よにんのあまいおはなし | ナノ



「あんた馬鹿ね、ジャーファルさんにまたおかしなこと言ったんでしょう」
「るっせーよ、大体おかしなことじゃねぇもん」
「へぇ?じゃあ聞こうかしら、何口走ったのその酔った勢いで」
「ぶす」
「アンタ一片本気でジャーファルさんにどつかれたほうがいいんじゃないのほんっとうに馬鹿」
何も言い返さない様子を見て自分でもとんでもない失言をしてしまったことを理解しているらしい。しかしジャーファルはそれを理解した上でいつものような怒鳴り方で終えているのだから理不尽だとヤムライハは赤かった顔を青ざましたシャルルカンをジトリと一睨みして先を歩いていく。きっとこの時間だと彼は自室ではないあの人の部屋にいるはずなのだ、それくらいはわかる。何年もこの場所で息をして何年も彼らを見てきたのだから。
2回ほどノックをすれば明らかに焦ったような彼の声が聞こえてしまいつい笑ってしまった。彼は関係がバレていないと思い込んでいるようだがそれはまさに勘違いである(ジャーファルさんに言ったら怒るかしら、怒るわよね王様が既に自己申告しているなんて)ゆっくりでいいですと扉越しにいえば間もなくその壁が開かれる。現れたのはその濃紫に輝く髪を下ろしたこの国の王であった。

「王様、シャルルカンがジャーファルさんにまたぶすって言ったんです」
「はは、その話しを今丁度聞いていたところなんだ、なあジャーファル?」
「ヤムライハ、もしかしてシャルルカンに会ったの?あの子だいぶ酔ってたんじゃないかと思うんだけど」
「酔っていましたね」
でも置いてきました。そう言えば優しく笑ってくれるこの政務官は、ヤムライハがマグノシュタットから離れ未開の海に浮かぶ島国シンドリアへ食客として訪れた頃から様々な知恵を与えてくれた母親みたいな存在である。小さい頃から魔法が為す世界しか知らなかったし興味もなかった自分が祖国の外に行くとなんら役に立たないことを叩きつけられたこともしばしばあったものの、今では周りに慕われるくらいまでに成長できたのだ。それもこれもこの国のおかげでありこの国を開拓した王・シンドバッドのすべてのおかげである。
「ジャーファルさんは優しすぎます、あいつにはもっとガツンといってもいいんです!」
「うーん、でも酔っている人間ほど馬鹿なことばかり言うしね?」
「おいジャーファルなぜ俺の方を見る」
「この人もね、普段より酷い酔い方をして王宮に戻ってくるときよく口走るんだ」
「なにをです?」
「ふふ、私のことが可愛いって」

私は自分で附子だということも理解しているけれど、別にそれを嫌だとも直したいとも思ったことはないから周りがコンプレックスに見ているのかもしれないけど何も感じていないんだよ でもシンは酔ったとき必ず謝罪の言葉と一緒にそのセリフをこぼして寝台に行くんですよ、おかしいでしょう?
(おかしいって言うけれどねジャーファルさん、それは王様が酔ったふりをしているだけなんですよ)
そんなことを言ってしまってはきっとこれからこの二人のことだから一時の修羅場を鋏み自分を無視して甘い時間を漂わせてしまうと感知し口をつぐんで笑みだけ浮かべる。そもそも彼は附子ではない。ヤムライハから見ると鼻先に散る雀斑(そばかす)は彼の最大の特徴であるし、この国の近辺では極めて稀にしか目に入れることのない月色の髪の毛などはまるで磨いたばかりの原石が散らばったような美しさを持っている。
幼いころから魔法が全てだったせいか、ヤムライハは同年齢の女性と比べて洒落たものに縁がない。ジャーファルのことは言えないくらいには私服は少なく、どうしても外出するときはピスティに事前にサイズを教えて選びに行って貰うくらいである(選びに行く服すら少ない)青色のこの髪の毛もマグノシュタットではありきたりなものであったし、特徴があまりないと思っているヤムライハにはジャーファルやシンドバッドはとても美しい存在だった。

「私が可愛いなんて、ほんと馬鹿ですよね?でも私嬉しかったんです」
「ジャーファルさん?」
「だって、昔から気にしていなかったことでも好きな人に褒められたらそれだけで嬉しくなるだろう?ヤムライハもそうでしょ?」
「ジャーファルさん?」
「ああヤムライハ、ちなみに今こいつは酔っている」
「お酒飲んでいたんですね・・・申し訳ありませんいきなり部屋を訪ねてしまいました」
「いいんだ、久しぶりにヤムライハの話も聞きたいしな!」
そう言って頭を撫でるその手は昔と変わってしまったのだとこの二人が会話していることをよく耳にする。マグノシュタットを離れる数日前に知った今はわが祖国シンドリア。王は齢20の若輩なるものの迷宮を数多攻略した敵に回したくはないと言われている青年。そんな未熟な世界に自分が飛び込むことは不安だったものの当時のマグノシュタットでは自分はきっと廃れていく一方だったのだ。意を決して足を踏み入れたそこは見たこともない果実・生物が息をしては空気を美しく輝かせていた。
お前みたいな子達をたくさん救いたい、口癖のようなそれは未だに変わらないと知っている。そしてその王を支える最大の存在が政務官だということも変わってはいない。見えぬなにかが大きく揺らいでいるのだとしてもここに生きる者は皆幸せだと認識しているのだから良い。それでいいと思っている。

「シンもヤムライハもあまりシャルルカンを責めないでやってね」
「え!?」
「ジャーファル、今日は珍しく酒が回ってるな」
「だってシン、あの子はここまで来るのにいろいろなものを傷つけて傷つけて走ってきたんです。自分の足も腕も心もプライドも。私にはわかります、あのこが何を本気で言っているのか嘘でいっているのかなんて」
(あいつの瞳が右に3回程揺らぐときは自分の発言に後悔しているとき、頭をかくときは冗談半分本気半分の時)
「そうだな、ジャーファルはよく周りを見ているからわかるんだよな」
「そうですよ!偉いでしょう?シン、褒めてください」
「お前は本当葡萄酒弱いな・・・えらいえらい、愛してるよジャーファル」
「さいごいりません〜!!!ふふ、愛していますわたしも」
「あの、私いたたまれないのですけどいないほうがいいのでは」
「いや、せっかくだし今日はお前も飲みなさいヤムライハ」
「ヤムライハも大きくなったねぇ、出会ったころはよく泣く子で心配だったのに」
「そうだったな、最初の頃はよく暑さでやられてたものだ」

この国とマグノシュタットの気候はほぼ正反対に近く、雨季の多く気温のあまり上がらない故郷と比べ熱帯に近いシンドリアはヤムライハにとってとても苦痛であった。特に陽が空の最も高い位置に上る時間帯は日陰に避難せどもジリジリと肌が焼け、魔法で水を生成せどもひどい時は地面でそのまま熱湯のようなものに変わってしまう。幼い頃毎回倒れてはジャーファルの背に乗り自室へ運ばれていたことも今ではいい思い出である。
あとは今でも変わらないシャルルカンとの喧嘩で、昔は負かす言葉など全く知らず的確に言葉をぶつけてくるシャルルカンに適わないことがとても悔しくてばかだのあほだの単純な単語を投げつけては泣いてしまった。それでもそんなときは王であるシンドバッドが経緯を聞きどちらが悪いのかを判断してその場を解決させてくれた。大体はシャルルカンが謝る方で、なんだか自分が子供臭くなり彼のほうをみてこちらも謝り返すといつもシンドバッドは頭を撫でてくれた。

お前たちはいい子だな、とてもいい子だ
そんな褒め言葉がひどく嬉しかった。祖国に居た時のあの大きな期待の眼差しではない、そこにあるのは自分たちをたった一人の存在として認めてくれている優しく強い金色の瞳だった。何が変わったといえよう、たとえ変わったとしてもそれを咎めるものなどこの王宮にはいない、国にはいない。
「そういえば、シャルルカンがお前に一度花をあげた時もあったなぁ」
「ありましたねぇ、あの時は確かヤムライハの誕生日だったんだよね」
「ありましたね、びっくりしました」
「お前確かあの時シャルルカンが大人になったって嬉し泣きして俺に報告してきたよな?」
「だって嬉しかったんですもん」
「もんとかいうな可愛いから」
「シンはかっこいいです」
「あの、回想してもいいですか?私帰ったほうがいいですか?」
「あ、ああすまん」

18の誕生日、マグノシュタットとシンドリアで違う点の一つが成人と認められる年齢だった。マグノシュタットでの「成人」は他国と大きく区切りが違い、課題で出される水と太陽の光源を応用した攻撃魔法を成功することができれば1人前の魔導士と認められ、成人の証拠として魔力を蓄積することのできる宝飾品がさずけられる。ヤムライハの場合は同年齢の学院生の中で1番最初に成人を迎えた者でそれは齢13のあどけない少女の時であった。成人と認められればその時から自分の生誕など祝福する意味もなく、そのままシンドリアに着た。初めてだったのだ、生まれた日にもらったものが、1輪の花だったなど。
擦り傷や泥だらけの格好でむすりとしながら部屋に訪れたシャルルカンが片手に持っていたのは、以前魔術本で見た極めて発見が難しくもその見た目は質素なものだった。気候的にはシンドリアが丁度良い環境だったもののその花が咲くのはこの国一番の崖を通り越して見える広い川の流れた水面に浮かぶ貴重なそれのためヤムライハは一度口にしたきり何も語らなかった。それをシャルルカンが、持ってきたのだ。あの時は嬉しくくて泣いてしまったことを覚えている。喜んでもらえると思っていたのが泣かれてしまいシャルルカンは混乱していたが、素直にお礼を言った時見せたあの笑顔が今でも忘れられない。

「あの花、魔力のたまった水につけると花びらが紫から白に変わるんです」
「そうだったのか、知らなかった」
「あの花は結構長い間ヤムライハの部屋にあったけどいつ頃まで咲いていたの?」
「ふふ、今も咲いてます」
「え?」
「花瓶に魔術痕を入れて、定期的に私の魔力を吸収させているんです」
「そこまでしたのか、意外だな。シャルルカンが知ると喜ぶんじゃないか?」
「あの馬鹿が覚えているはずないですよ王様、はぁ〜あの頃のあいつは可愛かったのに!」
「今でも可愛いよ」
ヤムライハもシャルルカンもマスルールもピスティもスパルトスも。
「じゃ、ジャーファルさん」
「おやシャルルカン」
「あっあんた何しにきたのよ!あんなに酔ってたじゃない!」
「う、うるせぇよ!お前こそなんでいるんだよ!もう夜中だぞ!」
「剣術バカには関係ないでしょ!」
「んだとぉ!?」
「ああもうこら、俺の部屋で喧嘩をするんじゃない、なぁジャーファル」
「シン、好きです・・・」
「・・・お前はもう寝なさい 3徹して酒なんか飲むから」
「シャルルカンどうしたのぉ」
「ジャーファルさん酔ってます・・・?あの、さっきごめんなさい」
ぶすなんかじゃないです嘘なんです冗談なんですごめんなさい
心の底から反省しているのだろう、下げた頭をちらちらあげてジャーファルの様子を伺っては返答を待っている。昔から彼に嫌われることを怖がっていたから、そのまま成長したのだ。
(なのになんできっつい冗談しか言えないのよアンタ)
「いいよしゃるるかん、おいで」
「え、あのジャーファルさん」
「むかしよくこうしておでこに、ちゅーしたよね!」
「ええ、え」
「きゃぁぁジャーファルさん酔いすぎです!それは私の額にです!」
「ヤムライハの額にキスしてたのかお前は!」
「しんにもしてあげます」
「よし口に頼む」
「王様!」
目の前でさも普通にお互いの唇を合わせた二人を見て唖然としている二人を見たジャーファルが、満足げに笑ってはいくら二人でもシンはあげないよと言い残してそのままずるりとシンドバッドの胸に顔を寄せ意識を夢の世界に旅立たせてしまった。どうやら酔った彼は本音しか言わないらしい。素面の時などシンドバッドとの交際がばれぬように怪しいほど否定をする政務官様は、確かにヤムライハやシャルルカン、マスルールの母親的存在であり自分たちを救ってくれた王の最も信頼できる人物に変わりはない。
「王様とジャーファルさんって」
「夫婦みたいだな」
「夫婦?・・・そうだな、結婚式はできないがこいつはそのほうがいいだろうな」
せめて指輪でもつけさせるか、そう笑う王を見てシャルルカンが次にハッとしてヤムライハの方を見つめ直す。正直目が合うときは大体どちらかが喧嘩をふっかけて応戦状態の時がほとんどのため、一体何をけしかけてくるのかとヤムライハはつい身構えてしまった。すると何か言いづらそうな顔をしてずい、と手を差し出された。握られているのは、一輪の花。

「・・・何?ちょっと、シャルルカン」
「・・・こないだ、バザールに行ったときにあったんだよ!安かったし、あれだ、お前花好きみてーだし」
「買ってきたの?」
「ぐ、偶然目に入って店主に薦められて断りきれなかったんだよ!ピスティはこういうのすぐ枯らしちゃうとか言ってたし!お前結構植物は得意らしいから!だからってだけだぞ!ほら、昔やった花もいまも咲いてるだろ」
覚えてたのか、そもそもどうして自分の部屋にあの花がまだ咲き誇っていることを知っているのだろう。普段ならきつい言い方で言及してしまうのかもしれないが、それよりも嬉しかった。あの花を覚えていたこと、あの頃と同じようにしてくれたこと。感情を出すのが苦手で、ふくれっ面で渡すその性格。私たちだって何も変わってない。それでも、私は変わると信じたいものがある。恋愛というものに臆病になって決して口には出さず、相手からの接近を待つばかりに変わってしまったが、それでも自分が魔導士である前に女性なのだと分かって欲しかった。
「あの花は枯れてもいいの」
「・・・は」
「花瓶に術式があったでしょ、あれで魔力供給をして定期的に水を栄養がはいったものにしているの」
「・・・んん? な、なんで」
「知りたい?」
「お、おう」
「じゃあちょっとこっち来なさいよ」
なんだよ教えろよ、全て言う前にシャルルカンの頬にほんの一瞬、1秒あるかないかの口付けをした。経験の無いそれは勢いがあって少しぶつけたようになってしまったが、十分伝わったらしい。数秒呆気にとられたような顔をしていたそれは今度は赤く赤く染まり、湯気でも出るのではないかというほどになってしまった。
ああおもしろい。そんな顔に私ができるなんて。そんな顔を私に見せてくれるなんて。なんて、なんて。
「ヤムライハ、ちょ、ま」
「あー私も酔っちゃった!きょうはここで寝ちゃいましょう」
「は!?待てってヤム」
「おやすみ」
「はぁ!?」
さ、いい夢を見ましょう。久しぶりに幼い頃の自分に会いに行きたい。もし会えたなら、過去の自分にもう少し素直になりなさいって説教してしまおう。

「し、心臓に悪ィ・・・」
「お前たちの方が夫婦じゃないか」
「わああああ王様起きてたんすか」
「今ちょっとあれだ、子供を嫁に出した気分だ」
「何言ってるんですか・・・っていうかジャーファルさん抱きかかえたまま話しかけないでくださいよ」
「可愛いだろう?」
「・・お、怒ってるんですか」
「附子といったことをか?怒ってないさ、お前は昔からジャーファルを茶化すの好きだったからな」
「・・・何も言えないです」
「いいじゃないか、お互いそのあとはちゃんと解決しているんだ」
「・・・お、王様は 好きな人には好きって伝えてるんですか」
ああ、つたえているさ。毎朝毎夜、世界が自分たちを迎えた時から怠ることなく。
それは叶いましたか、そう聞けば苦く笑い難しいなと呟いた。ジャーファルを抱き寄せる力が強くなったのか、腕の中の彼が少しだけ呻いてシンドバッドの名前を呼んだ。
「こいつがいてくれるなら俺はいいんだけど、こいつは俺にそれを許してくれない」
「・・面倒ですね、王様って」
「はは!それでもシャルルカン、働く男は素晴らしいんだぞ」
こいつがいるから頑張れるし、お前たちがいるから頑張れるんだ
この国をつくるまでに出会った人、これから出会う人、今をともに生きる人 すべてが俺を生かす水になる
「さしづめ俺は必死に大きくなろうとする花だ」
「・・・その花は俺にも咲きますか?」
ああ、咲いている そしてこれから更に水を吸大輪の花を咲かせるだろうな。そう言って頭を撫でてくれた王の笑顔を最後に、シャルルカンの意識は途絶えた。その様子を見守ったシンドバッドはジャーファルを抱き直し、耳元で愛しているよとだけ囁き最後に夢の中へと旅立っていった。

::::::::::

「・・・どうしたんだこれは・・・」
「あはは!四人で寝てるー!王様狭そう!潰されてる」
「・・・横にジャーファルさんがしがみついているのだが」
「スパちゃんそれは見ちゃダメ!あとでジャーファルさん恥ずかしくて死んじゃうから」
「お、どうした王の部屋に集まって・・・なにしてるんだこいつら」
「お酒臭いしきっと夜通し飲んでたんじゃないかな〜、今日は朝議も遅くからだね!」
「ったくガキかこいつらは」
掛物くらいちゃんとしとけ、そう言いながら四人に床に落ちてしまっていたそれを拾い静かにかけ直したヒナホホがため息を吐き、どこか懐かしいような笑みを浮かべてピスティ達と共に部屋を後にした。
遅れて設定された朝議の時間まであと2時間。1番最初に目を覚ますのはきっと政務官の彼であろう、あまり感じたことのない頭の痛みと気持ち悪さ、数日ぶりの睡眠がどうぶつかりあってしまうのかわからないが少なくともほかの3人にとっては良い酒宴だっただろう。
太陽が時間を経て徐々に空の最も高い場所へ近づいてゆく。その頃には気温も上がりヤムライハも起き上がるかもしれないが、最後には昔と変わらず寝坊が癖になっているシャルルカンが体を揺さぶられ眠た眼をこすりながら、寝ぼけた顔で第一声をはなつ。

そんな1日の始まりが、いつもより遅めにシンドリアを迎える。





森永さんのリクエストでいただきました糖分100%超のシンジャ+八人将でした。遅れまして本当・・すみません・・・
ちょっと最近文を書いていなかったのでリハビリ兼ねてあっまあまにするつもりがこうなってしまったのですがいいのでしょうか。
森永さんに言われたことが個人的にかなり嬉しかったので調子に乗ってガリガリ書きました。
オトンオカンなシンジャいいね!
リクエスト・閲覧ありがとうございます〜。

2012.4.26

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