アクマイザー

ずれ


いつものように勝手に上がりこんだ麿羯宮で、わたしがシュラを待っていると、これまた勝手に人の入ってくる気配がした。奥まった私的空間である居住区にまで平気で上がりこんでくる人間は、この黒サガの他には隣宮のあの男しか居ない。
身構えていると、思ったとおり見慣れた顔が直ぐに現れた。

「こんにちは…またシュラのところに来てるんだね。あ、そんな嫌そうな顔をして」
かつて命を懸けて私の邪魔をしたサジタリアスが、ひらりと片手を振って笑いかけてくる。こちらは顔も見たくないというのに、拒絶の態度を見せても常に笑顔で話しかけてくる。
奴は小脇に抱えていた包みをテーブルの上へ置くと、遠慮なくソファーの隣へ腰を下ろした。
「今でもオレの事が憎い?」
挨拶の次の台詞がこれか。

この男の考えている事は、いまひとつ良く判らない。
もう一人のわたしなどは、この男の人当たりの良い笑顔にコロっと騙されているようだが、わたしから言わせればこの笑顔こそがクセモノだ。裏表があるわけでもないのに、読みきれないところがある。ようするに、油断がならない。

「愚問だ」
向けられた問いを一言で切り返し、座りなおして奴と反対方向を向く。サジタリアスは気にした様子もなく、勝手に話を続けた。
「誰よりも1番憎い?」
「当たり前だ」
「そっか」
サジタリアスは、やはりニコニコ嬉しそうだ。
わたしは無性に腹が立ってきた。何なのだこの男は。
「そんな下らぬ事を聞きにこの宮へきたのか。生憎とシュラの宮で喧嘩を買うつもりはない」
そう、シュラはいま勅命により聖域外へ出ている。主の不在である麿羯宮で千日戦争を始めるつもりは流石になかった。
「ふぅん、シュラの事は好きなんだね」
もう、答える気もしなくて無視を決め込む。サジタリアスは飄々とした様子で、テーブルの上に置いてあった包みをガサガサ開いた。
現れたのはハモン・イベリコの生ハムとアンダルシアワイン。
「これさ、昨日の任務でスペイン近くへ行ったので土産に買ってきたんだ。シュラが懐かしいかなと思って。シュラが戻るまで、サガも一緒に食わないか」
「何故わたしが貴様と!」
「このワイン、けっこうイケルんだよ」
わたしもあまり他人の言葉に耳を傾ける方ではないが、この男との会話がかみ合ったためしが無い。振り向いて睨みつけると、透き通った風を思わせる碧の瞳が、そこだけ笑わないでわたしの視線を受け止めた。
「オレも世界でいちばん君が憎い。気が合う同士、乾杯するのもいいもんだろう?」
「…良かろう」
ここまで挑発を受けて、逃げるつもりは無い。
わたしは立ち上ると、勝手知ったる後輩の食器棚からワイングラスを持ってくるべく席を離れた。



居間にあたる部屋よりもさらに奥の間へと姿を消したサガの背中を見送り、アイオロスはひっそりと呟いていた。
「だって、オレを選ばない君なんて、誰よりも憎いに決まっているじゃないか」
アイオロスは、自分のものとなる筈だった銀の髪の双子座を想い、小さく苦笑した。

(2007/3/19)


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