アクマイザー

ねじ巻きオルゴール2


とりあえず兄を椅子へ座らせ、デフテロスはハーブティーを淹れた。茶葉はアップルミントを使う。ミント類の中でも芳香に優れた種類で、鎮静効果もある。蜂蜜を落として差し出すと、アスプロスは素直に受け取った。
「…その、お前は本当にデフテロスなのか」
「ああ」
「しかし、俺の知っているデフテロスは、いつでもマスクをつけていた」
デフテロスは苦笑した。そうだった、このアスプロスは過去の弟しか知らないのだ。
「今はもう、つけていない」
そう答えると、アスプロスは目を輝かせかけ、それから急に不安そうな声で聞いてきた。
「被らなくても、良くなったのか?ここは聖域ではないようだが…」
アスプロスが何を確認したいのか、デフテロスには良く分かる。出来るだけやさしく穏やかに、言葉を選ぶ。
「逃げ出したのではないぞ」
聖域を二人で脱走して、人知れぬ場所で暮らすようになったのかと、アスプロスは問うたのだ。あの頃のアスプロスは聖域のやり方に反発はしても、聖闘士となる道を…高みを目指さぬ道など考えもしなかったろう。自分もそうだ。差別され、兄の影として生きることを強いられようとも、兄や聖域から離れようとは決して思わなかった。それを受け入れることが自分の役割だと信じていた。
弟の返事で少し安心したに違いない。力を抜いたアスプロスはミントティーをひとくち含み、『美味い』と顔をほころばせている。
「ここはどこなのだ?」
「カノン島」
「随分と辺鄙な場所だ」
安心したのちに欲が出たのか、アスプロスは少しがっかりしている。聖闘士となるだけでなく、聖域の中枢を目指していた兄からすると、このような場所に住んでいること自体、出世街道からは外されているのだと判断したのだろう。
思ったままに心を表しているアスプロスの表情は、とても素直なものだ。見ていると、胸の奥が重く疼くような、それでいて心地は悪くないような、不思議な感情が溢れてくる。
デフテロスの前で、アスプロスは直ぐに気を取り直した。
「いや、どこであろうと、あんなマスクを外せるようになったのなら、嬉しいことか」
「……」
「デフテロス、俺は聖闘士になれたのか?」
期待と畏れと自信の入り混じった視線に、デフテロスは胸を衝かれた。
ひと呼吸置いて、なんとか答える。
「…お前は、黄金聖闘士となった」
驚いたアスプロスの顔が、嬉しさであふれるのに数秒もかからなかった。それだけではない。衝動を抑えることができないといった様子で、デフテロスへ飛びつく。
「俺たちは夢を叶えたんだな!」
固まっているデフテロスの表情に気づくことなく、アスプロスは興奮している。
「黄金聖闘士になって、お前を日向へと出すことが出来た、だから、マスクも必要ではなくなったのだ、そうだろう?」
子犬が飛びつくようにじゃれてくるアスプロスへ『違う』とデフテロスは言おうとした。
しかし、どうしても声が出てこない。
「先ほどから思っていたのだ。お前が変わったなって。堂々としていて、卑屈なところが消えた」
「……」
「お前はもう、影なんかじゃない。だからか」
「…ああ」
まばゆいほどに光り輝く笑顔へ、デフテロスはひとこと搾り出すのが精一杯だった。

(2011/9/21)


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