スピンオフセックスアピール | ナノ


セックスアピール スピンオフ
夜勤のふぉろわさんへあげたもの


 ぶす、と仏頂面を包み隠さず顔に張り出して、1時間は経ったと思う。何度か名前を呼んでみたが、テレビからその視線が振り向く事は一回もない。いい加減に機嫌直してくれと懇願してもみたけれど、まるで床を歩いている虫を見る目でじとりと見据えられた。
 こればっかりは、と言えないのは、やましいとは言いたくないがそれを生業としている自分がいるからである。事の発端は先日撮影された仕事の最終確認DVDにあった。知らない間に送られていたその茶封筒を、ポストから取り出したのは半同居状態のジャーファルだった。普通とは少しずれた方法で恋人同士になったジャーファルは、基本的にシンドバッドの家にいる事が多くなっている。帰りが遅くなった夜は、寝てていいと言っても夕飯をテーブルに置いて、一人で待っていてくれている。そんな健気さに、更に愛情が深くなるわけだが、決して毎日平穏な訳でもなかった。
 今月に入ってから、新しい撮影が二本シンドバッド主演で依頼された。監督に手渡された台本を何気なしに捲れば、ベテランとも言われるシンドバッドの口元がひくりとひくついた。ひとつはこれまでに何本も取ったようなストーリー。所謂家デートの中で、甘い雰囲気で行われるセックス。そちらは全く無問題だった。しかし、もう片方の薄い冊子に、表情がこわばる理由があった。
 シンドバッドが概念にしているものがある。カメラの中では、決して私情を挟まないようにする事。演技の中でしか交わることのない相手でも、必ず愛情を持って接すること。前者は結局ジャーファルのおかげでなし崩しにされてしまったが、それ以降仕事では私情を挟んだこと等一切ない。その台本で問題だったのは真っ赤な油性ペンで強調されているテーマにある。
「俺もちゃんと断ったんだよ」
「それで本気にされちゃったわけですね」
 仮完成DVDと共に送られてきた一つの封筒。可愛らしい小花柄のその便せんを見て、ジャーファルは首をかしげたらしい。そもそも何故シンドバッド宛のものを、ジャーファルが最初に開いたのかという疑問があるが、シンドバッド宛だと大きく書かれた文字の横に、ひっそりと彼の名前も表記されていたからである。どっちもどうぞという意味なのだろうと判断したジャーファルは、中身を見て後悔したのだ。
「嫉妬なんかしないって言ったのは私ですし」
 演技ですし?そう言いながら少しぬるくなったココアを啜るジャーファルは、心底機嫌が悪いらしい。最早どうすればいいか分からず、当たれるものに当たっておく。そう、例えば今回の冷戦の原因であるブツを彼の名義もしっかり記載してきた監督だとか。
『驚異のHカップ○学生、あなたのみるくをひとりじめ
 いつ見ても安っぽいタイトルだと重々承知しているし、そろそろマシな題名を考えてくれとも何回も相談している。それでも一向に治る見込みのないこれを見る限り、監督のネーミングセンスは皆無の様だ。自分の出ているDVDはあまり見ないように、そう何度も忠告はしてきていたが、どうやら今回はそのパッケージのタイトルに純粋な心をくすぐられたのだろう。DVDプレーヤーにセットして間もなくジャーファルの視界を覆い尽くしたのは、あふれるばかりの巨乳、巨乳、巨乳。まずそこで気絶しそうになってしまったジャーファルのとどめを刺したのは、どうにも他の誰でもない自分自身だった。
 ごっくん所謂精飲という性技のひとつが組み込まれていた。その部分を見た瞬間シンドバッドは一気にモチベーションを下げてしまう。この行為が好きではなかった。正確に言えば、それこそ恋人同士という特別な仲の相手にだけして欲しい。ダメもとで両手を合わせなんとかならないかと問えば、それはそれは綺麗な笑顔でバツマークを頂いた。
 なんだかんだジャーファルも「そういう類のプレイ」を目にするのは好ましくなかったようで、快楽で吐き出した白濁を一生懸命飲み込もうとするこれまたベテラン女優を見て、なんだか無性に腹が立ったという。そういうプレイというのは、女性にしかできないセックスの行為を言っている。彼なりに自分が男だということに妙な罪悪感を感じてしまっているのだと思う(性別なんて今更関係ないのに)
 胸で自分の竿を挟んでもらって?それを豊満な肉付きで揉んでもらって?それで絶頂が見れればそれは確かに最高だろう。でもそれをして欲しいとは思ったこともないし、そんなくだらない事で気を病ませたくなかったのに。連続撮影の疲労からはるばる帰ってきて、待っていたのはいつもの笑顔ではなくご立派に膨れたその不機嫌顔だった。
 ジャーファルは精飲が苦手だ。そもそも、性器を口に含んだ時のあの独特の食感にすら吐きそうになっていたのが、出会ったばかりの頃の彼だ。あの粘っこい感覚をなんとか耐えて、それだけでも愛おしくて愛おしくてたまらないというのに、それ以上の行為を要求する気になど到底なれなかった。
 多方、自分でもしたことのない行為を先にこされて、それに乗算するように性別の壁にぶち当たってしまった結果がこれだろう。
責められているわけでもないのだが、自然とため息が漏れる。
 それでも我慢してくれなど言えない。仕事だからと言って他の相手をこうして抱いているのだから、本当は愛想をつかれても可笑しくないと言うのに、ジャーファルは何も言わず見逃してくれていた。嫉妬はしてもらえると、正直頬が緩むほど嬉しいのだが、悲しませるのは論外だ。ジャーファルぅ・・・と名前を呼べば、ようやく大画面からこちらへ視線が移り変わる。
 そのまま隣に座り、スーツのままその華奢な体を抱きしめた。こうして好きな相手と抱きしめ合って、そんな他愛のない生活に憧れを抱いていた。彼と出会う前、一緒に生活をしていた女性の笑顔がぼんやり脳裏に蘇った。今度出会う人がいたらそのままじゃダメよ、あなたいい人なんだから、いい人なんだから。でもね、女っていうのはね、女っていうのはね。
いつだって好きな人の一番でいたいものなのよ。いつだって好きな人の一番最初になりたいものなのよ。だからなんでもあげたくなっちゃうの。だから女の子は、好きな人に自分の全てを捧げるのよ。
「ジャーファル、俺の一番になってくれてありがとう」
 だから、ねぇ。あなたは素敵な人だけど、だから女の子は心配になっちゃうの。だっていつ、一番じゃなくなってしまうか怖いんだもの。怖いんだもの。
 いつも寄り添ってくれていた彼女の置き手紙、そう書き連ねられていた長い文章の意味を、ジャーファルに出会ってからようやっとしっかり理解できた。そのあとは案外すっと落ちてくるもので、今度出会う相手がいたら、それを運命を呼ぼうと深く胸に誓っていた。
「お前はさ、男がとか女がとか気にするけど」
 俺はお前がいれくれるのならそれでいいよ、ひと呼吸おいた後、それは顔をうつむかせるジャーファルと、自分自身に訴えたような台詞だった。
「嫌だと言ってくれるのなら、俺はこの仕事を心おきなく辞めるさ」
「嘘、だって、やめてないじゃないですかぁ」
「うん、ごめんな」
 きっと、甘えて甘えて生きてきたのだ。周りよりも早く家庭という場所を失って、遅めの思春期を迎えた事を言い訳にして、自分だけを愛してくれる人が欲しかった。それが婉曲して、いつしか温もりの意味を問うようになった。
「ジャーファル、言って」
 たった一言放ってくれれば、きっと心おきなく引退できる。瞳を閉じてその時をひっそり待ってみたが、予想していた言葉が投げられる気配はない。そろりと片目をうっすら開けると、思いのほかジャーファルの顔が近くにあってぼんやり霞んでいた。声を上げるまもなく塞がった唇は、ここ数日の疲労で少し荒れていた。
「ん・・・ん、ン」
「ジャーファル、・・・」
 ちゅく、とお互いの唾液が混ざり合う音が部屋に響く。たどたどしく動くその舌を捉えて、柔らかな舌先をじゅ、と吸うようにする。そのまま胸元の広いVネックに手を差し入れ、指先で乳首をつまむ。あ、と漏れたか細い嬌声にどくりと欲が大きくなっていく。摘んではぴんとはじくようにその蕾を弄ると、徐々に震えていた声ははっきりとした喘ぎへ変わっていった。
「やぁ・・・し、・・・っあ!」
 数週間前につけた所有印は既に色を失って、周囲の肌と違和感なく同化しそうになっていた。そこに口を当てて、下唇でゆっくり皮膚を強めに吸った。くっきり残ったその紅い跡に自己満足をしていると、潤んだ瞳を子犬のようにじっとこちらに向けてくる。結局喧嘩というのはいつもあっさり解決するわけだが、そのままにしておくのも良くはない。
(そろそろケジメの付けどきだ)
 携帯の着信音が鳴り響いている。どうせ届いたDVDの感想を聞くための催促電話だ、音が目立たないようにスーツをかぶせて、ジャーファルの下履きに手をかける。する、と忍ばせた腕を、比べて白い片手が引き止めた。顔をジャーファルに近づけて意味を問うと、きゅっと一度その目を閉じて、意を決したように大きい声で叫んできたその言葉に、シンドバッドは思考を停止した。
ほらやっぱり気にしてたじゃないか、ひっそり存在している欲だけで出来た別の意識が、やましい感情を露わにしていくには十分の誘いだった。あの険悪なムードはどこへやら、消え入った暗い雰囲気の代わりに、熱を孕んだ意識だけが二人を支配していく。
「ジャーファル、舐めて」
 こく、小さく恥ずかしそうに頷いて、ライトに反射し輝く月色がシンドバッドの脚の間へ近づく。恐る恐る下げられたそこから、既に臨戦状態にある性器がぶるりと顔を出した。
 ジャーファルは、フェラが苦手だという話をしたが、そもそもシンドバッドの性器を目の当たりにする時点でいつも体を強ばらせている。それを自ら望んで懇願してきたところを見る限り、今回の件が相当不満だったに違いない。妙なところで負けず嫌いを発するのも、なんとも年相応な性格の一面だ。
 そっと口に先端を当てて、そろりと小さな舌が姿を見せる。頭を撫でながら先を促すと、空気に触れていた亀頭が一気に口内の熱で敏感になる。くわえたままどうしたらいいのか分からないらしく、目だけを上に向けてその先を教えて欲しいというように訴えかけてくる。それちょっとまずい、視覚的に本当まずい。
 くい、と軽く後頭部を押すと、深緑の双眼を細めて、ゆっくり長大な性器を口にふくみ始めた。最初は瞳に涙を溜め辿たどしく行われていたそのストロークも、数分経てば物覚えの良さが相まってくる。じゅぽじゅぽと淫らな音を鳴らしながら、一生懸命に頬張る姿は健気でいじらしい。一瞬、皮膚の味に怯えたのかその喉がきゅっと締まる。その反動で性器を包み込んでいた口内が一気に狭まり、吐精感がぎりぎりまで近づいてきた。
「んーーー!!ん、ぐ、ぅぶ」
「ジャー、ファル、飲めるか」
 ひたすらに首で肯定を見せるジャーファルの意識は、どこにあるのかわからない。せり上がる快楽が限界になり、半ば強引にジャーファルの頭を掴んで前後に動かした。先走りと唾液がだらしなく混ざり合い、床にぽたぽた落ちていく。きゅううと喉の最奥と突いた時に、亀頭がその温かい口内に押さえつけられ、シンドバッドはそのまま射精した。
びくびく体を震わせるジャーファルを見て、慌てて性器を口元から外そうとした。待って、というように殆ど力の入っていない片手で脚を掴まれて、そのまま抱きつくようにジャーファルが腕を回してきた。ソファに座っているシンドバッドと、床に足をつけているジャーファルの距離が少しだけ縮まる。ここ数日、多忙のおかげで自分ですら触れていなかったおかげか精液の量がいつもより多い。びゅるると音を立てるほどに溢れる白濁は、ジャーファルの口端から顎を伝って落ちていく。
 数秒経って、ジャーファルが顔をしかめた。苦味が消えることなく体液と残っているようで、独特の粘りとも格闘しているらしい。飲み込もうと顔を上に向けては失敗しを繰り返している。
「ジャーファル、無理するな」
「ん、んんぅう」
 嫌です、そう言った事がわかったのは、嫌悪感の表情をいっぱいに見せてきたからだった。少し汚れた頬を指先で撫でれば、目を細めて擦り寄ってくる。これであの女優の事は忘れてくれるだろうか、それなら安心だけれども。
「ん、ッう・・・う」
 ごくん、普段は聞こえないはずの嚥下音が耳に入り視線を下に向けると、先程のような朦朧とした瞳でこちらを見つめているジャーファルがいた。そろりと出された舌先を見る限り、どうやら精液は全部飲み込んだようだ。粘っこい、同性の体液を喉をひくつかせながら飲み込んだ、その光景に恍惚と、今まで感じることのなかった感情が顕になる。
 なんとも笑える支配欲だった。愛情をもってがモットーだなんて、よくもこの口が言えたもんだ。本当に愛おしい相手には、どんな方法でもマーキングするただの本能で出来た男にしか成りえない。所詮、好きな相手の前では獣同然だ。歪んだ唇に、ジャーファルがこてんと傾いた。
「よくできました」
 じゃあ今度は、そう囁いてソファに押し倒した彼の下半身を手のひらで触れると、あんと女のような声をあげながらその先を強請ってきた。俺で構成されたジャーファル、俺の可愛い可愛いジャーファル。仕事は最早癖となり、抜け出すには到底難しい世界になってしまった。好きな子は壊したいだけ壊しておいて依存もさせて、体の快楽は別の逃げ道。ああ最悪な人間だなと自負している、あとは彼が一発殴ってくれれば醒めでもするだろうか。
 ぐい、と首元に回された両腕が二人の距離を詰める。吐息がかかるその空間で、願ったことは発されずに終わっていく。
「結局わたしも、媚びることをおぼえたあなたの男なんですね」
 
そう言ったジャーファルは、なんとも自慢げに笑っていた。


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