アクマイザー

見えない傷跡


今日もペアルックの装いで弟との外出を果たしたアスプロスは、かなり羞恥心を犠牲にしてはいるものの、デフテロスとのコミニュケーションには自信を取り戻しつつあった。

(フ…この俺が本気を見せれば、弟を満足させることなど造作もないわ)

闇の一滴による長年の性格歪曲のため、根拠も無く増長するのがアスプロスの悪い癖である。帰宅するなり当たり前のようにデフテロスへ茶の支度を頼み、自分は椅子に腰を下ろして足を組み寛いでいる。
カノン島では、時代的にも場所的にも高価な紅茶や珈琲などは望むべくも無く、自生している香草類を乾燥させ煎じて飲むくらいしか出来なかったが、アスプロスはデフテロスの淹れるハーブティーをとても気に入っていた。
デフテロスも兄の世話をすることに何の疑問も持っていない。適量の湯を沸かしたやかんへレモンバームを放り込み、蒸らしてからカップに注いで蜂蜜を落とす。作り方はぞんざいなようで、兄の好みには適った飲物がきちんと出来上がる。
デフテロスはそれを兄の元へ運びながら、ふと小さく溜息をついた。
「どうしたデフテロス」
見咎めたアスプロスが疑問を口にする。思いを言葉にすることが苦手な弟に対して、呼び水となる声を掛けてやる気遣いくらいのことは、アスプロスも学んでいる。
「いや…気にするな、アスプロス。詮無きことなのだ」
「何か悩みがあるのならば、話してみろ。俺に出来ることならば何とかしてやろう」
「優しいな、アスプロス」
デフテロスの目にまた色眼鏡が掛かり始めたが、アスプロスは無視して先を促した。意を決したのかデフテロスがぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「その…先日ペガサスと話をする機会があってな…」
「ふむ、あのメフィストフェレスの息子で神殺しだという?」
「そうだ。そのメフィストがペガサスに初めて父として出会ったとき、『おいらの愛しの息子!会いたかったよテンマー!』といって抱き倒したそうなのだ」
その場面を想像してしまい、杳馬に対する嫌悪感もあって顔をしかめそうになったアスプロスだ。受け取ったハーブティーを、話の口直しとばかり早速飲み始めている。しかし、デフテロスのほうは目をキラキラさせていた。
「やはり家族の再会はそうありたい…あれを兄さんにもしてもらえたらと思って…」
思わずハーブティーを噴いたアスプロスだった。
(アホかーーー!)
叫びかけ、デフテロスの表情に気づいて何とか押しとどまる。思えば自分とデフテロスの再会のときなど、技のかけ合いから始まったのだ。まあ…自分のせいで。
デフテロスが寂しさを交えた笑顔でにこりとする。
「いいのだ。兄さんがまだ俺に疎ましさを感じているのは判っている」
「そんなことはない!」
予想もせぬ弟の言葉に、アスプロスは反射的に声を上げた。今の弟との距離感には戸惑っているが、鬱陶しいなどとはもう思っていない。けれどもデフテロスの方はそんな風に思って…恐れていたのだろうか。兄に嫌われる事を恐れるあまり、それを振り払うかのごとく愛情を求めてしまっているのだろうか。
そう考えると、弟の願いをぞんざいにすることは出来なかった。

アスプロスは立ち上がり、カップを置いてデフテロスを抱きしめた。
「愛しの弟。死んでいた間も、ずっと会いたかったぞ」
再会を求めたのは決着をつけるためにであったが、とりあえず嘘は言っていない。
多少棒読みなものの、デフテロスがぎゅーっと無言で抱き返してきたので、アスプロスはあやすように背中を撫でてやった。

(2009/12/25)


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