アクマイザー

浸食神


面白い玩具を手に入れた。
そう言ったら、頭の固いヒュプノスに「人間は玩具ではない」と諭された。鬱陶しい。
あの玩具は見た目も良い。神である俺からみても芸術品のようだ。その美しい外面とは裏腹に、内面に渦巻く混沌も良い。あれだけの闇と光が濁らずに混じり合い、反発しあうさまを眺めるのは楽しい。
ハーデス様の仇敵であるアテナごときの黄金聖闘士をしている事が唯一の欠点といえば欠点だが、その女神に刃を向けたと言うアレの経歴は褒めてやっても良いだろう。

現状、アテナに傷を負わされたハーデス様は世界の奥底で傷を癒している。一方的に結ばれたと言ってよい平和協定とやらのお陰で、退屈で仕方が無い。死の鎌で無造作に魂を収穫する代わりに、聖域の玩具で遊ぶことの何が悪いというのだ。
聖域には通常アテナの結界が張られているが、十二宮内には冥界へと繋がる道がある。黄泉比良坂から巨蟹宮へ抜けると、目つきの悪い守護者がいつも俺を睨むのが常だ。確かデスマスクと言ったか。名前も資質も俺の眷属であろうに、この人間も俺が玩具で遊ぶ事を気に入らぬらしい。
それでも黙って俺を通すのは、玩具が俺を認めているからだし、俺がお気に入りの玩具を壊す事はないと判っているからだろう。まあ、壊す事はないだろうな。俺が飽きるまでの話だが。

十二宮の一本道を下る。この道はアテナの結界により瞬間転移を許さぬという。虫けら同然の人間ごときにとってはそうなのかもしれないが、神である我が身にはそのような制約はあまり関係ない。こうして歩いていくのは単なる気まぐれだ。それに、大地を踏みしめて歩いていくと、俺の小宇宙に気づいた玩具が双児宮の迷路をといて道を開く。その瞬間が存外と心地よい。
アテナの為の守護宮が俺に解放されるとき、小娘に対する一種の勝利感を覚えるのだ。
直に玩具のもとへ降臨しては、この悦楽を得られまい。

そうして双児宮の柱の影から、見慣れた姿が現れる。現れて俺に膝をつく。
それが神である俺に対して、アテナの立場を損なわないがための単なる礼儀上のものであったとしても、誇り高い男が頭を垂れる姿は俺を満足させる。
「サガ」
俺は玩具の名を呼ぶと、目前に立つ無礼を許した。
不屈でありながら憂いを帯びたまなざし。流れる青銀の髪。
「お前は今日も美しいな」
そう言うと、サガは困ったように目を伏せる。その顎に手をかけて上を向かせ、軽く触れるだけの口付けを落とした。これだけでも人間には媚薬の効果を発揮するはずだ。ましてや、サガは俺の小宇宙を受け入れる事に慣れている。サガの唇から小さくも熱い吐息がこぼれる。
今日はサガの中で光の割合が高いようだ。闇の度合いが高いときには、睨まれることもあれば噛み付かれる事もある。その変化がまた面白い。
「タナトス。愛してもいないくせに、何故このような事を続ける」
口元を拳でぬぐいながら玩具が問う。俺は笑いながら教えてやる。
「生を楽しむために」
聖戦後に結ばれた協定上、いまは互いに敵ではない。気心のしれた大人同士が、気晴らしに身体を繋ぐ事のどこに問題があるのだと問うと、無知なサガは答えられずに口を噤む。
誰もこの男には教えてやらなかったのか。そんな問いに答えなど無いという事を。
否、大人なのだから、それこそ自分なりの答えを知っているべきだ。サガは潔癖なくせに、物識らずなところがある。だからこうして俺に流される。
「俺と遊ぶのは嫌か?」
「…いいや」
「ならば良かろう。割り切って、お前もたまには気晴らしをするが良い」
己に厳しく自律心の強いサガは、他人に縋ったことも頼ったこともないのだろう。俺との関係は肉体上だけのこととはいえ、水は器に従うもの。身体が流されればまた魂も流される。
ヒトの体温で愛されたことの無いこの男にとって、無条件に抱きしめられる行為が、神の小宇宙などよりも余程甘い麻薬であることを俺は知っていた。
この男が俺から離れられなくなるまで抱きしめてやる。誰に文句を言われる覚えも無い。

いつかサガが世界よりも死を選ぶときがきたら、それは世界が悪いのだ。

(2007/10/26)


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