アクマイザー

非勧酒


酒の席でデスマスクが白サガをからかったのは、気安さのせいもあっただろうが、主に酔いのせいだろう。そうでなければ、あのサガに夜の経験の有無を聞くなどという、男子中学生の修学旅行のような馬鹿な真似はしない。ああみえてデスマスクはとても如才なく、また話題選びもスマートな男なのだ。

同僚の言動を酔っ払いの戯言と断じつつ、サガがどのように返答するか耳を傾けてしまう自分を、シュラはこれまた酔いのせいだと考える事にした。
十三年間を振り返って考えれば、サガの人間関係など黒サガが手慰みに精神的な火遊びもどきを楽しむ程度で、それすら自分の知る限りでは誰かと褥を共にしたことなど無い(筈だ…)。
そもそも仮面をつけたままの偽教皇に、そのような暇も機会もない。正体のバレることを畏れていた彼が、遊び程度で無闇に他人と接触を持とうとするわけも無いし、自己愛ぎみなところのある黒サガが、自分の身体を簡単に他人に触れさせることを好むとも思えなかった。
黒サガは生理的欲求を戦闘や策略で存分に晴らし、白サガはセルフコントロールで欲望を綺麗に抑えていた…シュラはそのように思っていたし、実際それは正解に近かったのだ。
だから、やはり酔っているのであろうサガがさらりと零した一言に、真面目なシュラは対処できず凍りついた。

「私とて寝た男との想い出くらいあるぞ」

凍りついたのはシュラだけではなかった。
自分が尋ねておいて、ポカンと口を開けたのはデスマスクだし、その横で笑顔を引き攣らせていたのはアイオリア、笑顔のまま怖いオーラを発していたのはアフロディーテ…そして瞬間的にカミュに負けぬほど周囲の温度を下げたのはアイオロスとカノンだ。
飲み会に参加してその場に居た他の黄金聖闘士たちは、サガの言動だけでなく、サガの言動による関係者たちの反応の方にも凍り付いていた。だから、彼らが一斉に『やぶ蛇め!』とデスマスクを責める目で睨んだのは当然だろう。
デスマスクもまさかそんなリアクションがあるとは想定外であったため、責められるのも気の毒な立場ではあったのだが。

(28歳の健康な男なのですから、寝た経験があるのは構わないですが…)
(今、何気なく寝た男って言わなかったか?)
(確かに言っていた)
(愛の前に、性別の差など些細な問題と思うがね)
(些細で済ませるのは貴方だけですシャカ)
(いや、些細でいいけどさ…どうすんだよ、あのアイオロスとカノンを…)

比較的第三者位置にいる黄金聖闘士メンツがひそひそ話す中、カノンとアイオロスの笑顔が不自然なほど爽やかになっている。あきらかに無理やり表面に貼り付けている笑顔だ。二人とも小宇宙の方は今にも雷鳴が轟きそうなほど暗雲化している。
そんな中、真面目なシュラはまだ現実に対応できていなかった。
しかも酔っているサガは更なる爆弾発言を零した。

「いや…あれはプラトニックになるのか…?定義が良く判らぬ…」

冥府における実体を伴わぬ精神体としてのサガとタナトスとの交流は、ある意味肉体を通していない。
いないが、だからといって18禁を超えた関係をプラトニックと表現するのが正確であるわけが無い。
半端なサガの呟きのせいで、いっそう周囲の温度が下がった(特にアイオロスとカノンとアフロディーテの周囲)。触らぬ神に祟りなしと、微妙に他の黄金聖闘士たちが距離をとっていく。

シュラはぐっと手にしていたグラスの酒を飲み干した。
13年間以外のサガをシュラは良く知らない。当たり前のことなのだが、それが酷く悔しかった。
強いストレートのウォッカに、一瞬クラリとする。
彼は勢いのまま会場の空気を読むことなく反射的にサガの前へ歩いていった。
サガがきょとんとした顔でシュラを見る。その目元が赤いのをみると、かなり酔っている。
人前でこの人が酔うなど、13年間では考えられぬ事だと思いながら、シュラはサガに願い出た。
「オレも貴方と想い出を作りたいのですが」
実はサガよりも酔っていたのはシュラだった。

シュラの発言を聞いて、これは収拾がつかなくなると判断した黄金聖闘士たちは光速で逃げた。
だから、その後残されたメンバーの間で何があったのかは誰も知らない。
けれども、翌日に元凶であるシュラとサガが揃って二日酔いの上、前日の記憶が飛んでいたものだから、皆はそれに触れることは避けた。そして、
(真面目な人間を酔わせるのはやめよう)
そう決意したのだった。

(2007/8/21)


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