美しい友情劇≒笑劇

異界と現世が交わる都市の片すみに在る、小さな喫茶店。コーヒーや紅茶を啜り、皿とフォークが触れ合う音が響く空間には、午後の穏やかな空気が流れていた。本を読む老人、談笑する貴婦人、若いカップルは来週末のデートで行く場所について熱い議論を交わしている。

ちらほらと人外も見受けられるが、彼らもまるでそれが当たり前かのようにその場に溶け込んでいた。一歩外に出ればテロリズムや殺人事件が頻発する都市だとは思えない光景である。

カウンターで客の様子を見つつ、###はコーヒーカップを磨く。控えめに流れるゆったりしたレゲエに乗せて、リズミカルに、丁寧に。

趣味程度に、隠れ家的に経営しているこの喫茶店は、本来の喫茶店ならば書き入れ時であろう時間帯でも空席が少数見られるくらいには客がいない。寂れたビルの間を縫うように建っている陳腐な店。リピーターがいるから成り立っている商売だ。

常連の客がコーヒーのお代わりを注文する。###は頷いてサイフォンを火にかける。客はいないが、出すものに手は抜かないのが###のこだわりだった。それにしては良心的すぎる値段では、と、初めて来た客にはいつも驚かれる。

『――ジリリリリ――』

――と。

滅多に鳴らない、カウンターの端に隠すように置いてある電話が鳴り響く。一昔前のジャパンで常用されていた黒電話という種類の電話の着信音だ。見た目は普通のデジタルな固定電話なので、いまいち違和感は拭えない。###は火にかけたままのコーヒーを気にかけながら、受話器を手に取った。

「はい、###ですが……。」

初めは営業用の明るい声音だった###だが、電話の相手の話を聞くにつれてその表情は険しくなっていく。普段店にいる時とは真逆の顔つき。声も少しずつ神妙なものになっていった。――了解、数分のやりとりの後そう呟いて受話器を元に戻し、はあ、とため息をついた。

そして困ったように笑い、先ほどコーヒーのお代わりを注文した客に向かい両手を合わせる。その手は長年の水仕事でカサついていた。

「すみません、お客さん。今日はそれでラストオーダーにしてもらえませんか。」

いつものか、と客は仕方なさそうに笑い、快く頷いた。###はもう一度謝罪をして、店の扉にかかっている札を『Open』から『Close』にひっくり返した。こんな融通がきくのも、細々とやっているからこそだろう。突然の店じまいにも嫌な顔一つしない、良い客を持ったことにも感謝しなければならない。今度お詫びに新作のクッキーでもサービスしようか。

ともかく。

今日の営業は、ここまで。



***



「悪いわねー、わざわざ仕事終わらせてまで来てもらっちゃって。」
「悪いなんて思ってないだろ、お前。」
「アン、バレちゃった?」
「アンとか言うな、気持ちの悪い。」
「それがレディに向けて言うセリフ?」
「お前みてえな年増をレディ扱いする奴なんて血界の眷属くらいのもんだろう。」
「しっつれいねぇ!アンタも同じ年でしょうが!」
「うっせえ!」

男女が交わすにはいささか色気のないやり取りをしながら、二つの影はビルの最上階にてライフルのスコープを覗いていた。血を吸ったような赤いコートに身を包み、闇に映える明るい金髪を携え、眼帯で片目を覆った美女は、隣で同じようにして狙撃銃を構える###に続けて毒を吐く。

「年増年増って、いい年して彼女の1人もいないアンタが私に偉そうに言えることなんてないんじゃぁないの?」
「……お前なぁ、都合悪くなるとすーぐその話出してくんのやめろよなぁ。」

###は苦虫を噛み潰したような顔をするが、目はスコープから離さない。ここに来てすぐ伝えられた標的の特徴と合致する人物は、まだ建物から出てこない。取引が長引いているのだろうか、隣の彼女から伝えられたのはヤバイ取引をしている異界の住人ということだけなので、その内容は分からない。

彼女と同じ組織に属している訳では無いのだから、当たり前だ。

「オレだって若くて胸の大きい姉ちゃんとお付き合いしたいっつうの。」
「それもうここ3年くらい聞いてる気がするんだけど。」
「やかましいわ。……はぁ〜あ……いっそ出合い系でも使うかなぁ。」
「ッハハハ!やめときなさいよ、どうせ年頃の女を名乗った異界人にハメられて食われてお終いだから。」
「カワイイ異界人ちゃんにならそれでもいい気がしてくるから末期だよなぁ、オレ……。」

ああ、と###は情けない声を上げる。隣の幼なじみはクツクツと肩を揺らして笑った。それで標準が狂ったらどうするんだ――とは、思わない。ずっと傍で嫌と言うほど見てきた射撃の腕を、疑うはずもない。

いい歳なんだから、と身内にはよく言われる。しかし女っ気の一つもない現状に危機感を覚えているとは言え、小さな喫茶店での仕事と、惰性で付き合っている彼女の『世界を救う』仕事の手伝い、その二つの繰り返しな日々が楽しいことも、また事実なのだ。スローライフと言うにはあまりに過激な内容が含まれているが、住めば都である。

「悪いけど、もしそんな理由でおっ死んだりしたらタダじゃおかないわよん。」
「はぁ〜あ。分かってますよっと……あ。アイツじゃねえの?今、西口から出てきた。」
「……!ビンゴ!」

1000メートルほど離れたビルから出てきた人影を捉えた###は、美女の答えを聞くが早いか、迷いなく右指で触れていた引き金を引いた。

破裂音と同時に全身に走る反動。

直後、標的の男は胸から血を吹いて倒れる。手にしたスーツケースを地面に放り投げて沈黙し、もう二度と動くことはなかった。スコープから覗く小さな視界の外から仲間らしき人間、また人間ではない生物たちが次々と現れる。銃撃の音を聞きつけたのだろう。しかし同時に、数人の精鋭たちも現場に現れた。秘密結社ライブラのメンバーたち――###も顔見知りの面々だ。

「……しっかし、改めて化け物揃いだなぁ、お前の同僚って。10人もいないのにあの人数を相手に渡り合おうってんだからよ。」
「そのぶん、一癖も二癖もあるけどね。っつーか、この距離からターゲットの心臓ど真ん中ブチ抜いてる時点でアンタも充分化け物よ。」
「んー……そうかぁ?お前といるとそんな感覚も麻痺しちまうよ。」
「フフ――、ん?」

###の言葉に愉快そうに笑いながら、狙撃銃の位置を###が向けているのと同じ方向へ正していた美女は、何かに気がついたようにコートのポケットに手を突っ込んだ。取り出したのは、携帯電話。仕事用のものではなく、完全プライベート用のものだ。

仕事中くらい電源切っとけよと###が注意するより早く、画面をタップして電話に出る。

「はい、もしもし。」
「……ったく。」

呆れ顔で再び狙撃銃を構える。スコープの向こう側では、ライブラのメンバーと件の男の仲間達が乱闘しているのが見えた。いくらライブラ勢の数が少ないとはいえ、この混戦の中では誤射してしまい兼ねない。ここは大人しく手を引き、戦いを見守るのが妥当だろうか――隣で何やら話し込んでいる美女は近接格闘も嗜んでいるので、急ピッチで向かえば或いは参戦できるかもしれないが。

「###。あとはよろしく。」

……と、銃を片付けようとした###を美女が止める。嫌な予感しかしない台詞と共に。は?と目を見開く###に、美女はいつになく真面目な顔で口を続ける。何も知らない男が見たら、一目で惚れてしまいそうな凛々しい表情だった。

「息子が学校で熱を出したって。私、帰らなきゃ。」
「はあっ!?お前それ、……はあ!?」
「アンタなら何とかなるでしょ!あとでクラっちに報酬出すように言っとくから!――頼んだわよ!じゃあ!」
「おい!」

光の速さで銃を片付け、Bダッシュで美女はその場から去っていく。それを引き止める術もなく、###はただただ開いた口が塞がらずにいた。好きでやっているから報酬は別にいいとか、いや別にお前が行かなくても旦那がいるだろうとか、そんな横やりすら入れさせてもらえなかった。

自分の腕を信頼してくれているのは嬉しいが、こんな早退があるか。

しばらく硬直していた###は、ああ!もう!と髪をかきむしり、ほぼヤケクソで銃を構える。困惑と行き場のない怒りをありったけ指に込めて、混戦中の敵の眉間を狙う。

「……この埋め合わせは高くつくからな!K.K!」

既に無人と化したその荒廃した室内で、その言葉を聞くものは最早おらず。

八つ当たりで弾丸を放つ銃撃音と、###の悲痛な叫びがこだました。









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