想い結び、恋結び
「レオ!こっちこっち!」
「あ……###。早いんだね。」
「そう?お昼時だし、普通でしょ。……ん?あれ?今日はいつもの愉快な3人組じゃないんだ。」
「愉快って……まあ確かにザップさんの頭と下半身はいつも愉快だけど。愉快通り越して失笑するレベルだけど。」
「ふふっ!あはははは!」
耐えきれなくなったように吹き出して、腹を抱えて大爆笑する###の前に座って、いつものブレンドコーヒーと普通のハンバーガーを1つずつ頼む。
その注文の間も笑い続けている###に、ビビアンさんは若いっていいねえと苦笑するだけで特に注意はしなかった。楽しいランチタイムを邪魔しないでおこうというありがたい気遣いらしい。
僕もそれに苦笑で返して、ようやく笑いがおさまったらしい(けれど笑い泣きしたのか目元を軽く擦っている)彼女に向き直る。
「ザップさんもツェッドさんも、用事があるとかでね。他の人を誘うわけにもいかないし、今日は僕一人だったから。……正直、###がいてくれて安心したよ。」
「そう?ふふ……そう言ってもらえてうれしいな。私もレオと2人でご飯したい気分だったから。」
「そ、そう……。」
素直に微笑んで言われた言葉がむず痒くて、赤くなりかけた顔を隠すように頭をぽりぽりとかく。その仕草も面白かったのか、###は同じ笑顔のままクスクスと笑った。以外と笑い上戸な彼女から笑顔が絶えることは、ほとんどない。
###は、異界人でも異界生物でも吸血鬼でも血界の眷属でもない――非日常の最先端、魑魅魍魎が当然至極に跳梁跋扈する元ニューヨーク、ここヘルサレムズ・ロットにおいて、最早希少と言ってもいいほど奇跡的な数の部類に属するごくごく普通の人間の女の子だ。
僕のように‘普通ではない部分’を持っているわけでも、僕が所属する秘密結社ライブラの皆々様のように特殊な戦闘能力を持っているわけでもない、ホントにマジで嘘偽りなく超一般人。むしろ君のようないたいけな少女がこんな物騒な街でよく生きていけているなと思わず突っ込んでしまいたくなるほど――既に何回も突っ込んでいるが――ありふれたかわいらしい少女だ。
出会ったのは、この行きつけのハンバーガー屋……だった、気がする。
もう出会いのことなんて忘れるほど、どうでもよくなってしまうほどに僕は彼女と一緒に過ごしている。過ごすと言ってもこうして2人でお茶したりご飯したり、危険でない区域で軽く買い物したりなどという程度なのだが――喧騒と雑踏が多いこの街では、彼女との時間は僕にとって心を安らげることのできる貴重で大切なひと時となっていた。
「それにしても、ちゃんとコーヒーだけじゃなくてご飯も食べれるようになったのね。記者のお仕事、順調にいってるってこと?」
「え、ああ……まあ、うん。少なくとも最近はそれなりに食べれてるよ。」
「んん?歯切れ悪いね?」
「あはは。」
笑って誤魔化した。
大切な友人である彼女にも、自分があくまで記者の仕事で生計を立てているという――まあ、つまりライブラに所属しているということは話していない。
話せない。
ライブラの存在自体が超極秘であることが第一っていうのもあるけれど、色んな方面から恨み妬み嫉みその他諸々を買っているライブラのことを彼女が知ってしまったら、それだけで命を狙われかねない。友人として、それだけは避けたいのだ。数少ない友達の1人に嘘を吐くのは心苦しいが、秘密と機密とでは重さが違うのだと割り切るしかない。
……。
「友達なんだよなあ。」
「え?何か言った?レオ。」
「いや、何でもないよ。」
「そう?」
ジュースのストローをかじりながら小首を傾げる###に気づかれないようにこっそりとため息をつく。
そうなのだ、可愛い女の子と2人だというのに何をしているのかと思われても仕方ないし、実際ザップさんに言われた時も何も言い返せなかった。そのことで散々馬鹿にされたのを助けてくれたのはツェッドさんだったか。その節は本当にお世話になった。
そう、誠に恥ずかしい話ではあるが、彼女とはお友達止まりである――こんなに長い間一緒にいるのに。2人きりでご飯するくらいには仲良しなのに。
――彼女からしてみれば、僕なんてたくさんいる友達のうちの1人なわけで。誰にでも優しい、海のような心の広さを持つ彼女は僕にしているのと同じくらい、他の人にも存在にも優しくしているわけで――とか。そういうことをうだうだ考えていると、どうしてもあと一歩が踏み出せないのだ。
僕が彼女に抱いている感情の正体を、この胸の高鳴りの意味を、体がふわふわしてくる感覚の訳を、彼女ともっと一緒にいたいと思ってしまう理由も、僕はとっくの昔に自覚しているくせに。
……なんてことを赤裸々に誰かに相談できるくらいの器の大きさも持ち合わせていない、変なところでプライドを捨てきれない僕は、日々この重い思いを持て余すばかりである。
「……はあ。」
「なんか元気ないねー、レオ。」
「ん……そんなことないよ。ごめん、辛気臭かった?」
「いやいや、大丈夫。でも……ん〜、そうだな。」
何か思いついたような顔で、###は手にしていた紙コップをテーブルに置き立ち上がった。テーブルとソファの間なので、ほとんど中腰状態である。その体勢で、###は僕の頬を両手で包み込むように挟んだ。僕は彼女の行動の意味を理解できず、固まったままされるがままになる。近づかれたことで女の子特有のいい匂いが漂ってきて、ずっとジュースを持っていたせいか少し温度の低い手のひらの柔い感触に頭がくらくらした。
「元気〜、出ろ〜。」
「……###、…ほれは……ほういう?」
「へへ、元気の出るおまじない!昔お母さんがやってくれたんだ。どう?」
こうやってほっぺ温めてもらうと安心するでしょ?と、頬を包まれているせいで何を言っているか分からない言葉を発する僕を馬鹿にするでもなくただ彼女は優しく笑う。
安心どころか、疲れや悩みを全て吹っ飛ばしてくれるような、そんな笑顔だった。
全身の熱がどんどん上がっていっているのが分かる。ぎこちない仕草で頷くと、良かったと嬉しそうに言って座りなおす。名残惜しい感覚が離れて、両の頬を擦った。
そして###は残りのジュースをずずっと啜って、突如何か思いついたような声を上げた。
「ねえレオ。この後、ヒマ?」
「え?ああ、うん。時間ならあるよ。」
「そう!じゃあさ、ご飯終わったら2人でどっか行こう?今日はお買いものだけじゃなくってさ。元気ないときは思いっきり遊ぶのがいいよ。ね?」
「!いい、けど――遊べるような場所なんてこの辺にあったかな。どこもかしこもおかしな店ばっかだし。」
「それも含めて探すの!ね、いいでしょ?レオ。」
「うん、###がそうしたいなら、僕も。」
「えへへ、やったぁ。」
顔を緩ませて喜ぶ###を見て、僕の頬も緩む。
いつの間にかさっきまでの鬱々した気持ちはどこかへいってしまっていた。さっきのおなじないの効果はばっちりだったらしい。いや、おまじないじゃなくて、あくまで彼女がやってくれたから、効いたのかもしれない。
……そんなことを考えている間に席に運ばれてきたハンバーガーに、僕は思い切り食らいついた。あんまり急いで食べると詰まっちゃうよという言葉に大丈夫と返して笑う。口周りがソースだらけになった僕の顔を見て、また彼女は面白そうに笑った。
チープでどこにでもあるようなハンバーガーの味が、いつもよりも美味しく感じられたのは、気のせいではなかったと思う。