アクマイザー

スウィートプラン1


サガがどこか浮き立った様子で外出の準備をしている。
双子の弟カノンは、ソファーに寝そべりながらそれを眺めていた。
(へえ、聖域の外へ出るのか。珍しいな)
法衣や闘衣姿ではないことから冥界への訪問ではないと判断し、そのような感想を浮かばせる。
着替え終わった服は初めて見るものだ。
「それ、新しく買ったのか?いつものお前の趣味ではないようだが」
カノンは何とはなしに声をかけた。上質の仕立てながら堅苦しすぎず、しかし多少遊びの入っている系統のデザイナーズの服。真面目なサガが着るにしては珍しいタイプの服である。
振り返ったサガは、鼻歌でも歌いそうなにこやかさだった。
「ああ、タナトスが用意してくれたのだ。今日出かけるのに着て来いと言って」
…ぴきっ。
兄の笑顔とは対照的に、カノンの額へ怒りの青筋が浮んだ。
カノンはサガと死の神の交流を快く思っていないのだ。
しかし、兄が楽しみにしている外出であるのなら、朝から水を差すことも無い。
「ふうん、どこへ出かけるんだ?」
内心の不満を押さえ、カノンはなるべく穏やかな表情を心がけながらサガに尋ねた。
「まず美術展へ行き、その後カフェで合間を置いてから観劇。あとは高級レストランで食事を取り、ホテルのバーで酒を飲む予定だ。宿泊はスイートルームを用意してくれているらしい」
「………」
(何だそのヒネリの欠片もないマニュアルコースは!)
カノンはここでもこらえた。タナトスは『10年くらいは最先端のうち』という感覚の長命神族であるし、聖域育ちの元偽教皇サガには世俗スキルなんてない。それを思えば上等な計画だろう。
「だがサガ、前半はともかく後半を男二人でこなすのかよ」
イラつきを隠してやんわりと問うと、サガは首を傾げている。
「お前もそういった事を気にするのか?」
「お前の大雑把な性格は知っているが、世間側は気にするだろうよ」
返された言葉に、サガは怒るでもなく頷いた。それは予測されていた事柄であったらしい。心配するなといわんばかりに胸を張ってカノンへ答えた。
「やはりそうなのか。タナトスも奇異の視線を向けられるのは鬱陶しいといって、それについては私が周囲からは女に見えるように対処してくれるそうだ」
それは斜め上の解決策だった。カノンはソファーから転がり落ちそうになるのを、すんでのところでこらえる。カノンの様子を見て、何を勘違いしたのかサガがわざわざ注釈を追加した。
「本当に女にされるわけではないぞ?幻影をつかい、周囲の人間にはそのように見せるというだけだ。それならば私にとっても許容範囲だからな」
サガは、自分がどうでも良い事に関しては恐ろしいほど許容範囲が広い。
「んな事をするくらいなら、最初から女を連れてけばいいだろう!」
我慢できず叫んだカノンへ、サガがおっとりと微笑む。
「私も言ったのだ。見目の良いニンフでも連れて楽しんでくれば良かろうと。しかし、タナトスは私と出かけたいそうなのだ」
「………」
聞きたくもない惚気を聞かされ、カノンはげんなりとソファーへ突っ伏す。
「そのようなわけで、夕飯は外で食べてくる」
にこにこと報告をするサガの声を聞きながら『外食はともかく外泊は邪魔してやる』とカノンは決意した。

(2008/8/28)


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