アクマイザー

結婚招待状


『私達結婚します』

そんなカードが聖域に届けられたのは、うららかな春の昼下がりだった。
各黄金聖闘士たちは、何の冗談かとカードをゴミ箱へ捨てかけたものの、末尾に添えられた連名でのサインに、慌てて文章を読み直した。そこには、典型的な結婚報告文とともに、タナトスとサガの名が並べられている。
殆どのものが呆然とするか係わり合いになりたくなくて無視する中、可愛らしい花模様のカードを片手に、物も言わず光速で双児宮へ乗り込んだ最初の人物はアイオロスだった。挨拶もなく、柱も破壊する勢いで双児宮へ乗り込むその姿は、鬼神のようであったと後にデスマスクが告げる。
しかし、双児宮もまた不穏な空気が溢れかえっていた。雷雲が上空に立ちのぼって、今にも雷が落ちそうな様相だ。おそらくカノンの海龍としての能力が発動されているのだろう。アイオロスは、雷雲発生源であるカノンのもとへ真っ直ぐに向かい、端的に用件を切り出した。

「カノン、これは一体どういうことだ」
ばし、と片手で卓上へ叩きつけられたカードは、光速で走ってきたにもかかわらず、焼ける事もなく綺麗なものだ。地上の材質で作られているわけではなさそうだ。
「知るか!オレとて今朝がた聞いたばかりだ」
相対するカノンも、アイオロスに負けず劣らず物騒な気配を漂わせている。黄金の小宇宙がチリチリと、抑えようもなく全身から弾け出していた。
だが、一触即発の空気を気にするアイオロスではない。
「こんなバカなことを、お前は黙って聞いていたのか」
「バカなこと?」
冷たい視線で睨み返すカノンの目元は、わずかに赤い。もしかしたら、少し泣いていたのかもしれなかったが、今の表情にその面影は無く、強い怒りがあるのみだ。
カノンは口元でだけ笑った。
「そうだな、バカだとオレも思う。よりによって、あんな神を選ぶとは」
「なら何故!」
「サガが自分で選んだからだ。サガが望んでその道を選ぶのなら、オレはサガの邪魔をする奴を排除するだけだ」
つまり、アイオロスが何かしでかそうとした場合、妨害すると言う事だ。
「どうしてだ!君だって反対だろう」
「お前は、アイオリアが結婚の報告をしてきたら、邪魔をするか?」
一瞬ぐっと詰まるものの、負けずに言い返す。
「弟を、幸せにしそうにない相手なら」
カノンはふーっと長い息をついた。
「サガにな、あの悪神のどこがいいのか、聞いたのだ」
「何と言ったのだ、サガは」
「あの神は、バカなのだと」
「…なんだ、それは」
「短気で血の気が多く、そのあたりの人間より始末に負えないとも」
「……」
「サガのことも、単なるただの人間扱いで、愛していると言われた事は1度もないそうだ」
話を聞くにつれ、アイオロスの顔にはっきりと怒りの色が浮かんでいく。
「それで、どうして結婚などという話になるのだ」
「『神の暇つぶし…きまぐれだろうな』とサガは言っていた。永劫の時を過ごす神には、ときに余興も必要だろうと」
「そんな暇つぶしに、何故サガが付き合う必要がある」
アイオロスの怒りの視線に、カノンは答えた。
「言ったろう。サガが望んだのだと」
「私には判らん。それで何故、あの誇り高いサガが了承するのかが」
「本当に判らないのか?」
カノンは卓上からカードを取り上げて、文面を一瞥した。
「『あんなふうに、普通の人間として適当に扱われたのは初めてだった』…そうサガは言って笑ったのだ」
アイオロスは絶句した。
「ただ、それだけのことで?」
「『こちらの都合も考えず、タナトスは自分のそうしたいときに、勝手に私を抱き締める』」
カノンはサガの声色を真似て、今朝言われたままをなぞった。
そしてアイオロスを見た。
「あの孤独を作ったのは、サガ自身の自業自得ではあるが、半分はオレ達だろうよ」
「そんな」

13年間積み重ねられた業が、形を変えて自分を貫いたことに、英雄はようやく気付いて絶望した。

(2009/4/1)


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