暇もなく、腰をその鍛えられた脚で引き寄せられ、中を浅く抉っていた性器が奥へ飲まれていく形になる。
「っキヨさんタンマ、ちょ、」
「、ん、く」
「きついでしょ?いきなりどしたんすか」
 さっきまでしついこいって言ってたのに。腰をゆっくり引こうとすると、やだ、と震えた声で脚を再び巻きつけられて雁字搦め状態になる。本当どうしたいの、これ以上可愛いの見せてどうしたいって言うんだって。
「可愛いっすね?」
「ばかじゃ、ね、の、あ、ん、・・・!」
「ちょっとすんませんかずの事らいしゅきホールド〜って言ってっくれませんででででで痛いちぎれっちぎれる」
「こんなの、どこが可愛いのか、っン・・・わかん、ね、」
 ああそっか、そういう事。汗で肌にまとわりつくシーツが邪魔になって、思い切り体から引き剥がして床へ落とす。
大きく目を見開いて、暴言を吐きつつ腕は暖色のシーツへ。
はいだーめ、あっという間に腕を掴んで半ば無理やりベッドに縫い付けた。
「や、めろ!見んな・・・っ」
 露わになった全身を、上から下まで凝視した。居心地が悪そうに、何度か身体を捩る宮地の腕を縫い止めたまま、鍛え上げられたその上半身に視線をとどめる。
 そこに見えるのは、バスケで培ってきた努力の結晶であり、決して女性のように華奢で守ってあげたくなる、そんな感情が湧いてくるようなものではないんだけれど。
 それでも見惚れてしまう、答えはたった一つだろう。

「でも俺、キヨさんじゃないとダメなんだもん」
「下手物・・・」
「あっは、確かにそうかもですけど。でも恋愛なんてそんなもんじゃないですかね?」

 彼が歌って踊るアイドルを好きなように、俺だって大事な相棒がいる。普通の友達に向ける感情よりもちょっと斜め上、最早執着にも思えるその感情は、憧憬が篭っている。
 それでもだ。どんなに可愛い女の子から告白されても、積極的な同級生に寄られても、いつも最初に浮かぶのはこの人だけだった。
 やわっこい胸があって?唇に桃色のリップを塗って?ふわっふわに巻かれたゆるふわロングヘア、それが俺の好きなタイプだったわけだ。
「キヨさん、可愛い」
「、っふぁ」
 筋肉のついた脚は硬くて、この間膝枕をして貰った時は正直寝違えたレベルで痛かったっすけど。数分経てばぐっすり夢の中に旅立っていたんだから、そういう事。
 俺の帰ってくる場所は、いつだってどこだって、キヨさんのいるところ。
 胸がぎゅうぎゅう締め付けられて、涙が出そうになる位好きになれた。世間体がどうだとか、そこはごめんなさい、許して欲しいんです。
「でもね、もしその世間体が俺たちの邪魔して、離れなきゃいけない時が来たら」

一緒に死ぬ覚悟くらいは、ちゃんとあるんですよ。

「・・・なに、お前、泣いてんの」
「、あれ」

 いつの間にか溢れていた涙は、下にいる宮地の頬へぱたりと落ちていった。突然の事に最初は戸惑っていたが、気づけば頭を引き寄せられ、高尾は子供のようにあやされていた。
情けないいきものだ。
それでもあと数時間で夜は明け、数日ぶりに過ごす二人きりの時間がやってくる。そのあとはあっという間にまた夜が世界に追いついて、俺とキヨさんを引き裂いていく。

「ね、宮地さん、宮地さん」
「かず?」
俺ね、昔に戻ることも前に進むことも怖いって言ったら、笑っちゃう?そう震える声で尋ねれば、バカじゃねーのとお得意の声で笑われた。ほらやっぱり笑う。
「昔に戻るなんて無理だし、前に進むのもその直前じゃなきゃできねーよ」
 慰めようとしていたはずなのに、いつの間にか撫でられていた自分に、嬉しいやら愛おしいやら恥ずかしいやら、なんとなく嫌気がさした。
 これだから二歳の壁が、飛び越えられない。お互い、戻れないといって過去に置いてきてしまったものがいっぱいある。それを拾いに行きたいとは思うけど、置いていくわけには行かないものもここにはある。

「タイムスリップできたらいいのにね、宮地さん」


***

「和成、和成」
「ん〜〜〜〜〜」
 ゆさゆさと布団の上から強めに身体を揺さぶられ、嫌々瞼を上にあげた。眩しーったらありゃしない、土曜日の朝なのになんでそんな早く起きてんの?腰痛くねーの?鷹の目でそう訴えてみると片手に握っていたフライパン、もう片手のフライ返しを見せられてすぐさま謝った。今日の朝ごはんは
「卵焼きっすか?」
「違う、フレンチトースト」
 朝だから控えめでオネシャス、顔の前で両手を重ねてお願いすると、もうそうしてる、とドヤ顔で返されて目を見開いた。
 5日前に購入した特売の食パンの存在を忘れていたらしい宮地によって、2日前に新たな食パンが家にやってきた。これはふんわりやわらかパンなんだよ!以上が供述である。
 普段は多めの砂糖は少なめ、代わりに蜂蜜は多めで香り付けにバニラエッセンス。
 耳を付けたままのお手製ハニーフレンチトーストは、カリカリふわふわが絶妙な俺好みの味付け。
 黒いエプロンを腰に巻いて、柔らかい髪を後ろで適当にひとまとめしている姿がなんともクる。新妻っぽいねキヨさん。
「和、あと何食う」
「んーと、じゃあベーコンエッグで!」
「胡椒は」
「黒!」
「おう」
 もうちょっと待って、再び背中を向けて、その綺麗な後ろ姿を見つめ続ける。あ、これちょっとやばい、幸せすぎる。
 味噌汁とか肉じゃがも大好きだけど、毎朝こうして誰かの作った物を食べるのは、なんだか心が温まる。そういえば昔から母親の作った料理が大好きで、部活でヘトヘトになった自身の楽しみは、帰ってすぐテーブルに並んでいる、ほかほかの夕御飯だったわ。
妹ちゃんが笑顔でおかえりって言ってくれるの、結構大好きだったな。
 そんな家族団らんから抜け出して、二人きりの同棲生活になったけれど、十分幸せだった。
 わがままを言うんなら、いつかこの人をつれて、妹ちゃんと母親と、それから親父、俺で同じテーブルを囲んでみたい。

「ふっへ」
「お前その笑い方マジでやめろ!!」

「ねーキヨさん、今日どうします?」
「どうもしねぇ」
「はいそれはなしで!折角久しぶりに二人になる時間できたんすよ、どっか行きましょう?」
「俺は家でじっとしたい」
「ちょ・・・」
 彼は案外インドアだった。特に社会人になってからは、やりたい事よりもやらねばいけない事に追われてそんな気力が残らないそうだ。年とりましたねって言ったら額に平手喰らった。
 
バスケと勉強と友達、まさにその3つが宮地清志の学生時代を形成していたが、ごくごく一般の男子高校生でもある。
 ご覧の通りの外貌をしているおかげで、告白されることも多々あったらしい。一年の教室ですら噂されるその人脈は本当尊敬していたし、羨望もあったと思う。
 同じ部活の先輩以上に、同性としての憧れがそこに存在していたのだ。
 
普段会う事なんて滅多になかったこともあるせいか、廊下で偶然見つけた時の宮地が、高尾にはまるで別人のように見えていた。
「えっえっじゃあせめていちゃいちゃしましょう!?」
「せめての意味知ってるか」
「だって、だってさ」
 すり、と首筋に擦り寄ると、甘い香りがした。バニラエッセンスとシャンプーの香り、今日もふわふわな蜂蜜色。
「寂しいじゃないっすか、なんか」
「同じ家に住んでて何言ってんだよ」

 そうじゃないんだよなー、首をかしげる。もっともっとそばにいたいし、一つになれたらいいいのに。子供みたいな発想にほくそ笑むと、きめえと顰めっ面で返された。
「キヨさん、ちゅーしよ」
「遠慮します・・・」
「ちょwドン引き顔あざすww」
「無駄だとは思うけど十秒やるから理由言ってみ」
「キヨさんが可愛いからでっす」
「よしそこへ正座しろ和成」
 だってだって、二人の時にたくさん愛情補給したいじゃないっすか!むいと唇を突き出す高尾を、満面の笑みで平手返しする。
あくまでも宮地の力が強いため、高尾の体はいとも簡単に引き剥がされてしまった。
「朝からちゅーは恥ずかしいすもんね、仕方ない諦めます」
「ちげーよ!ただ、」
 用意されていた麦茶を飲み干して回答を待つ。眉間に寄った皺と、きゅっと結ばれた唇に気づいて、にんまり口元を緩めながらじっとその時を。
 自分にとって恥ずかしい本音を零そうかどうか迷っている時に、その綺麗な顔を眺めておく。5分ほど待ってから、ようやくその整った顔立ちが視界を捉えた。耳まで真っ赤、朝からすごく可愛いものを見た。
「今、したら!と、まんなくなるだろ・・・」
「・・・えっと それは俺がですか?」
「・・・どっちもじゃね」
 ぷつんと糸が切れた感じがして、食べかけの朝食もそのまま、据え膳はしっかり頂いてしまうタイプ。ザ・肉食系男子。
「朝っぱらから盛んな!!ッん、!」
「キヨさん首筋弱いなーって前から思ってたんすけど、全身弱かったんですね」
 普段は隠れているうなじを指先で撫でる。つつ、と弄ぶようになぞる高尾に、ぎゃんぎゃんと物騒な文句を投げつけながらも、小さく体を震わせていた。
 唐突に始まった官能的な雰囲気というのは、どうにも理性を鈍らせるらしい。
そもそも普段から暴言を吐き出しているこの男は、結局ベッドに入れば飼い猫のようにその瞳で、口元で、そして妖艶な腰つきで惑わせる。
 何よりも厄介なのは、無自覚というその無知。
「キヨさん、俺ね、結構嫉妬しいなんだよね」
「ん、ん・・・っ!?いってぇ!、っ!かず、そこ痛え、って!」
 がじがじと項に鋭い犬歯を立てる姿が、テレビ横の鏡に移りこんでいる。吸血鬼みたいだとぼんやり思って、二度目の苦痛の声が聞こえたのを境に、赤い花弁を散らすことに目的を変えた。
 不思議なもんで、女の子みたいに可愛い声をしてるってわけでもないのに、こうも暴いてしまいたくなる。というよか可愛いっていうのは本来人それぞれの観点だし?どっかの誰かさんがアイドルを心底可愛いと愛でているみたいに、胸を鷲掴みにした別の要素がある。
(この人の場合は、可愛くないところがくそ可愛いっつーか)

 恋は盲目って誰かが言ってたけど、感服しちゃうじゃん。
「みゃーじさん、みゃーじさん」
「何おまえホント昨日から、ねちっこいんだよ!ぇ、ぅ、ン」
 
幸福すぎて涙が出るね、ねぇ真ちゃん、
これって自慢できること?

 そばにはいない相棒の顔を思い浮かべて、ひっそり手を伸ばしたけれど、握り返されることはなかった。
 一番リアリティのある言葉を投げつけてきた緑間は、誰よりも高尾と宮地の事を見据えていたのだろうか。
 世間体も、理想も、現実も、何もかもをひっくるめてお前はあの人の手を引けるのか。あの頃そう問われて、真剣な眼差しの彼を茶化してごまかしたけれど。

 ごめんね真ちゃん。答えられなかったんだよ。
そんな先のこと、重いことまでひっくるめた事なんて正直それまで無くって、おかげで散々二人で悩んだけど。
「それでも、好きだったんだよなぁって」
 今ならこんなに簡単に泣けるのにね。
 誰かに背中を押されたい。何も気にしないでその手を握ったまま歩いてしまえ、と、どつかれたのなら最後の最後まで吹っ切れるだろう。
 最後の一割をつかみにいけないのは、自分がどうという問題じゃない。
 選ぶのは、この人ただひとり。
「たかお」
「、だからなんで苗字」
「たかお、お前、いつまでひとりで泣いてんの」
 そう言われて、頬に指先を持っていったけれど、雫で濡れている様子もなくきょとんとした。まゆを下げて、何かを言いたげにした宮地は、結局そのまま口を噤んでいた。
「・・・和」
 キスして、そう囁かれた言葉を高尾が聞き逃すはずもなかった。勢い任せに後頭部を引き寄せ、少し乾燥した唇を舐め取るように喰む。
 また気つかわせちゃったか。これは今度キヨさんの好きなアイドルがプロデュースしたスナックでも買っておかないと。名前なんだっけ?

「まゆみゆ?」
「双子みてぇな名前だな」
 誰とみゆみゆを混ぜてそうなったんだ、そう言ったキヨさんの顔は、ちょっと困ったように笑っていた。
ねーキヨさん。聞いて欲しい事があるんだ、聞いて欲しいことがあるんだ。世間体だとかね、正直まだ悩んでること色々あるんすよ。
 それでも、申し訳ないんですけど、キヨさんの手を離す事だけは絶対にしたくなくて。
駄々っ子だと、そんなのは我侭だと、きっと家族には糾弾されるんだろうけどね。

怖くないよ、怖くないよ。だってキヨさんがその先もそばにいてくれるって信じてるから。
毎日毎日、朝目覚めたら大体一人だけど。だからこそ、珍しく早起きして見る事ができた寝顔が、密かなお気に入り。
 
癖のつきやすい猫っ毛を撫でて、額にキスをするのが、密かな密かな日課。普段ついている眉間の皺が消えて、綺麗な顔立ちが見れるのは、信用されているんだなって、そんな役得を感じたりするわけ。
「キヨさん、一緒にいこうね」
「 、」
「あれ、今のは和成ッ抱いてッてところじゃねーっすか!?」
 いきなり胸元を押され、距離を取られる形になる。まずい事言った?とうとうしゃがみこんでしまったその表情は見る事ができなくて、高尾は同じ目線になろうと一緒に屈んだ。
 ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえる、前もこんなことあったなぁ。小さく見える背中を抱き寄せて、何度も名前を呼んだ。

「その答えなら許す」

 幼い顔で笑った宮地を見て、ぐさりと心臓を射抜かれた高尾は暫くそのまましゃがみこんでいた。

***

「たいすけ」
「どうした?宮地」
「・・・お、おう」
 苗字で呼ばれる機会が日常的に少なっているせいか、まるでほかの誰かを指名された感覚だった。最後に会ったのは数ヶ月前、お互いに仕事の休みが被った事をこれ幸いにと、待ち合わせたのは懐かしき母校の正門前。
 卒業してからもちょくちょく顔は出しに来るから、そう言って託した未練を受け取りに行く暇もなく、気づけば秀徳に足を運ぶことは珍しいイベントのようなものになっていた。
「木村も会えたら良かったのにな」
「まあ、あいつは店も忙しいし、今は奥さんの事見てないと」
「女の子だっけ?男?」
 高校の頃から付き合っていた彼女と見事に入籍した宮地の古き親友・木村の会話に自然と流れた。奥さんという存在になった少女を、大坪も宮地もしっかり覚えている。
 秀徳ではよく見かける、おとなしめの文学少女だったワケだが、この度めでたくご懐妊したそうだ。
 もうすでにその腹部は膨らみを増し、あと数ヶ月で生まれる予定なのだという。
「女の子だな」
「へー、プレゼント何渡す?」
「それがな、迷ったきりだ」
「今日見に行く?」
 いや、今日はやめておこう。意外にもすぐ断られ、宮地は目を見開いた。確かに今日はのんびり話をしながらノープランで会おうと言っていたが、本当に予定を組み立てていないせいかなんだか心許ない。
「お前も随分幸せそうで良かったよ、宮地」
「は?」
「指輪。ちゃんと指につけてるんだな。前は恥ずかしいからってネックレスにしてたのに」
 高尾から貰ったんだろう?昔と全く変わらないその清々しいほどの笑顔とは裏腹に、宮地の顔は真っ赤に染まった。
 しまった、外してくるのを忘れてた。挙動不審な動きをしてから、そのシルバーリングを外そうとしたため、今度は大坪が焦って宮地の指にはめ直した。何とも妙な光景数十秒だ。
「なにすんだ泰介!」
「お前が何してんだよ、いいじゃないか、付けておけば」
「・・・だ、だって直接言われたら恥ずかしいだろ」
「お前も案外高尾のこと好きだったからなぁ」
 余計なことしか言わない。もーお前ちょっと黙ってろって!と赤面したままの状態で、持っていた飴を大坪の口に突っ込んだ。
 給料半年分です!手渡されたその小さな箱に、見覚えがないわけじゃなかった。ドラマや雑誌のシチュエーションでよく見る、ありがちなそのプレゼント。ありがちだなんて言ったけれど、実際渡す異性が居なかったから、そんなに思い入れがなかったのだと思う。
 その時から相手は高尾であったし、彼もそんな事は考えていないだろうと思っていたのだ。
 だからこそその指輪を見た時は、流石に涙を零した。素直に抱きついたし、素直に好きだって何度も言った。

「いつもそうなら良いのにな」
「喧嘩売ってんのか泰介、買うぞ?」
「そういうのも分かってくれてるから良いけどな、ところで、その高尾は?」
「今日朝からバイトなんだって急いで出てった」
 夕御飯は久しぶりにキヨさんの肉じゃがでよろしくお願いしまっす、顔の前でナナメVサイン、あざとくて腹が立つ。肉じゃがが作れるようになったのはある程度昔の事で、同棲したての頃はそれはそれは素晴らしい芋スープになったのを、今でもしっかり覚えている。
 できることはとことん追求したいタイプである宮地は、当初その失敗をしかと胸に刻んだ。何より、決して美味しいとは言えないその肉と芋のまぜ合わせを、旨いと言いながら笑顔で頬張る恋人を、ぎゃふんと言わせたかったのである。
 一回目の肉じゃがは、どうやら煮込み方が悪かったらしい。作っている途中に一度でも竹串でじゃがいもを刺せばよかったんだろうけれど、そこまでの知識は無かった。
 高校の頃は、家族に料理を任せっきりだったし、一人暮らしを始めてはみても、その生活に大きな異変はなかった。簡単に作れるものと、便利なレンジ食品。
 なので、高尾が居候として住み着くと言い始めたとき、条件に出したのはただ一つだけだった。
「飯は交互に作ることって、決めたわけな」
「任せっきりにはしなかったんだな」
 あたりめーだろ、ぷいと横に顔を背けた宮地は、満足げに笑っていた。
後輩に自分の出来ないことを任せる、それは宮地のプライドが許さなかった。次第に腕を上げじめた腕前は、今では和洋折衷、レシピを見て二回程作れば十分なものが出来るようになった。
 得意料理は肉じゃがとキムチ入り肉豆腐。大学時代の友人が遊びに来たときテーブルにそれを出したら、お前は主婦かと爆笑された。
「子供なー」
「お前は見かけによらず小さい子が好きだもんな」
「余計なお世話だよ、でも合ってる」
 秀徳から歩いて数分の場所に、大きなスーパーがそびえ立っている。当初から夕飯の材料で足りないものを買う予定だったので、宮地の肩には買い物用のバッグがしっかり提げられている。
「そういや泰介、お前は最近どうなんだよ?」
 こっちの方は。小指を立てて嫌な笑みを浮かべると、照れたように頬を指で掻き始める。そういう反応を期待していたんじゃねーんだけど。
 茶化す気満々だったけど、これはどうやら話をしっかり聞くべきらしい。緩んだ表情筋はそのまま、宮地の持っていたカゴを横から取り、大坪はカートへと置いた。
 木村同様、大坪にも現在交際している女性がいるそうだ。何でも同じ大学の専攻で、彼女もバスケのサークルへ入っているらしい。
「この間二人で映画を見に行ってな、おもしろかった」
「ふーん、家に泊まりにくるっていうのは?」
「・・・まあ、泊まりにきたな」
「おーつぼくーん」
 あからさまに照れられるとむしろ面白くなってしまうのが癖らしい。これは絶対何か進展があった。探りを入れつつ、野菜コーナーの万能ねぎを手にとってかごに放り投げる。
「ネギを入れるのか」
「こうでもしねーとあいつキムチしか食わねーんだよ」
 あ、ついでにごま油も買ってくか。そろそろ切れるころだろうし。
「泰介―、ごま油とってきてくんね?」
「ああ、いいぞ。決まったものとかはあるのか?」
「いや、メーカーはなんでもいいけどとりあえず安いの」
 今月ピンチ気味なんだよなー、財布事情を思い出すと溜息が出る。宮地の顔がふにゃりと崩れた。
 二人で住んでいるわけなんだし、そう言いだしたのは予想外にも高尾からだった。
 成り立てといっても社会人と大学生、肩書きだけを聞けば年上が生活費を出すのが常なのではないかと思っていた宮地にとって、そのはっきりとした声明は、正直助かった。
 新社会人の通帳に入る給料なんて、たかが知れている。手元に入った金額全部を、使いたいものに回せたのなら幸せだろうが、正直そんな話を聞いたことはない。
 光熱費や電気料金、定期的に引き落とされる貯金。ぎりぎりの生活と言っても過言ではない。
 しかし高尾はまだ大学生である。遊びたい盛りだろうし、そんな若者から生活資金を折半で出させるのは、気が進まない。
 最近になって、企画の作成によく参加させてもらえるようになった。
 それだけでも仕事上では大きな進歩だと思ったほうがいいのだろうけれど。
「ぶっちゃけさ、家に帰ってあいつの笑った顔みるの好きなんだわ」
「高尾か?」
「うん、疲れもふっとぶってーの?高校ん時はうるさくて逆にストレスだったけど」
 今の話内緒な。ほんのり頬を染めた宮地を、大坪もまるで自分の事のように幸せそうな笑みを浮かべて見つめていた。内緒と言ったことに関しては謝罪をしておこう、心の中で宮地にすまんと呟いて、携帯のメール画面を開いた。懐かしい後輩の名前の下に、まったく同じ苗字の、今まさにとなりに立っている親友の連絡先も登録されている。こうして見ると、結婚というのは心が温まるなと、深く頷いた。

「高尾の後にお前のアドレスが来るのも、もう慣れたな」
「は!?」
「だってそうだろ?高尾清志なんだから」

 宮地のままで登録しとけよ!鳩尾に喰らった宮地のパンチは、高校の頃と変わらずいい威力だった。ついでにその話も送っといてやろう。
「なぁ泰介、また今度会ったら話しようぜ。今日は俺早めに帰るわ」
「そうだな、そうしよう、宮地」
 今日は帰ったらさんざん甘やかされるな、そう言えば、俺が甘やかすんじゃなくて?と無垢な瞳で問われて、大坪は吹き出す勢いをこらえながら、先を歩いて行った。

「今日な、泰介に会ってきた」
「大坪先輩ですか?」
 楽しかったわ。夕食を食べ終えて、決して広いわけではない浴槽に大の男二人お身体を無理やり押し込めた。宮地のほうが帰りが遅かった為、夕食は少し遅めにとることになった。ご希望通り作られた肉じゃがと、おつまみがわりにビールの横におかれた高尾の好物。卵黄のかかった肉とキムチに、豆腐のさっぱりとした味があっていて好評だった。
「あいつ、彼女と映画見に行ったんだってよ。そのあと家に連れて行くって話も前から聞いていたから、追求してやったら顔真っ赤になってた」
「大坪サンかわいそ〜・・・キヨさんの誘導尋問に引っかかっちゃったんですね」
「人聞きの悪ィ事言ってんなよ!」
 ほんのり赤くなった肩がなんともいやらしく、ごくりと無意識に唾液を嚥下した。風呂は高尾にとって理性との戦い。
 久しぶりの再会が随分嬉しかったらしく、普段はそう簡単に見る事のできない無垢な笑顔が、高尾に向けられている。
 複雑で素直に喜べないっつーか?俺がそういうふうに笑わせられてんならそりゃー天下もんだけど?
「和成?」
「二歳の差はでかいのだよ真ちゃん・・・」
「は?なんで今緑間の名前が出るわけ」
 そんな流れじゃなかっただろ、濡れて肩についている髪の毛をかき上げて、ついさっきまで幸せそうな笑顔だったその表情は一気にぶっすりと不満を漏らしている。
「真ちゃんの嘘つきめ、二歳はやっぱり大きいじゃん」
「だから!緑間の名前を出すなって!」
「なんでそんな怒ってるんすか!むしろ怒りたいのは俺なんですけど!」
「知らねえよ!もういい!」
 前髪を引っ張られて悲鳴を上げ、涙目の高尾は向かい合わせの宮地を見つめた。すっごいぶっさいくな顔してますよキヨさん、負け惜しみでそう言えば、きっと鋭い眼光を返されて一瞬たじろいだ。
 キヨさん、この肉豆腐すっごい美味しい!!当然だろ、俺が作ったんだから。当たり前の様に返されたその言葉の影で、彼が努力してきたことを、高尾は知っている。
 最初の頃は危なっかしくて見てらんなくて、一緒に作ろうかと何度もキッチンに顔を出した。邪魔すんなと睨まれて、すごすごリビングに戻っていったけれど、絆創膏だらけの指は、見ているこっちが辛かった。
 週に2回ほど発生するこの喧嘩は、案外すぐ解決するものではあるけれど、出来る事ならやっぱり毎日平和でいたい。
 お前は、ぽつりと呟かれた宮地の言葉にすぐさま反応を見せると、ほんの少し瞼を震わせながら続きを話し始めた。
「お前は、いつになっても緑間緑間だな」
「・・・あの、キヨさん」
「分かってっけどやっぱ腹立つもんはクソ腹立つわ、そんで逆上せそうだわお前のせいだ」
 お前の目の前にいんのは緑間じゃねぇだろ、それっきりそっぽを向いてしまった宮地の背中を、高尾は驚愕した表情でじっと見つめていた。
 ちょっとちょっと待って。まるでこっちが馬鹿みたいじゃん。すんません馬鹿は確かに俺でした。
 忘れてた。この人がプロポーズを受けた日、どれほど嬉しそうな笑顔で、涙をこぼして、愛を返してくれたのか。
高尾、嬉しい。
 ありがと、でも、俺でいいわけ?
お前には俺よりもあいつの方が――
「・・・ヤキモチ妬いちゃいました?」
「投げんぞ」
「パイナップルを!?」
「・・・何笑ってんだよ」
「ねえキヨさん、俺らって似てますね」
 お互いに言いたい事を素直に言わないままにしちゃうから、本当は通らなくてもいい、厄介な回り道をしてしまう訳だ。
 それに加えて、互いがよく口にする名前が固定している事も不安要素になってしまう。
「そうだよ嫉妬だよ、悪ぃか」
 だってお前は俺の彼氏だろ?
「今日はたっぷり、気持ちよくしてあげますからね」
「馬鹿、そうじゃないだろ」

 一緒にじゃねーと俺は許さねーよ?ぺろりと舌で唇を拭い、目を細めた彼に、同じく笑顔だけで返事をした。続きはベッドの上で、そんな風に口説いてみせると、下手くそと笑われた。
 ねぇキヨさん、これからきっと色々な事があって、その度にお互いの事を貶したり嫌いになっちゃいそうになるかもしれないけれど。それでも、アンタの事を心から忘れたいと思う日は一生こないって分かる。あとはキヨさんの心の問題で、もし俺の事全部全部忘れたいって時が来たんなら、俺はこの手を離すけど。それでも、それでも。
 ようやく永遠っていう言葉を信じてもいいかなって思ったんです。
「緑間はね、確かに大事なんですよ。そりゃ高校の間ずっと相棒だったわけだし?でも、キヨさんのとは全く違うっしょ」
「・・・じゃあ二人ン時にあいつの名前ばっかで会話占めんのそろそろやめろよお前」
「じゃあキヨさんも大坪サンとか木村さんにあんまりベタベタしに行かないでください」
「は?大坪も木村もそんなんじゃねえよ、てかさっき大坪の彼女の話したばっかじゃねーか」
 じゃあこっちのも十分に許されると思うんですけど、そうぼそりと呟けば、お前らは踏み外しそうだから嫌だとすっぱり言い返された。もうどっちもどっちでいいかもしれない。その前にそろそろ逆上せる、ぱたぱたと手で顔のあたりを仰いで、思い切り湯船から身体を乗り出した。湯の量が少し減ると、宮地は高尾の腕を軽く引く。
「和成、一緒にいこ」
「アンタそのあざとさクソ腹立ちますけど!」
 
(わざとに決まってんだろ、馬鹿。)


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