A Happy New Year!!

――何だか今日はクラウスさんの様子がおかしい、気がする。

「クラウスさん、報告書仕上がりました。ここに置いておきますね。」
「……あ、ああ。すまない。ありがとう、###くん。」

不備がないか確認し終わった紙の束をクラウスの事務机の端に置き、###はぺこりと頭を下げて席に戻る。そしてそのまま、次の仕事に取り掛かる……振りをして、クラウスの姿をこっそりと視界に入れた。

血界の眷属相手に真っ向から立ち向かう彼のことだ、普遍的で一般的な###の盗み見など簡単に気がついてしまうだろうが、そこはこっそりと様子を伺いたい理由もある。しかしクラウスは###の視線に気がつくことなく、小さなジョウロを片手に窓際の植物に水をやり続けていた。

大きいはずの背中が、今日は何故か小さく見える。

###は考える。今日1日のライブラの活動、通常運転に快適な我らがヘルサレムズ・ロット――皮肉を込めた表現だ――で起こったこと、そして自分の行い。色々と事故や事件はありはしたが、クラウスがあそこまで元気をなくす要因となり得るものは思い浮かばない。この街で起こることは、そしてライブラがすることはどれもこれも当たり前で、ありふれているからだ。

……そう思うようになってしまった自分の適応力の高さには、我ながら脱帽だけれど。

ともあれ、訳もわからずリーダーが意気消沈しているのは、いちメンバーとしては喜ばしいことではない。更に落ち込ませてしまわないよう言葉を選びながら、###は恐る恐る口を開いた。

「あのぅ……クラウスさん。」
「む……何だね?」

覇気のない声で応え、クラウスがこちらを向く。元気がないとはいえ、この長身で真正面から向き合われる威圧感は変わらないものだ。

「何か、あったんですか?……あの、元気がないように見えたから。」
「え、いや……そのような、ことは。」
「返事もぎこちないですし。何か心配事とかですか?」
「ああ……その……。」

妙に歯切れの悪い言葉しか返さないクラウス。こんな彼を見るのは、何だか久しぶりのような気がした。

しかしそこは秘密結社の長である男と言うべきか、しばらくモゴモゴと口の中で呟いていたクラウスは、すぐ意を決したように###の目を見て話し始めた。

「今日は、正月だろう。」
「?はい、そうですね。心機一転、今年も頑張ろうね〜って話を、皆としましたね。」
「それで、その――私と君は、……恋人同士、だろう。それなのに、いつもと変わらず仕事をしてばかり、させてばかり――正月の過ごし方としては如何なものかと思ってね。」
「クラウスさん……。」

頬をかっかと赤らめて話すクラウスに、###の顔も自然と熱くなる。大きな体に抱きついてしまいたくなる衝動をすんでのところで押しとどめた。

――そうか、クラウスさんは私に気を使ってくれていたのか。

その事実だけで口元が緩む。彼はそもそも世界の均衡を保つことで精一杯なはずなのに、恋人である自分の、それもほんの些細なことを気にかけて思い悩んでくれているというのが、素直に嬉しかった。

「……ふふ。」
「な、何かおかしいかね?」
「ふふっ……いえいえ。」

ついに耐えきれずクスクスと笑い出した###に、クラウスは困惑したような声で尋ねる。両手なんか落ち着かなそうに胸の前でそわそわと動いていて、まるで小動物だ。

一度問題に直面したら、何があってもどこまでも純粋で真っ直ぐに悩む。そして一直線に突っ走る。

そこもまた、彼の魅力でもあるのだけれど。

「ごめんなさい。クラウスさんがそんなこと気にしてくれてたなんて、思わなくて。」

だからこそ、こちらも純粋に真っ直ぐになってしまうのだろう。そして一直線に突っ走る彼を真似てしまいたくなるのだろう。

「でも、クラウスさん。私はこうして新しく年が明けても変わらず貴方とお仕事して、たまに事件に巻き込まれちゃったりなんかして、それでも最後は皆と笑って過ごせてるだけで充分なんですよ。そりゃあ、確かに2人っきりで出かけたいとは思いますけど。」
「ジャパンの風習に倣うなら……初詣とか、か。」
「そうそう。それで神様に今年も2人で幸せに暮らせますように、なんてお願いしちゃったりとかして。……でも、それは今じゃなくてもいいです。」

首を振る###。クラウスは驚いたようにメガネの奥の目を見開いた。

「私は今ここで、こうしてクラウスさんと一緒にいられるだけで、とっても幸せですから。」

――だからそんなに思い詰めないで下さい、そう言ってにっこりと笑う###に、クラウスもつられて微笑んだ。もう、先ほどまでの悩んだような表情はこれっぽっちも伺えない。

こんな自分でも彼の心を軽くすることができるのかと、###は少し誇らしい気持ちになった。

……それが彼女にしかできないことであると、###はまだ気が付いていないようだが。

「そう言ってくれると、有難い。……恋人ができたのは、何せ初めてのことでね……こういう時君にどうしていいのか自分ではとても分からなくて、考え込んでしまっていた。」
「ふふふ、それはそれでとっても嬉しいですけれど……あまり私のことで難しく考えすぎないで下さいね。私はクラウスさんが好きで、クラウスさんも私を好きって言ってくれてるんだって――クラウスさんと私が両思いの恋人同士なんだぁって、それだけで満足しちゃう単純な女だってこと、覚えておいてください。」
「単純な女だなんて、そんな――いや、それなら私も、単純な男ということになるのだな。」
「ええ、ふふふ、同じですね?」
「うむ。」

デスク越しに、クラウスと###は顔を見合わせて笑いあっていた。もう少しで昼食の買出しに行った他のメンバーも帰ってくるころだろう。今のところ事務所に何の連絡も入っていないから、きっとテロやデモに巻き込まれたりはしていないはずだ。

そうしたら、昼食を広げ、コーラやお茶で乾杯をして(一部は酒を持ち出すだろうが、今日くらいは無礼講だ)改めてライブラのメンバー全員で新年の挨拶をするのだ。

――ハッピーニューイヤー、今年もよろしく!

と。









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