アクマイザー

来たれ、汝甘き死の時よ



「タナトス」
そう呼ぶサガの声は、死の神に向けられたのだとは思えぬほど、溢れんばかりの愛情に満ちていた。冥府の最奥エリシオンには巡る季節などないが、それでも花々は春を歌うかのように咲き誇り、エリシオンの主の一柱であるタナトスとサガの二人を祝福する。
呼び声で振り向いたタナトスのもとへ、サガは迷わず近寄り、相手の首へ両腕を回して、甘えるように抱き締めた。それは、かつてのサガを知る者から見れば、信じられないような行動だった。サガは己の感情を表に出す方ではないし、出すにしても、このような積極的な好意の発露は「はしたない」という羞恥心から、行動になるまえに抑制してしまうのが常であったというのに。
タナトスもサガを振り払うことなく受け止め、じゃれついてきた犬をあしらうように、髪を撫でてやる。
くすぐったそうに笑うサガの表情には、一片の翳りもなかった。
「言ったとおりだろう、サガ」
タナトスは薄く笑みを浮かべる。
「死を受け入れてしまえば、迷いも悩みも失せるのだと」
サガの髪へ手を差し込んで梳けば、さらりと長い銀糸が流れていく。
タナトスの勧めに従ってレテの河の水を飲んだサガは、生前の重荷を捨てた代わりに、生きる悩みもまた水底へ沈めた。大切だった誰かのための空間には、甘い死が流れ込み、空虚を埋めた。
「ああ、今まで私は何をつまらぬことで悩んでいたのかと思う」
サガは言い、腕を放して屈み込むと、尊いものへ触れるようにタナトスの足先へ口付けた。

(2009/4/1)


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