▼ 人魚騎士スパーダ2
慌ててリズを救出したスパーダはやっとの思いで岸にたどり着きました。
彼女の身体を地面にそっと寝かせ、顔色を覗きます。
「……大丈夫、だよな」
未だに目を開けないリズに内心ドキドキです。海水に濡れたリズの王子服がぺったりと肌に張り付き、身体のラインを強調しています。
「じ、人工呼吸とかした方がいいのか……?」
思わず口走るスケベ少年。そんな彼の耳にふと犬の鳴き声が聞こえてきました。
人魚姿など見られては一生の恥。スパーダは急いで岩影に身を隠します。
「ケルー、ベロー! ……まったく、いきなり走り出してどうしたんだよ」
姿を現したのは褐色肌の少年シアンでした。
普段は上半身裸の彼ですが、今はシアンカラーのドレスを身に纏っています。ゴチャゴチャした貴族風ドレスでなく、胸元のブローチが印象的のシンプルなものです。まだ幼いこともあり女装がとても良く似合っています。
「──っ、こいつは……」
シアンの真っ赤な瞳がリズの姿をとらえました。ケルとベロはくんくんと鳴き、主人の様子を伺っています。
「……」
スパーダは手に汗を握ります。シアンは敵側の人間。しかもリズを良く思っていないことを知っているのです。
何かあったら恥を捨てて出ていこう。スパーダは己に言い聞かせました。
「まさか死んでない、よな」
しかしシアンもスパーダ同様内心ドキドキのようです。スパーダの体からどっと力が抜けました。
そのとき、タイミングよくリズが目を覚まします。彼女はシアンを視界に入れ、何かを探すように辺りをキョロキョロと見回します。
自分一人では判断がつかないシアン。とりあえず、城の兵隊を呼びリズを保護することにしました。
その後渋々と海に帰ったスパーダは、リズのことが心配で仕方ありませでした。この姿のままというのも乗り気でないため、願いを叶えてくれるという魔女の元を訪れます。
「えー? おたく願いを叶えてほしいの? じゃあ三回まわってニャンとお鳴き」
スパーダの姿を見てひとしきり笑ったあと、黒いマーメイドドレス姿の桃色殺人鬼がニヤリと言い放ちます。首元のフリルは健在です。
「くっそ、なんでテメーはヘンな役ばっかなんだよ!」
「悪役こそ我が人生! てかデュランダなんとかさんとは随分配役が被ってた気がするりゅん。……とまぁ、野暮な話はどこか世界の片隅にでも置いといて」
勝手に納得したハスタは勝手に話を進めます。
「そなたは人間になりたいのじゃろ? ん?」
「なりたいっつーか、戻せ。今すぐ」
「ならば対価が必要デス。それは当然で必然で必要なことだ」
「……つまり、超不本意だがテメーに何かをやればいいんだな?」
「ご名答」
魔女ハスタは長槍を構えます。スパーダはゴクリと生唾を飲み、目を瞑りました。
「ちちんぷいぷいー」
なんとも間抜けな呪文をハスタは唱えます。いいデスよと言われてスパーダは恐る恐る目を開けました。
すると、なんということでしょう! 魚の尾びれのようだった下半身が立派な足に変わっているではありませんか。
「これなら飛んだり跳ねたり殺戮したり自由気ままだぜ。良かったな少年S」
楽しげにペラペラとしゃべる魔女を横目にスパーダは驚きを隠せません。思わず声を上げそうになりました。しかしそれは叶わないのです。
「……!?」
何故なら、声が出なくなっていたのですから。
「あらあら、声が無くなったのですね。まるであの子のようだ」
「……っ、……!」
驚いて喉元に手を当てようが現状は変わりませんでした。どんな焦って口をパクパクと動かしても声は出てきません。
「視聴者の皆様に可憐な魔女・ハスタさんがお教え致します! 今回演技は一切なく、サプライズで本当に声が出なくなる仕様なのでありまする!」
ビシッと敬礼をしながら謎発言をするハスタ。視聴者の皆様などいるかわかりませんが、彼の言う通りに今回は本当に声が出なくなる仕様です。
「……」
「睨んでも変わりませんよデュランダなんとかさん。あ、ひつまぶしに賭けでもしましょうか」
「?」
「助けたのがお前さんだとあの少女が気付いたら、お前さんの勝ち。声を戻してしんぜよう。ただし、もしも最後まで気付かなかったら……」
二人の間に沈黙が走ります。
「いただいちゃおうカナ、あのお嬢さん」
ぺろりと唇を舐めるその姿は、獲物を見付けた狼そのものでした。
2013.02.18
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