D棟SAD製造室。
ヴェルゴがローの心臓を握り潰そうと手に力を込める。ローは悲痛な叫び声を上げ、彼はそのままローを殺そうとしたが、ある人物の気配に気づいた。
スモーカーだ。
「…どの道キミの口封じもするつもりだが」
「早い方がいいね…視界に入るゴミクズを眺めてんのもやなもんだ…海賊ヴェルゴ!」
心臓を持つヴェルゴの手が緩んだと同時に、ローは力なく倒れた。
スモーカーがヴェルゴを睨みつける。すると、彼の羽織る上着からヴィダが現れた。
「にゃあ!」
ヴィダは血まみれで倒れているローに走り寄り、心配そうに彼に擦り寄る。
「ヴィダ…なんでここにいる!あいつらと行動しろと言っただろ!」
「…向かう途中にうろうろしてるのを見かけてな。お前を探してたぞ」
怒るローに、スモーカーはヴェルゴを見据えたまま言った。
「…お前に懐くなんて趣味の悪りィ」
ヴィダは心配そうにローの顔の傷を舐める。
ローは一瞬の沈黙の後、ヴィダの白い身体をそっと撫でた。
「…馬鹿が」
悪態を吐くように言ったつもりだが、その真意に本気の色がないことは分かっていた。
その間にスモーカーとヴェルゴの戦闘は始まっていた。ローはゆっくりと立ち上がる。ヴィダが心配そうに鳴いた。
「なんともねェよ…こんな所でくたばるわけねェだろ…」
ローは口角を上げた。
「歯車を…壊す…!」
その目には強い意志が宿っていた。
〜〜〜〜〜〜
ローはヴェルゴの身体を真っ二つに斬り、同時にSADを再起不能な状態へと持ち込んだ。
ヴェルゴがこれ以上動けないように、身体をバラバラにし、手すりに彼の体の一部一部を細かく括り付ける。
「ずいぶんじゃないか…ロー。こりゃ番狂わせだ…」
ヴェルゴが呆れるように言うが、ローは何も答えない。
「…その猫」
ヴェルゴがローの足元にいるヴィダに目を向けた。
「美しい瞳だな。富を生む財宝こそドフィが持つに相応しい」
「なっ……!」
今まで反応を示さなかったローが驚くようにヴェルゴを見る。彼女の正体が割れているとは思わなかったのだ。
スモーカーが疑問を含んだ目でヴェルゴを見る。
ヴェルゴは語るが、狼狽えを耐え忍ぶようにローは刀を握る力を強めた。
「少し名を上げたくらいの新世代に取って代われる程世界は浅くない。教えてやれよスモーカー。威勢だけの小僧共にこの根深い世…!!」
しかし、ローはヴェルゴが言い終わらない内に黙らせるために彼の顔を斬った。
場は瓦礫が崩れ落ちる音だけになる。
「…くだらねぇこと言ってんじゃねェぞ。テメェの身を案じてろ…この部屋はやがて吹き飛ぶ。じゃあな…"海賊"ヴェルゴ」
そう言って、ローとスモーカーは先を急ぐ。しかし「ああ、それと」と言って、ローが振り返った。
「テメェらに俺の宝は渡さねェ」
ローはヴェルゴを睨みつつ言い放った後、ヴィダを抱き上げ、今度こそ部屋から姿を消した。
残ったヴェルゴに聞きなれた笑い声が響く。
『手の掛かる悪ガキになったもんだ』
ドフラミンゴと繋がっている電伝虫がヴェルゴを見つつ言った。
『お前の言う富を生む財宝、楽しみにする。土産話をありがとうよ。相棒』
話せず、相槌すら打てないヴェルゴに構わずドフラミンゴは言った。
『…今日まで、ご苦労だったな』
答えられない声に、ヴェルゴはそっと微笑み返した。
〜〜〜〜
「うわ…うわあああああああ!!」
「うるせェな…大人しくしろ」
なんとか研究所を脱出し、ローは個々に身体の大きさが違う子供達の治療に専念した。
一人一人の身体をバラバラにし、原因となる悪性な物質を取り除いていく。やっていることは子供達にとって生きていくための治療だが、どうもその見た目は悍ましく見える。現に、子供達は宙に浮く腕や足を見て泣きながら逃げ惑っていた。
「こ、こわいよおおおお!!」
「だれかたすけてええ!」
逃げ惑う子供達を落ち着かせるためにヴィダは何度も鳴くが、彼らの耳にはまったく届かない。
「にゃあ!にゃあー!!……きーいーてー!!」
痺れを切らしたヴィダは猫の姿になるのをやめ、人の姿になった。子供達は突然現れた声と人物に驚き、動きを止める。ローもヴィダの予想外の行動に驚いて彼女を凝視した。
「おいヴィダ!なに勝手に戻ってやがる!」
「だってあのままじゃパニックになって治療どころじゃなくなっちゃうよ!」
「かといって戻らなくてもいいだろ!」
「こっちの姿の方が声は通る!」
「んなことでいちいち姿変えるな!それにどうせバラして動けなくするからいいんだよ」
「怖がらせること言っちゃ駄目だってば!」
「間違ってねェだろうが!」
突然始まったローとヴィダの言い争いに、子供達はぽかんとした顔でそれを見つめる。
そして最終的にヴィダはローを無視して子供達に向き直った。
「あのね。このおにーちゃんはとってもすごいお医者さんなの。必ずみんなの病気を治して、元気いっぱいにしてくれるから!治してる最中はちょっと怖いかもしれないけど、頑張ろう!」
母親が子供に語りかけるようにヴィダは微笑みながら言った。その姿に子供達は安堵したのか、顔が綻んでいく。子供達が頷くのを確認してから、ヴィダも「よし!」と頷いた。
「ロー!オッケーです!」
「…そうかよ」
ヴィダのなんとも言えない屈託のない笑顔を向けられ、ローは言及するのをやめる代わりにため息を吐いた。
「ねーねーこわい顔のおにーちゃん」
「…なんだ」
ローが治療している最中、ふわふわと宙に浮いている男の子は丸い目を彼に向けながら言った。
「おねーちゃんは病気なのー?」
「は?」
バラバラにした胴体の治療をしていたローだが、思いがけない発言に思わず男の子の顔を見た。
おねーちゃん、というのは恐らくヴィダのことだろう。
「だってあんな不思議な目、初めて見たよー。おにーちゃん治せないの?」
「…馬鹿言うんじゃねェよ」
ローは全ての胴体をつなげ、男の子を床に降ろした。
ヴィダの方を見れば、彼女は少し距離があるところで治療の終わった子供達の話相手をしていた。こちらには気づいている様子はない。
ヴィダは悪魔の実の能力者であり、紅い瞳は能力の副作用の一種だ。ローが力を使うたびに体力を消耗するのと同じで、治せるようなものではない。
「あれはそう簡単な類いじゃねェ。それに本人が気にしてねェから俺は何もしねェよ」
「えー。でもおにーちゃんは気にしないのー?」
男の子の話に気になるのか、他の子供達も近寄ってきた。探究心が強いのは実に良いことだと思うが、子供は遠慮という言葉を知らない。
だがローは何一つ表情を変えなかった。
「なに言ってやがる。むしろ、綺麗だろ」
当然のように言い放たれた言葉に、子供達は目を丸くしたが、すぐに納得したような顔をした。
「うん!すごくきれー!」
「きれい!きれい!」
ローの言葉が子供達によってどんどん広がっていく。
少し騒がしくなったところで、ようやくヴィダがこちらに気づいた。
「みんな治療終わったんだね!よかった!ローもおつかれさ…」
「おねーちゃんすごくきれい!」
「ほーせきみたいだね!」
「ん?なにが?」
自身を取り囲む大勢の子供達を見て、ヴィダは疑問を浮かべる。そして説明を求むような目でローの方を向けば、彼はクスクスと笑っていた。
「…ロー…なんだかすごく嬉しそうだけど、どうしたの?」
「さあな」
焦らすように言えば、首を傾げる姿が愛らしいと思った。
その時、タイミング良く外から「人殺しだー!」と言いながら泣き叫ぶチョッパーの声が聞こえた。
ーーよく分からないけど、ローが嬉しいなら私も嬉しいよ。
ーー………。
ーーラブラブだー。
ーーらぶらぶだぁ〜。
ーーらぶらぶ〜ぅ。
ーーうるせェ。
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