▼ ちいさな箱庭
※トライバース若干捏造。
ここは私の小さな箱庭。
窓の外の風景は、動く絵画にすぎません。
時にはひっそりと、時には激しく変化する絵画。私は空調設備の整った部屋からそれをぼんやりと眺めるのです。
体調管理はお医者様が。身の回りのことは全て看護婦さんがしてくれます。おかげで何も不自由はありません。
まるで神さま気分です。
「久しぶり。具合はどう?」
私の鼓膜を震わせたのは久々に現れた年上の幼馴染み。
最近全く会っていなかったせいか、前より大人びた気がします。といっても、彼はもう成人しているのですが。
そんな幼馴染みの病室訪問に、私は自分でも自覚出来るほど、表情が明るくなりました。
「相変わらずですかね」
良くも悪くも変わらない現状を報告すれば、馴染みのコンウェイくんは安堵したような、複雑なような表情を浮かべます。
「そうか」
「はい。それより一年以上も何をしていたんですか?」
「旅に出ていてね。無事に帰ってこれたけど色々とまとめるものがあったから、顔を出すのが遅れたんだ」
「旅?」
「そう。だから連絡も出来なくて……遅くなってごめん」
申し訳なさそうに眉を下げるコンウェイくん。
確かに私は一年以上、待ちぼうけを食らっていました。しばらく来れないとは聞いていましたが、まさかあんなにかかるなんて思っていなかったのです。
「じゃあたくさん面白い話を聞かせてくれるんでしょう?」
それでも忘れることなく会いに来てくれた事実が嬉しくて、責める気になんてなれなくて。
大丈夫だと笑ってみせれば、透き通るアメジストの瞳が瞬きました。
「……そうだね」
そして意味を捉えると、彼は安堵の表情を浮かべます。
「とびきり面白い話があるよ」
美女顔負けのふわふわな笑顔。
以前その感想を何気なく口にしたら、穏やかな表情が一転して般若と化したことがあります。
「……」
でも心臓がうるさくて仕方がないのは、それを思い出したからというわけでなく。
彼の笑顔に弱いのは幼い頃から治らない、私の不治の病だったりします。
多分、この先も治る見込みはなさそうです。
「シエリ」
「あ、はい」
「顔が赤いけど……熱が上がったかな」
「大丈夫ですよ」
訝しげな顔のコンウェイくんは言葉を無視し、私の額に片手を当てました。
ほどよく体温の低いそれは気持ち良く、つい目がとろんとなってしまうのです。
「……うん、平気そうだね」
物言いたげなコンウェイくんでしたが、ぽつりと呟いて手を離していきます。
「だから言ったじゃないですか。大丈夫だって」
「でもシエリはいつも無理するから」
「そうでもないですよ? あ、例の面白い話を聞かせて下さい」
「はぐらかしたね」
「ふふ、どうでしょうね」
「まったく……。じゃあ話そうか。気の弱い少年が真実を知り、己の魂を救う物語を」
コンウェイくんは物語を穏やかな声で紡いでいきます。
知らない単語がポンポンと出てくる度に私は質問して、彼は自分のことのように嬉しそうに答えました。
「それで……」
「……? 私の顔に何かついてます?」
「いや、今日は随分と機嫌良いなって思って」
「へへ、だってあまりにも楽しそうに話すので。聞いてるこっちも嬉しくなっちゃいます」
声のトーンや抑揚はいつものままだけど、瞳の奥が輝いているように感じられて。それを見るのが嬉しくて。
あぁ、出来ることなら私も彼の隣に立ち、一緒に外の世界を見てみたかった。
でもそれは叶わぬ夢で。
「……シエリ」
「なんですか……?」
遠慮がちに声をかけるコンウェイくんは、なんだか浮かない顔をしていて。
……どうやらこの幼馴染みは私の変化を感じ取ってしまったようです。
「辛そうな顔してる」
「……そうでもないです」
「嘘。ボクにはわかるよ」
そう言い切った彼はベットに置かれる私の手を掬い上げ、握りしめてくれました。
「安心して。ボクはどこにいても、必ず君のもとに帰ってくるから」
目を細めて笑う姿に、心が奪われそう。
コンウェイくんが見せる一つひとつの仕草や言葉。それが私の心と感覚を震わせ、彼の放つ甘い空間の虜となっていくのでした。
ここは私の小さな箱庭。
箱庭の神さまは、絵画の中から飛び出す大切な存在に、自分がちっぽけな一人の人間だと思い知らされるのです。
ただの恋する少女だと。
2012.10.19
『コンウェイ甘夢。夢主は敬語キャラ病弱設定』というリクエストを頂きました。
連載終了後のお届けになり、申し訳ありません……! 夢主が若干強気な子(?)になってしまい、想像と異なるようでしたらすみません。
花兎さま、リクエストありがとうございました!
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