孕まぬ遺伝子 | ナノ



例えばこの体が孕む事の出来る唯一のものだったとしたならばどれ程の幸福を手にするのだろうかと脳内の片隅でほんの数秒だけ考える。幾度となく繰り返す愛しい彼との行為があれどもまさに夢は夢にしかなりえず、どろりと太腿を伝う白濁は数多の女性が欲する愛と遺伝子は自分の中では無残に消えてゆく。そして自分を責めているなど情けない姿を見られたくなくて、朝が来る前に彼の前から姿を消すのが習慣になっていた。図々しくなってしまった。
それでも胸に残るのは小さな優越感、彼の子をと必死に求める女性たちの叶わぬ希望を、そもそも叶えることすらできない自分が独占している。そう、もしかしたら、私はこれでよかったのかもしれない。
「っぁあ、あ」
「っく・・・!!」
「シン、ま、って、あ、またで、あ!あ・・・!」
「ジャーファルっ・・・ジャーファル、」
名前を呼ぶその悩ましい声にくらり眩暈がする。
何週間ぶりかに国へ戻ってきた王は誰が見ても怯えるほど空気が鋭かったのをジャーファルは覚えている。普段の外交関係は、いくら難しいものでもあのように顔や雰囲気に出すという事をしないのが我が国の王である。それが崩された瞬間を見てしまった部下の者たちのあの強ばった表情はない。その状態のシンが唯一名を呼んだのがジャーファルだった。いつものように留守中のシンドリアの国事や食客達の状態諸々を話しつつ王の速度に合わせ広い宮内を歩いてゆく、鋭い目線と同時にずいぶんと疲れた表情をしているのが横から見てとれた賢いジャーファルは、その会話のまま何気なしかのようにシンドバッド王を寝室へと促してゆく。ほかの文官たちに目線を配らせて二人にするように暗黙の命令をしているうちに、あっという間に目的の場へとたどり着いていた。


「シン、だいぶお疲れでしょう。今日は早くお眠りください・・・と言いたいところですが、先に何があったのか吐いていただきますよ」
「・・・何も無いさ」
「嘘を仰せられまするな。このジャーファルどれほど貴方のお側にいたと思っておいでです?王の変化くらいお見通しですし何より今のあなたは誰から見ても状態がひどい。抱えて次に影響させてしまうなら吐いてください」
「・・・そんなにひどいか?俺」
「ええそれはもう。シャルルカンやスパルトスが唖然とし、ヤムライハが床を見つめてしまうくらいには」
「・・・ジャーファル」
「はい、王よ」
世界とはなんと尊い物だろうな、そうつぶやいてシンドバッドはようやくベッドに腰掛けた。両腕を広げもう一度ジャーファルの名前を呼び近づくよう促す。何も言わずに言うとおりにしたジャーファルをきつく抱きしめながら髪、額、耳、首筋にかけて軽いくちづけを落とす。

「暗殺者が侵入していたらしくな。外交は次回になったんだが」
「・・・あなたが狙われたということですか?ヒナホホ殿たちは・・・っ」
「いや、俺が狙われたんじゃなくて外交相手の王がだ。俺はヒナホホ達が護衛してくれていたから無傷だったしなんら問題はない」
じゃあどうしたというのですか、そう紡ぐ前に唇を塞がれ何も言えなくなる。この状態のシンドバッドにはいくら抵抗しても意味がない事くらいもう十分に学んでいる。ジャーファルは両手をシンドバッドの胸元にそっと置き、求愛を受けた。
国王を狙っていた暗殺者は、何年も前からその国王に寵愛されていた女官だったという。その国ができた頃からずっと王を支え続けていた女官が鋭い刃を持ち外交の最中にそれを王に向けたのだという。護衛のおかげで王は何ら負傷はしていないのだが要はそこではない。シンドバッドはそんなことがいいたいわけじゃない。王の気持ちを汲み取ってしまったのだ。
「・・・流石一国の王だと思ったが、笑いながら震える唇を見たら何も言えなかった。ずっと、ずっと共に生きてきた伴侶のような彼女に刃を向けられたのだから当たり前だ」
「・・・ちなみにその女性は」
「ああ、彼と出会ったとき・・・まさしく彼と出会ったことすらもきっとその目標の中の一つだったのかもしれないな。ジャーファル、世界は尊いな、もう大分沢山のものを見てきたつもりでいたがどうやら違ったらしい」
「シン、それほどまでに落ち込むというのはなぜです?まさか私が貴方を裏切ってその女官と同じような事をするとでもお思いですか」
「そんなことあってたまるか、俺はきっとお前を殺せない」
そんなことは命に誓ってもないのだが、この王はいささか自分に対して甘すぎる。それはいつしか狂気となり自ら創り上げたこの国を脅かすものに成りかねない。一部下がそんな愚行を犯したとなればその場で、即刻処分してしまうような器になっていただかないといけない。昔から何度も指摘している彼の短所は未だに治らない。

「ジャーファル、俺がいきなりお前を裏切り今まであったことが全て偽りだと告げたら、お前に刃を向けたらお前は俺を殺せるか」
「・・・貴方は相変わらずひどい人だ」
「それだよ。・・・ただの家臣じゃないんだ、あの王にとっても」
「シン、あなたが何を言いたいのか私はわかりません。でも、貴方を裏切るときは私が私をやめる時、あなたが私を殺めるのは自由なのです」
「そんなこと言うな」
「いえ、言わせていただきます。・・・私は」
ただの家臣ですから。そうつぶやいた体が勢い良く反転しベッドに叩きつけられる。私が離れるのが怖いというのなら私は貴方の灯火となり永遠を誓いましょう。その永遠は結ばれるものではないけれど願うことくらいなら神も許してくれるはずだ。そう言えばもういい、もういいとまるで駄々をこねる子供の様に首を横に振り、性急な口づけを受ける。この行為も何も結ばないように、結局は何も残してはくれぬものなのだと考えて、ああしまったまたおかしなことをとジャーファルはシンの背中に腕を回した。

「、シン、あ、ゃ」
「ジャーファル。・・・ジャーファル」
「っい・・・!」
全く濡れ戯らないそこに人差し指を突き立てられた激痛にジャーファルの顔が歪む。稀にこのような夜伽が訪れるがその度にシンは後からジャーファルに謝罪に言葉を浮かべる。謝るようなことでないと思っているジャーファルにとってその悲しい表情はただただ切なくなるものだった。
いくら指を動かされてもまったく濡れる様子がないそれにジャーファルは嘲笑した。これが女の体だったとしたならきっと彼の愛情を蕩ける蜜になりすんなりと受け入れることができるのだろうけれど。所詮自分には叶わぬ夢である。自分の愛情を表すには言葉しかない。この身がちぎれるほどの想いが彼に遺伝子として届くことは、ない。
「・・・ジャーファル」
「・・・は、い・・・」
「泣くな、お前が泣くと俺は本当にどうしたらいいか分からない」
そう頬を撫でられて数週間ぶりにみた彼の困ったような、それでも笑った表情はいつになくジャーファルを締め付けた。なぜ彼は王で私は従者なんだろう。なぜ、私は男なのだろう。
溢れるのは彼を受け入れるための蜜ではなく汚らしい欲を含んだ涙ばかりで、それを一生懸命指で救うこの国の王はなぜ自分を愛しているというのだろう。
「俺が悪かったから、怖かったか?ジャーファル」
「いえ、いいえ、シン、あなたは、シン、私を、私はなんで」
「ジャーファル、落ち着け。痛かっただろ?よしよし、ちょっと待って」
「いいです、シン、も、いれて・・・」
「・・・ジャーファル?」
ねえシン、明日の仕事は私一人徹夜でも構いません。貴方は浴びるほどお酒を飲んでも構わないです。
「シン、朝までずっと繋がっていてください・・・」
「ジャーファル?どうした?」

「お願いします、シン様。 明日私が目を覚ますその時まで、貴方を下さい」



例えば一晩貴方の精液を私のこの腹が膨れるくらい体の中に残していたら、私の中にある彼の遺伝子たちはただ死を待つだけなのだろうか。反応するものなど何もない体の中で与えられぬ愛を期待を込め待ち続けて、腐敗してゆくのだろうか。それもいいのかもしれない。ほかの者に盗られてしまうくらいなら私の中で死んでいけばいい。そして私だけが愛せるその白濁を、彼だけが綺麗に清めてくれればそれがきっと自分の与えられる最大の幸福なのだろう。
「っい”・・・ぁ、っあ、あ・・・」
「ジャーファル、まだ痛いだろ」
「やぁ・・・っい、です、しん、ほし、あなたの 」
子供が欲しい、そう口走った自分を彼はどう思ったのだろうか。ただ潤いを持たずに彼の性器を受け入れた痛みに意識が飛びそうになったとき、涙で滲む視界にいた彼はなぜだろう、どこか幸せそうな顔をして笑っていた。
馬鹿みたいですね、あなたも私も。意味のもたない行為を愛しいと思うなんて。そうぼやけば何も言わずに腰を揺すぶられて声が出る。女ならばきっと媚びるような、まさに猫みたいな撫で声を出せるのだろう。それができない自分はただひたすら自分の全てである王の寵愛を受けて、その白濁を全てから奪う。
「っあん、あ、あ、あー!!あっ、ん、んんんっ・・・!」
「ジャーファルッ・・・出すぞ」
「はい・・・っ出して、しんの、たくさん、ったくさんくださいっ・・・っーーーー!!!」
「っく・・・はっ・・・」

こぷりとシンの愛が自分の中に溢れたことを感じて、なぜだかまた死ぬほど泣きたくなった。シンが入ったままの肉棒を上に摩擦させ、じゅぷ、と泡立つような音を鳴らしたそこから精液が溢れるような感覚がして恐ろしくなった。彼の愛が落ちる前に。そう思っていると勢い良く奥にあるしこりをまだ熱の覚めない性器に押されてジャーファルは悲鳴を上げて絶頂に浸る。こぼれないように腰を少し高めに膝の上に置かれ、更に結合部が深くなる。その行為にぶるりと体を震わせたジャーファルの自身からは未だに小さな快楽が襲い、ぴゅくっと彼と同じように白いその欲を腹の上にこぼし続ける。

「ジャーファル、大丈夫か」
「あん、や、しんん、・・・っぬいちゃ、や・・・」
「・・・わかったからそんなに締め付けるな?ちぎれそうだ」
「っふ・・・ちぎって、あげましょう、か」

「やめろ怖いから、使い物にならなくなるだろう」
「そのほうが、いいかもしれないでしょう?」
「・・・生意気な口叩くジャーファルにはお仕置きだな」
「え、あっ、あああああ!!!!・・・・・っひ・・・・は・・」
「淫乱だな、ちょっと摩っただけでイった」
「やぁぁ、うごかな、あっあっ、あ、あ、あ、あん、あっ」
「・・・ジャーファル、お前が何を思ったか知らないけどな 別に俺はお前が裏切るとかそういう心配をしたんじゃない」

「っう・・・ぁ・・・?」

「ただ、王が哀れに思えてしまった。長年共にした人間に裏切られるのはきっと身がちぎれるほどだ。刃を向けた彼女は王のことを本当に愛していなかったのか、それもわからない」
「・・・は、い・・っあ・・・ぅ・・や、しんっ、ひっ・・・!!」
「俺は幸せなんだろうと実感したと同時に、どうやら俺はお前を閉じ込めてまで愛したいと思っていたことも知った」
「そこ、だめ、っしん、あ、いっちゃう、また、くる、あっ、あっあっ、あ、ああああああ」
「ジャーファル、お前を籠の中に閉じ込めたいと言ったらお前は逃げるか?」
回らない頭でなんとか理解しようとした時瞳の片隅に黒い鳥が見えて、ああこの王様は怖いのだと思って、また幸せになった。自分と同じ、不安なのだ。それならば私が籠に自ら捕まろう。そのあとはどうか愛しいこの人の手で世間に見せびらかして欲しい。これが自慢の鳥だと。愛しい鳥だと。そうしてくれればきっと私は、女だの男だの気にせず、あなたから寵愛を受けている一匹の遺伝子となりえるだろう。
シンの何度目かの絶頂は、ジャーファルの体が少し重たくなるくらいの精液を奥へ奥へと注いだ。
意識を失う前に耳元で囁かれた愛の言葉は、夢なのかもしれない。



「・・・シン」
「起きたか?ぐっすりだったなジャーファル」
「はい・・・今は何時ですか?」
ちらりと壁にかかる大きな針時計を見るより先に、真っ直ぐ差し込む光で訪れた朝に驚き体を起こそうとすると、体の中に何かが刺さるような違和感と溢れ出るそれを太腿に感じすぐさまシーツに戻った。横を見ればシンは嫌な笑みを浮かべてこちらを見つめ背中に腕を回し優しく摩ってくる。
「お前が言ったんだろ?ずっとつながっていて欲しいって」
「そっんなこと」
「言っただろーさすがに俺もそんな間違えはしない」
「っ・・・も、いいですから・・・なんか血迷っていただけですから、抜いてくください」
「抜いてもいいけどお前その前にちゃんと体清めないと」
腹を痛めるだろう、そう言いながらその性器を抜きもせず腹をなでてくるシンドバッドを見てジャーファルはつい笑ってしまった。
「ジャーファル?」
「いえ、なんでもありません・・・ふふ、シン、やっぱり、もうすこしだけ」

このままで。

シン、貴方は知っていますか。女性が子を宿したとき、子は女性の腹の中で様々な動きをして存在を主張し始めるんです
蹴ったり大きく動いたり、たまに手のひらをきゅ、と握ってみたり。その胎動を母になる者たちは愛しく思い出会う日を待ち望んでいるんです
そしてその愛しい子の父は、はやくでておいでと女性の腹を撫でるんです
孕めなくてもいいです、あなたがこうして私に触れてくれるのですから。
だけど、どうかあなたのこの遺伝子を私の腹の中で愛しく思わせてくだされば、それで

「今日は素直だなぁジャーファル」
「素直じゃない私は嫌いですか?」
ジャーファルなら全部愛しいと思えるさ、そう笑った彼の遺伝子が、なぜだろう、
くすりと動いてくれたような気がした。


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