アクマイザー

I Like Chopin


「音楽が好きなのだと、サガはよく言っていた」

隣でBGM用のCDを漁るカノンに昔語りを頼んだら、兄の話を始めた。
「音楽といっても、こういう曲になっているものじゃなくてさ」
石畳の床に敷いた毛足の長いリアルファーの絨毯の上に座り、自分で持ち込んだラックの中から、聞いたこともない誰かのアルバムのパッケージをひらひら片手で振っている。
カイーナ城のラダマンティス用の私室には、音楽用機器などない。
以前、辛気臭いので曲でも聴きたいというカノンに、オルフェかファラオでも呼ぼうかと言ったら、怒って勝手にCDデッキを持ち込み、自分の趣味を押し付けてくるようになったのだ。

しなやかに長い指でCDをセットしながら、カノンは話し続けた。
「瞑想をすると、川のせせらぎや風の囁き、星の予言、そういったものが調和の音楽になって流れてるんだってさ。耳で聞くような音じゃあないんだが、大地の小宇宙の調べとでもいうのか?そういうのをサガは良く好んで感じ取っていた」
「そういう風流は俺には解せん」
「オレにだってよく判らんさ。その類の感応はシャカやアフロディーテが得意だったようだが、オレは退屈で聴く気がしなかった。唯一、海の声だけは落ち着けたが」
「では、サガが自然に耳を傾けている間、お前は退屈していたのだろうな」
「まあな。オレはすることが無く、隣でサガをずっと見ていた」


当時を想い出しているのだろう。手が止まり、僅かに遠い目になっている情人をラダマンティスは眺める。
カノンは『サガが好きだ』とよく言っている。
それは言葉によるものではなく、カノンの自覚するものでもなかったが、視線やふとした仕草や表情、そんなものすべてが全霊を込めてそう伝えていた。
昔話をというのなら、普通は自分の事を話すだろうに、カノンは必ずサガの話をした。お陰で、あまり顔を合わせたこともないサガという人物を、おそらく聖域の人間よりも詳しく知るハメになっている。
神のようでもあり、のちに悪の化身のごとく女神に叛意を見せたというその兄が、カノンの中を占めているのだった。


それでも不快感はない。
どのような気まぐれなのか、聖戦後のカノンは時折こうして自分のもとを訪れてくるようになった。
それで充分だった。


曲が流れ始めた。

「Love me now and again(時には、俺を愛してくれ)」
ラダマンティスはそう言うと、無防備な海龍へのしかかり、白い繊毛の絨毯の上へとその両手を縫いつける。
「…お前はオレを退屈させんなよ」
カノンは、意識を翼竜へ戻すと、そっとその海色の瞳を閉じた。

(−2006/9/29−)


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