壊れたノイズが君を呼んで繰り返す

「よお、###。」

放課後、学校からの帰り道。

まだ時間帯的に言えば陽は落ちていないはずだけど、春夏秋冬24時間年中無休でたちこめる厚い霧のせいで薄暗い都市、ヘルサレムズ・ロットの歩道を早足で駆ける一人の少女を呼び止める声がひとつ。

かなりフランクな呼びかけに立ち止まってあたりを見回すが、これといって見知った顔は見当たらない。空耳だろうか、と首をかしげかけた###の視界で、ひらひらと楽しげに揺れる手のひらがあった。

「学校、帰りか?」
「えーっと。何様ですか?」
「どちら様ですか……って言いてえのか?」

少し不自由な語彙力の少女への不信感をあからさまに顔に出して、呼び止めた張本人は振っていた手を降ろした。その間も少女は――###は必死に記憶をたどって目の前に立つ少年が誰なのかを思い出そうとしているが、一向に答えにたどり着く気配がない。

金髪のショートヘアに、黒色のラフなパーカー、大きな目を囲む丸い形の眼鏡。こちらを楽しげに伺う瞳は、海のように青く、美しい。

人違いかとも思ったが、ドンピシャで自分の名前を言い当てた彼が、少なくとも自分が###であることを認識しているのは確かだ。

「……ごめん。誰だっけ?マジで記憶にない。」
「当たり前だろ、初めて会ったんだから。」
「はあ?」

間抜けな声を出して顔を上げれば、クックッと怪しげな笑いをこぼしながら肩を震わせる少年。意味が分からなすぎて、馬鹿にされているというのに怒りすら湧いてこない。

「だけどおれはお前のことをよく知ってる。オトモダチからよぉく話を聞いてるからな。」
「お友達?」
「……レオナルド・ウォッチ。」

人さし指を、ぴし、と突き立てて少年は言う。###はすぐに声を漏らして納得した。頭には、独特な髪型をした糸目のお人好しな少年の顔が浮かんでいる。
そうか、つまり、この人はあいつのお友達なんだ。

「レオが、私について何か言ってたの?」
「そうだな。時々、話を聞かせてくれるよ。すっげー危なっかしい女だって、な。」
「……あいつ、何てことを。」

事務所についたらシめてやる、と心の中で固く誓う。複雑な顔の私を声をあげて笑いながら、少年は続ける。

「あの人間がそこまで言う女ってのがどんなもんかと思って、探してたってわけだ。……案外、ありふれた感じで驚いたぜ。」
「そりゃあ、まあ。この都市から見たら、私なんて全然普通だと思うけど……。」

そこで何かが引っ掛かった気がした。
こいつ、今、『人間』って言った?
あまりにも不自然すぎるその表現について尋ねようと視線を周囲から少年の顔に戻した瞬間、息が止まった。

「どうした?」
「……。」

さっきまで、海みたいで綺麗だと思っていた青い瞳は一変、血のような赤い色へと変化していた。その赤目を細めて楽しげに口元を歪ませる少年。見間違いかと思ったけど、そうじゃない。
そしてその目と、頬を引き伸ばしただけのような仮染の笑顔を見て、理性ではなく本能が一瞬で悟る。

あ、こいつ、なんかヤバイ。

私みたいな一般人が関わっちゃいけない、気がする。

さっきまで全然、そんなことなかったのに。

「……あんたは……。」
「何だよ、いきなり神妙な顔して。初対面の相手には愛想よくするもんじゃねえのか?人間。」

まただ。
この男は、何の違和感もなく、###やレオやその他大勢を『人間』と一括りにする。
できてしまう。
かっこつけてるわけじゃなくて、本気で真剣に、この少年は個体に興味がないのだ、とすぐに分かった。
それが分かった上で、###は震える声を必死に押さえつけて言う。

「……私。あんたとはお友達になれる気がしないわ。」
「そうかよ。それは残念だ、アハハ!おれは結構、お前とは仲良くやれそうだと思ったんだけどな。」
「あんた、名前は?」
「……名前か?そうだな。名前……おれの名前は……。」

###の問いかけにブツブツと何かを呟きながら、少年はくるりと背を向けた。金色の綺麗な髪がさらさらと揺れる。女の私が羨ましくなってしまうほどの美しさだった。
目が逸らせないでいると、少年は顔だけでこちらを振り返り、またあの好きになれない笑顔を浮かべて囁くように嘯く。

「また今度会えたら、『あいつ』から直接教えてやるよ。その時まで。またな、###。」

呼び止める間もなく、金髪の少年は今度こそ背を向けて人ごみの中に消えていく。家へ駅へと急ぐ人々に紛れてすぐに見えなくなった、男にしては小さな背中をいつまでも見送りながら、しばらくその場から動けずにいた。

去り際に呼ばれた名前が、耳に残って離れなかった。










「あ、遅かったね、###。」

秘密結社ライブラの事務所に入るなり、その名にそぐわないごく普通の少年――レオの声が###を迎えた。その後ろではクラウスがコンピュータに向かって真摯な眼差しを送り、ギルベルトが紅茶を淹れる準備をいそいそとしている。いつも通りの光景に、変に肩に入ってしまっていた力がふわっと抜けていくのを感じた。

レオの言葉に返事をしないまま部屋に入り、どかっとソファに座る。ちょうどレオの隣だ。首をかしげてこちらの様子を伺う視線にちらりと目をやって、わざとらしいため息をつく。

「……レオ、あんたさ。友達はもうちょっと選んだ方がいいよ。」
「え!?いきなり何!?何なの!?」

突然言われた言葉の意味を飲み込めず驚いて騒ぐレオを横目に見ながら、###はソファに体を埋めるようにしてだらりと項垂れた。
まるで温度差の違う2人のやりとりを、机の上でころころと遊んでいた音速猿だけが不思議そうに見守っていた。









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