アクマイザー

可能性


「冥界軍ってさ、毎回聖域の聖闘士にちょっかい出して裏切らせるのが作戦方針だったのか?」

カイーナの執務室のソファーへ我が物顔で寝そべっているカノンが、紅茶を入れてきたラダマンティスへ話しかけた。手にあるのは冥界側が記録したと思われる歴代聖域軍の資料だ。当代における各聖闘士の特徴や性格、ランク付けや周辺情報などが記されている。スパイ役として見込みのありそうなものには積極的に働きかけ、なかには三巨頭待遇で向かえ入れた者までいたようだ。

「勝手に人の部屋の極秘資料を読み漁るな」
「本当に極秘なら、オレが来るこの部屋に置いておかないだろ」

叱られてもカノンはどこ吹く顔だ。ラダマンティスも釘を刺した程度で、ティーサーバーとカップをカノンの前へ置き、向かいのソファーへ腰を下ろす。カノンはラダマンティスに紅茶の蒸らし時間を確認すると、さっそく自分とラダマンティスのカップへ紅茶を注いだ。上質の茶葉の香りが漂うなか、カノンがどこか楽しそうに話す。

「なあ、前聖戦のガルーダは聖闘士からのスカウトだったんだよな」
「ああ…俺はそういう方針には反対なのだがな。利に釣られて自軍を裏切るような者は、同じように利でハーデス様を裏切るだろうし、そうでない者はなおさら最後には裏切る」

ラダマンティスはため息をついた。此度の聖戦でもパンドラは黄金聖闘士を走狗に仕立て上げようとした。いま振り返れば、それが最大の采配ミスであったのだ。カノンとて『戦で手段を選ばぬのは当然』と澄ましているが、彼の兄であるサガに冥衣を着せたことへの怒りは、未だに根深く残っているのをラダマンティスは知っている。
しかし、カノンの話は思わぬ方向へ向かった。

「オレはよくスカウトされなかったものだ。ま、双子座の黄金聖闘士に弟がいるなど、聖域の人間にも知られていなかったが」

冥界の諜報力もまだまだだなと、カノンはにやりとラダマンティスを見た。

「そ…れは確かに、聖域での待遇に不満をもち、黄金聖闘士と同等以上の知識と力を持つものがあぶれているとなれば、声をかけていてもおかしくはない」
「だろ?当時のオレなら最低でも三巨頭待遇は要求したろうがな」
「…………」
「何だ、その物凄く微妙な顔は」
「いや微妙だろう…ガルーダのカノン…グリフォンのカノン…どちらも想像つかん」
「オレが同僚になっていたかもしれないのに、嬉しくないのか」

冗談ぽく笑っているカノンへ、ラダマンティスは真面目に頷いた。

「嬉しくない。…お前とは全力で戦いあいたいのだ」

カノンは目を丸くして、それから笑い出した。敵対したいと言われたにも関わらず、その笑みはくすぐったいような、柔らかな暖かさが含まれていた。

「別に同僚同士で戦いあってもいいだろう。聖域みたいに」
「一緒にするな!お前のそのフリーダムな考え方が理解できん!」
「なあなあ、オレにはアイアコスとミーノスのと、どっちの冥衣が似合うと思う?」

ラダマンティスはカップを手に取り、乱暴に紅茶を飲んだ。
一息ついたあと、冷静な口調で一矢報いる。

「同じ問いを先にサガにしてきたら、オレも答えてやる」
「………」

そんな命知らずな真似が出来るかと、カノンはまだ暖かい紅茶を一気に飲み干した。

(−2011/1/21−)


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