アクマイザー

朝食を共に
(相互リンク記念/由麒様へ)


黒サガは基本的に家事をしない。
己の読んだ本くらいは片付けるが、食事・洗濯などは、カノンや半身である白サガ任せである。
13年間の偽教皇生活を経て、身の回りの支度を他人任せにする事に慣れてしまっているのだ。
一度、兄の自活能力を危惧したカノンが、自分の事は自分でする事を覚えさせるべく、朝食作成を放棄したことがある。しかしその時、「何とかしてみろ」と言われて黒サガの取った方法は、”その辺の雑兵に頼み込む”という手段であった。
そしてそれ以来、カノンが不在の時の黒サガは、その方法で食事を調達し続けている。
黒サガはこのような時だけ「人に物を頼むときには丁寧に腰を低くしろ」というカノンの言いつけを律儀に守っていた。まあ、その方が早くメシにありつけるという計算もあってのことだろう。しかし、滅多に見られぬ黒サガの笑顔付き(非常にエセ臭い笑顔ではあった)かつ、調理者はともに食事の相伴にあずかれるとあって、今ではカノンの不在時を狙い、双児宮周囲をうろつく者が何人も出るほどになっていた。

神のような笑顔で万人を惹きつける白サガの人望とはまた別に、辣腕で聖域を治めていた黒サガにも実は信奉者が多かった。ただ、元反逆者という彼の前科が、表立った好意を見せにくくしていただけで。
双子座の身の回りの世話をするという大義名分は、彼らを奮起させるだけでなく、新たなファンを増やす原因にもなっていたが、黒サガ自身はそれに気づいていない。
頭を抱えたカノンが、双児宮を留守にする時には前もって作りおきの食事を用意するようになったものの、それでも海将軍と黄金聖闘士を兼任する彼は忙しく、職務で予期せず聖域へ戻れぬ日は多い。そしてその毎に、影なる黒サガの信奉者が増えていく。
本日も早朝から眼を覚ました黒サガは、カノンの不在を確認すると、顔だけ洗い着替えもせずに、寝着のまま双児宮の外へ足を運んだのだった。

まだ冷たい朝の空気が、さわやかに黒サガの肌を撫でる。
いつものように適当な雑兵を探そうとして、彼らの気配が周囲にひとつもない事に黒サガは気付いた。珍しい事態だった。その代わりに感じられるのは、覚えのある黄金の小宇宙の気配。
黒サガが顔を顰めるのと同時に、射手座のアイオロスが彼の前へと現れた。
「おはよう、気持ちのいい朝だね」
朝市に買出しにでも出ていたのか、私服姿の彼の手には買い物袋がぶらさがっている。
にこやかに手を振ってきた同僚から黒サガは視線を外し、わざとらしく溜息を付いた。
「貴様に出会ったせいで、台無しだがな」
黒サガは、かつて己のせいで命を落とした相手に対して、全く遠慮をしなかった。蘇生後の白サガが、常に一歩下がり、アイオロスを立てるのとは対照的な態度だ。
けれども、アイオロスはそんな黒サガの刺々しい言葉を、いつもニコニコと流してしまう。そうして、まるで仲の良い親友であるかのように、何度でも声を掛けてくる。
(この男は阿呆なのか?)
そう考えてしまうほど、アイオロスはサガに対して無防備だった。
勿論、本当にそうである筈はないのだが。
だが、ふと黒サガは首を傾げた。今朝のサジタリアスは、笑顔ながらどこか微妙に怒っているように感じられたのだ。
これも珍しいことだった。自分がアイオロスに対して冷たいあしらいをする事はあっても、アイオロスの側から怒りを向けられたことは、黒サガの記憶にあまりない。考えてみればかつて自分のせいで命を落とし、汚名をきせられたわけなのだから、そういった負の感情を向けられるのが当たり前の筈なのだが。
挨拶を交わしたアイオロスは、そのままつかつかと双児宮に入り込んでいく。
それがあまりに自然な態度であったため、一瞬反応の遅れた黒サガは眼をしばたかせ、それから光速でアイオロスへ追いつくと背中から服を掴んだ。
「何のつもりだ、サジタリアス」
「何って、サガと朝ごはんを食べようと思って」
「アレならば、今は私の中で眠っている。残念だったな」
言葉と裏腹に、ちっとも労わりの色の無い声で告げてやると、アイオロスは振り向いて真っ直ぐに黒サガを見返した。その瞳の中には、今度こそはっきりと怒りの色が見える。
「君も、サガだろう」
思わぬ反応で黒サガが戸惑っていると、アイオロスは更に続けた。
「悪いけど、周囲の兵士たちには帰ってもらった。だから、朝食を食べたいのなら、俺が持ってきたものを食べるしかないぞ」
ますます状況の掴めぬ黒サガの眼が丸くなる。それはまるで、びっくりしたときに固まっている猫のようだった。アイオロスは構わず黒サガの手を引き、双児宮の内部へと足を踏み入れた。居住区までくると、アイオロスはテーブルの上へ紙袋を置き、中からいろいろな物を取り出していく。果物やヨーグルト、そしてパン。それらは朝食用の食材だった。
「あのな、サガ」
手際よくそれらを並べながら、アイオロスは告げる。
「今後、朝食を食べたいのなら、俺を呼んでくれ」
「お前の宮がいくつ上だと思っているのだ。そんなに待つ位ならば、デスマスクに頼む」
嫌味も忘れ、思わず普通に会話をするほど、黒サガはアイオロスに気圧されていた。
それほど今のアイオロスには、得体の知れぬ迫力があった。
「朝に待たされるのが嫌なら、前の日の夜から俺のところに泊まりに来ればいい」
「な…」
どういう理屈なのだと黒サガが反論する前に、アイオロスが畳み掛ける。
「カノンが留守のときに、双児宮へ何人の男を引っ張りこんだんだ?しかも彼らには優しいんだって?俺には笑顔なんて見せてくれたことがないのに」
何を怒られているのか、全く黒サガには理解できなかったが、アイオロスの中では黒サガが悪い事になっているらしい。疑問符を大量に脳内発生させている黒サガの前へ、ミルクの瓶がダン!と置かれた。
「朝食はすぐ出来るから、その前に着替えてきてくれ。今度そんな格好で他の奴を誘っているのをみかけたら、そいつの目の前で押し倒すから。周囲をけん制するのは、もう一人の君の時だけで良いと思っていたのに全く」
「……良く判らんが、すまん」
13年前の事も謝罪した事の無い黒サガが、反射的に謝ってしまうほど、アイオロスの小宇宙は『ここで逆らってはならない』という危険さを秘めていた。

寝着から質素な法衣に着替えた黒サガが、アイオロスと共に食した朝ごはんは美味しかったものの、一体どうしてこのような状況になっているのか、黒サガは今ひとつ納得できないでいるのだった。

(−2009/4/25−)

対処法」の続きです。


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