まだ肌寒い朝の時間、ペンギンは欠伸をしながら食堂に赴き、キッチンに立った。
今日は自身が朝食を作る当番なので、他のクルー達が腹を空かせてやってくる前に、なにかしら作らなければならない。時計を見て、騒がしいクルー達がやって来る時間を予測しながら蛇口を捻ろうとした時、突然自分の足元に慣れたような感触が伝わった。

「…鬼哭?」

目線を下に傾ければ、ペンギンのつなぎをぎゅっと引っ張るように掴みながらこちらを見上げる鬼哭がいた。
ペンギンは疑問に思った。鬼哭はいつもローと共に食堂に訪れる。仮にローが来なかったとしても、今の時間は普段からの起床時間と比べて随分早い時刻だった。さらに鬼哭をよく見れば、その顔はどこか悲しげな、困ったかのような顔をしていた。
ペンギンは腰を屈み、鬼哭と目線を合わせる。

「…どうした?」

原因を探るべく問いかければ、その腕を引かれた。


「…船長以上に医者の不養生って言葉が似合う人、他にいないんじゃないですか?」
「ほっとけ」

ペンギンが溜息を吐きながら薬を片手にベッドに腰掛けているローを見やる。不機嫌な顔をしながら睨むローの顔色は、明らかに良いとは言えなかった。

「鬼哭に連れられてなんだと思って来てみたら…だから生活習慣はきっちりして下さいって、あれほど…」
「うるせェな…いちいちこんな微熱で騒ぐんじゃねェよ」
「ちょ…38度越えで微熱なんてあんた鬼か何かですか」

ペンギンがローの机の上を見やる。そこには何冊もの医学書が積み重なっていた。確か、先日に立ち寄った所が医療が発達していた島だったはず。大方そこで手に入れた医学書を寝ずに読み漁った結果がこれであろう。現に普段よりもっと濃くなっている隈がそれを物語っていた。勉強家なのはいいが、少し自分の体を考えて欲しい。

『ねんね。ねんねー』

鬼哭が心配そうな顔をしながらローに毛布をかけ、寝るように促す。

「ほら。鬼哭もこう言ってるんだし、ねんねしてくださいよ、船長」
「馬鹿にするなよ」
「病人に何言われたって痛くも痒くもないです」

ローは舌打ちをしたが、怠くなったのか、素直にベッドに身を埋めた。するとどうだろう。あの不眠症で名高いはずのローが一瞬にして寝入ってしまった。規則正しい寝息が耳を掠める。
あんな強気な態度をしていても、辛かったのには変わりなかったのだろう。困ったものだ。

『あるじぃ…』
「薬飲んだから平気さ」

心配そうにローを見つめる鬼哭を、ペンギンは後ろから抱き上げた。


クルー達に朝飯を振る舞い、ひと段落ついたところで、ペンギンはシャチと向き合う形で食堂の椅子に腰掛けた。

「船長が風邪引いたってマジ!?」
「マジだぜ。でも今ちょうど寝てるから、お見舞い行くなら後でにしろよ」
「そりゃ分かってるけど…」

シャチが心配そうに眉を下げた後、ペンギンの腕の中でもがくものに目を向けた。

『やぁやー』
「こーら。今船長寝てるから行っちゃダメだって言ってるだろ。お前起こさない自信あるのか」

ペンギンが説得させながら、ジタバタと腕の中で暴れる鬼哭を制する。シャチは思わず苦笑いをした。
確かに心配する気持ちは分かるが、今はそっと寝かせておくのが良い。だが鬼哭はそれが分からず、意地でもローの側にいたいようだ。

「鬼哭!お菓子食べながら船長の復活待とうぜ!な?」

見かねたシャチが少しでもローから気を逸らそうと、お菓子を取り出しながら鬼哭に問いかける。
だが鬼哭はふるふると首を横に振った。

「そかそか!よし、じゃあ皿とって……あれ!?いらねェの!?」

立ち上がり、食器を取り出そうとしたシャチが振り返り、信じられないような目で鬼哭を見る。いつもだったらすぐ頷き、頬を膨らまして食べるので、この返答には驚いたのだ。
鬼哭は悲しげに『あるじぃ…』と呟く。その姿はまさに親を想う子供そのものだ。

「…こりゃ大分やられてるな…」
「ただの風邪だって言ってるんだけどな…まあ心配なのは分かるけど…」

ペンギンが困ったような顔をする。だがすぐに閃いたような顔をした。

「じゃあ、リンゴでも剥くか」
「え。いきなりなんだよ」

ペンギンはシャチの問いを無視して、腕の中にいる鬼哭を覗き込むようにして見た。普段から深く帽子をかぶっていて目元が見えにくいペンギンの目が、今はっきりと鬼哭と目が合う。

「剥いたやつ、船長に持ってこう。起きた時すぐに食べられるように、な?」


***


うっすらと目を開ければ、天井が見えた。思考を巡らせながら上半身を起こせば、先程と比べて比較的身体は軽い。薬が効いてきたのだろう。自身を覆っていた熱も、大分冷めていた。
ローはすぐ側に置いてあった水をコップに注いだ。水の流れる音が部屋に響き、飲み干して一息ついた後には、時計の針の音が妙に大きく聞こえた。
それに釣られるように現在の時刻を確認しようと目線を動かせば、いつもの幼子が部屋のどこにもいないことに気づいた。
大方、自身に気を利かせたペンギンが連れていったのだろう。確かにこの部屋の静けさは心地が良い。
だがまだ熱があるせいだろうか。変にこの状態に違和感を感じる。そう思った時、ローは呼ぶようにその名を呟いた。


***


「…お前上手くね?」
「シャチが不器用すぎんだよ」

ペンギンがキッチンでしゃりしゃりと皮を剥くリンゴを見ながら、シャチが感嘆の声を上げた。
鬼哭を見ればその剥けた長い皮をしょんぼりとした顔でもぐもぐと食べていっている。可哀想ではあるが、なにをするか分からない幼子を野放しにするよりは何倍も良かったため、こうして静かにしていることに安堵の息が漏れた。
だがそれは束の間のことだった。
突然、鬼哭の動きがピタリと止まり、同時に流れるように食べていたリンゴの皮の動きも止まった。

「…どうした?」

シャチが不自然な動きに思わず問いかけた時、鬼哭は突然、ダダダダダッと走り出し、そのまま食堂を出て行ってしまった。
突然の出来事にペンギンとシャチは叫ぶ。

「うわ!油断してた!!」
「追いかけるぞ!」

急いで後を追いかけ、向かったであろう先を行けば、ローの部屋の扉が少し開いていた。
2人は考える間も無くそこにいると判断し、その扉を大きく開けてみせた。

『あるじ、あるじ』

扉に手をかけながら見てみれば、ベッドの上で上半身を起こしているローとその体に嬉しそうに抱きつく鬼哭の姿があった。
予想が当たった2人は肩を落とし、すぐにローから離れるよう声をかけようとしたが、それは成せなかった。
突然、ローが耐えきれなかったかのように笑い出したのだ。
2人は思わずローを見やる。

「…なんだよ、お前。今の聞こえたのかよ」

ローがクスクスと笑いながら頭を撫でれば、鬼哭は気持ち良さそうに目を細めながら何度も頷いてみせた。

「…船長、体の調子は…」

顔色を見る限り、先ほどよりかは大分良くなっていたが、一応の確認は大事だ。
シャチがおずおずと心配そうに聞けば、ローはようやくこちらの存在に気づいたようで、視線を鬼哭から移した。

「あ?ああ…悪くねェよ。手間かけさせたな」
「いえいえ!元気になって良かったです!」

ローがまだ少しの笑みを浮かべながら言えば、シャチはパァァッと安心したように笑った。

「えっと、船長が鬼哭のこと呼んだんですか?」

続くようにペンギンがローに問いかければ、彼は口角を上げた。

「…呼んでから来るほど期待はしてねェよ」
『へーき?へーき?』
「平気だ…悪かったな」

心配そうに尋ねてくる鬼哭にローが返事をすれば、鬼哭は嬉しそうな顔をした。その顔を見るローの表情はどこか優しげで、それを見たペンギンは鬼哭を叱ろうとしていた気持ちが一気に薄れる。
むしろこの微笑ましい光景に笑みが浮かび上がるほどだ。

「…船長、リンゴ食べます?」
『たべる』
「お前じゃねェって」

船長が元気になればお前も元気になるのか。
相変わらず主人が全てである鬼哭に困ったような顔をしながら、ペンギンは再度キッチンへと向かった。


「おい。机の上にあった医学書どこにやった?」
「ああ。それなら鬼哭がどこかに隠しましたよ。『めー』とか言って」
「は?」

後日、知らんぷりする鬼哭に問いただすローの姿が目撃されたという。

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〜コメント〜
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2016/02/20 13:19 下野純平
>>龍様
そうですね、ローさんは小さく「鬼哭…」と呟きました。病気になるの寂しくなるから、ローさんはそう呟いた感じですw
鬼哭は一応人間ではない色々超越した感じだと思ってるので、聞き取ってもらいましたw

フォームメールもちゃんと読ませていただきました!ありがとうございます(´;ω;`)

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2016/02/19 01:58 龍
「ペンギンに一票。」第一声それでしたww
鬼哭のローから離れたくないって気持ち何となくわかりました。
けど、目を覚ましたローの呟き「鬼哭・・・。」と小さい声で呼んだんですかね?それを聞き取る鬼哭最強!ほのぼのして和みました。
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