アクマイザー

支え柱


「お前が俺に用とは珍しいな、サガ。しかもカノンに内密でとは」

ラダマンティスは、突然冥界へと押しかけてきたサガに迷惑そうな顔もせず、丁重にもてなしていた。部下の淹れてくれた紅茶を静かにサガの前へ置く。
彼らは真面目な性格同士、意外と馬が合った。だが、通常彼らが顔をあわせるのは双児宮で、それもカノンを介しての事が多いため、こうして二人だけで会うことはほとんど無い。 
「その…お前ならば、カノンに詳しいかと思って」
ポツリと零されたサガの言葉に、ラダマンティスは目を点にした。
つい呆れが返答に滲み出てしまう。
「は?双子の兄であるお前以上に、カノンに詳しい者などおらんだろう」
「しかし私は、何をしたらカノンが喜ぶのか判らないのだ」

どうやら、サガは過去の分も弟と親睦を深める気でいるらしい。それが上手く行かないという事で相談に来たようだ。
普段のサガは、このような私情で神の領境を超えて冥界に来るような事はしない。それだけ煮詰まっているに違いない。ラダマンティスから見れば、充分仲が良すぎる双子に見えるのだが。
「お前がしてやりたいと思うことをすれば良いのではないか?」
「そうしている…つもりだ。しかし、私が何かすると、カノンはとても素っ気無くなる」

本気で言っている恋人の兄に、ラダマンティスは翼竜としてでなく苦笑した。
おそらくカノンは照れているのに違いない。過去の兄との行きちがいや、あの素直でない性格を思えば、嬉しかったとしても兄の好意を諸手で受け入れるとは思えない。そういう意味ではカノンはとても愛情表現が下手だ。
偽とは言え教皇を務めたほどの男が、そういう人間の心の機敏に疎いわけはないのだが、弟に対してだけはその目も曇るのだろうか。

「ちなみに、どんな事をしたのだ」
互いに対してだけは不器用な双子のために、一応話は聞いてやろうとラダマンティスが水を向けると、サガは沈鬱そうな表情のまま語りだした。
「例えば…頭を撫でようとしたら、手を振り払われた」
「…」
「ソファーで寛いでいたので、抱きしめようとしたら突き飛ばされた」
「……」
「おはようのキスをしようとした時は…」
「まてまてまて」
眉間(の眉毛)を押さえながら、思わずラダマンティスは突っ込む。
「お前はカノンを子ども扱いしているのか?それとも奴の自制心を試しているのか?俺に当てつけに来たのか?」
サガは何を言われているのか理解出来ないのか、きょとんと妙な顔をした。
(これは相当な天然だ…)
ラダマンティスはカノンに同情した。彼はカノンがサガに行き過ぎた兄弟愛感情を持っていることも知っていたので。
いきなり中間を飛び越えたスキンシップを計られても、サガ側に受け入れる準備がなければ、カノンとしては突き放す以外どうしろというのだ。

「あまりカノンを誘惑してくれるな」
夫婦喧嘩は犬も食わないという日本のことわざを思い出しながら、ラダマンティスはサガに釘を刺す。サガは羨ましそうにラダマンティスを見た。
「お前はいいな、カノンと自然に傍に居る事が出来て」
それは俺の台詞だという言葉を、ラダマンティスはかろうじて飲み込む
代わりに手を伸ばしてサガの頭を撫でた。サガが驚き慌てたように身を引くのを見て、ラダマンティスは低く穏やかな声で諭す。
「突然触れられると驚くだろう?カノンとて同じだ…そう、きっとカノンも、お前の行動に驚いただけだ」
「そ、そうなのだろうか」
「許可をとってから触れてみればいい」
「なるほど…」

サガからの好意は、どんなものであれカノンにとっては嬉しいに決まっているという当たり前のことは教えてやらない。それは自分で気づいた方が良いからだ。
カノンが今のところ、サガに対して自制してくれていることにホッとしつつ、そんなカノンに少し妬くのも確かだ。
翼竜は、兄に許可を求められ困りきっているカノンを想像し、少しだけ溜飲を下げた。

(−2007/10/4−)


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