企画部屋 | ナノ


▼ まだ小さな君へ

 私は言葉に詰まってしまった。
 だって、彼は私よりも背が高いはずなのに、視線が遥か下方から注がれているのだから。

「えっと……」

 質の良い白いシャツと半ズボンを纏う小さな体は、たぶん5歳くらい。
 しゃがんでその童顔をまじまじと見つめると、くりっとした、それでいて奥底に強い意思を宿す瞳がこちらをとらえる。

「んだよ」
「スパーダくん、だよね?」
「だったらなんだよ」

 ……プイとそっぽを向かれてしまった。どうしよう。
 嫌々ながらに肯定した彼の髪や瞳の色、トーンは高いけれど耳に馴染む声は、紛れもなくスパーダくんのものだ。

「私のこと覚えてる?」
「しらねぇ」

 なんだろう、期待はしてなかったけど、なんというか、すごく切ない。
 一人肩を落としていると、スパーダくんはチラリとこちらを見て小さな口を動かす。

「で、ねーちゃんオレになんの用? ゆーかい?」
「ゆっ……。そんなことしません」
「どーだか」

 疑われてる。本格的にどうしよう。
 そもそも私は昔から小さな子が苦手だ。可愛いとは思うけれど、経験不足故にどう接していいのかわからないから。

「えーと……、あ! アメ食べる?」

 ふとウエストポーチに忍ばせているアメの存在に気付き、藁をもすがる思いで声をかける。

「ゆーかい犯はそういって近づいてくるって、ハルトマンがいってた」

 ああ、泣きそう。もちろんスパーダくんではなく、私が。

「なぁ、ねーちゃん。アニキたちならともかく、オレをゆーかいしてもムダだぜ」

 誘拐する気は全くないけれど、その言葉にひっかかりを覚えて思わず首をかしげる。
 スパーダくんは言葉を続けた。

「アイツらオレに金なんかださねぇよ。代わりはいっぱいいるし。それに……いなくなったら、よろこぶと思う」

 伏せられた少年の顔には陰がかかっていて。諦めたように、呟くものだから。

「……そんなことない」

 私は頭にきた。スパーダくんにではなく、まだ幼い彼にそんな感情を抱かせる周囲の人間たちに。

「そんなこと、ないよ」
「はぁ? あんたにわかるハズねーだろ! 他人のくせに!」
「あのねスパーダくん。私、あなたの家のことなんてどうでもいいの」
「ど……っ」

 スパーダくんは怒ったような、戸惑ったような顔で固まってしまった。
 言い方、間違ったかな……。つい感情的になってしまったけど、子どもの彼には冷たく聞こえたのかもしれない。

「変な言い方でごめん。ベルフォルマ家は素晴らしい騎士の名門だってわかってる。でも」

 私は地に膝をつき、彼の華奢な両肩に手を乗せる。突然の行為に困惑していたスパーダくんだが、ゆっくりと視線をこちらに向けてくれた。

「たとえ家族があなたを虐げていても、スパーダくんを大切に想ってる人たちはいるんだよ」
「そんなの、ウソだ」
「嘘じゃないよ」

 そのまま小さな体を抱き寄せれば、すっぽりと収まる身体に愛しさを感じる。

「あなたはベルフォルマである前に、スパーダという一人の人間でしょう?」
「……っ」
「家柄なんて関係ない。スパーダくん自身に惹かれる人は、私の知ってる未来にたくさんいるから」

 少年の動揺が今まで安定を保ってきた世界を揺らす。
 世界が、スパーダくんが、ゆっくりと薄れていく。

「だから、未来で待ってるね」

 私の言葉を最後に、幼き日の彼の姿は過去へと還っていった。




2013.05.29

/ ×

[ 戻る ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -