「今日は負けねーからな!」
「そう言って前回負けたのはどこの誰だ?」
「うるせぇわ!次はマジで負けねぇ!泣かす!」

昼下がりに後方の甲板でシャチがペンギンに食らいつくように言い合っていた。その横ではジャンバールが2人の様子を座って見守っている。

「なんだお前ら。組手すんのか」

刀の鬼哭を担ぎながらローは2人とジャンバールに近づいた。

「はい!船長見ててくださいよ、俺が勝つ勇姿を!」
「はあ!?俺が勝つって言ってるだろが!」
「お前もやるのか、ジャンバール」

ペンギンとシャチを横目にローはジャンバールを見上げ問いかけた。彼は静かに首を横に振る。

「いや、俺は審判役だ。2人だとどうも終わらないらしくてな」
「フフッ…確かにな。船は壊すなよ」

ローは笑みを浮かべてから身を翻し、前方の甲板へと向かう。後ろから「せんちょー見てくれないんすかー!?」というシャチの声が聞こえたが、放っておいた。

後方の甲板が死角となったところで、ローは反応するように立ち止まった。

「…なんだ鬼哭。気になるのか」

刀に問いかければ、自分だけにしか聞こえない答えが返ってくる。気になるのかと聞いたが、どうやらそうではないらしい。

ローはその意図が分かり、口角を上げた。

「…ああ、なるほどな。久しぶりにやるか」

鬼哭が反応するようにカタリ、と音を立てて揺れた。

「お前が勝ったらなんでも言うこと聞いてやるよ」

ローがそう言えば、鬼哭は幼い少女の姿となり、彼の首に手を回すようにして抱きついた。ローはそれに驚くこともなく、慣れた手つきでその小さい身体を支える。

『ほん、とう?』
「ああ、だが逆も然りだ。…やるか?」

鬼哭は嬉々とした顔で頷いた。どうやらそれなりの欲があるらしい。

「…なら始めよう」

〜〜〜〜〜

どれくらいの時間が経ったか分からないが、両者共に一歩も譲らない戦いだった。シャチはペンギンが蹴りを入れてくるのを腕で受け止め、すかさず隙をついて拳を振り下ろすが、ペンギンはそれをするりとかわす。お互い息は上がってきていて、動くたびに汗の雫が床に滴り落ちていた。中々に良い動きだと、ジャンバールが感嘆の声を上げた時だった。

「あ!こんなとこにいた!」
「へ?ベポ?」

ペンギンの背後の壁から、こちらを覗くようにしてベポが現れた。それを視界に入れたシャチは一瞬キョトンとした顔をする。それが駄目だった。

「隙ありッ!」
「ぐえっ!」

その一瞬の隙を使って、ペンギンの重い拳がシャチの懐へと見事に入った。不意を突かれたシャチは足腰に力が入っていなかったため、盛大に後ろに飛び、音を立てながら床に頬をつけた。ジャンバールは静かに息を吐く。

「…勝者はペンギン、だな」
「うっし!」
「はああああ!?今のはしょうがなくね!?」

ペンギンが嬉しそうにガッツポーズを決める。シャチはすぐに起き上がって抗議の声を上げた。

「隙を見せたお前が悪い」
「同感だな」
「なんだよそれ!ぜってー認めねぇ!」

ジャンバールすら同じ意見の中、味方のいないシャチはまたもや組手が始まる前のように憤慨する。
しかし、それはベポの一言で終わった。

「いいから聞いてよ!船長が鬼哭と組手してる!」

2人は「えっ!?」と声を揃えてベポを見た。反面、ジャンバールはよく分からなそうな顔をしたが、ベポは「じゃあ伝えたからな!」と言って先に行ってしまった。改めて2人を見れば、あたふたとしている。

「い、行かなきゃ!!」
「なんだよ!船長もやってたのかよ!」
「…? なんだ?」

2人はベポを追いかけるようにして向かった。

「お前も来いジャンバール!絶対びっくりするから!!」

ペンギンが振り返って言う。ジャンバールは頷き、その後を追った。

ついていけば、前方の甲板に着いた。パッと見クルー全員はいるであろうたくさんのギャラリーがいたために、そこにローと鬼哭がいるのはすぐに察しがついた。

「今どんな感じ!?」
「鬼哭が食らいついてるけど、五分五分って感じだな」
「お疲れ。そろそろ終わると思うぜ」
「えーっ!!」

シャチが周りのクルーに状況を聞いて落胆する。
「勿体ねぇ…最初から見たかった…」と、項垂れながらボソボソと呟く姿を横目に、ジャンバールはその目当ての人物を視界に入れた。

ギャラリーの奥にはローと鬼哭が少し距離を開け
ながらお互いを対峙しているのが見えた。ローはいつものような薄い笑みを浮かべながら鬼哭を見ていた。武器のようなものは持っていない。
よく見れば、ローの頬には刀の切っ先で切られたような傷があった。鬼哭も唇が切れているのか、そこからは少し血が流れている。
お互いに一撃ずつ食らったということだろう。
その事実にも驚いたが、ジャンバールが何よりも驚いたのは鬼哭の姿だった。
鬼哭は己の右手を長い刀へと姿を変えている。目は鋭く、まるで獲物を狙う狼のようだった。初めて見るその姿に、それを知らなかったものは口をあんぐりと開け、また、それを知っている者たちは歓声の声を上げていた。

「…鬼哭は戦えるのか?」
「まあな。船長はあまりやらせないけど」
「おい!来るぞ!」

ジャンバールとペンギンの会話の中、鬼哭が床を蹴って駆け出す音が聞こえた。鬼哭は一瞬にして太刀が十分入る範囲まで近づき、ローに向けて横向きに斬りこむ。あの小さい身体の一体どこにそんな力があるのか、そう思うほどにその一撃は力強く、隙がなかった。だが同時に、その戦闘スタイルはローにも似ているような気がした。

ローは体を屈み、最小限の動きでそれを避け、その隙間をぬって鬼哭の頭を手で掴んだ。そのまま床へと打ち付けようと体重を乗せるが、直前で鬼哭は床に手をつき、体を翻してその手から抜け出した。
鬼哭が宙を舞って床に降り立った時、クルー達からは感嘆の声が上がった。ジャンバールは先ほどのペンギンの言葉を思い出す。確かにこれは見にくる価値があると思った。

ローは口角を上げながら鬼哭を見た。

「あの瞬間でよく避けれたな…そこは褒めてやる」
『…あい』

鬼哭が返事をしたと同時に、また飛び出した。ローは咄嗟にズボンのポケットからコインを1枚取り出し、それを親指で弾く。

「…相変わらず落ち着きがねェ」

コインは宙を高く舞い上がった後、重力に伴って落下する。
ローの眼前にコインが写り、お互いの距離が5メートルを切った時だった。

「シャンブルズ」

鬼哭が突然ローの目の前に現れた。鬼哭の掴んでいたはずのタイミングは呆気なく崩れ、なんの構えもなしにローに突っ込んできたような体勢になる。

『…!!…』
「…躾が必要だな」

ローは悪戯をした子供のような笑みを浮かべてから、混乱状態となった目の前の少女の胸に、両腕を突きつけた。

「…カウンターショック」

呟きとともに突然の雷鳴音が甲板に響き、それはクルーの身体を震わした。
鬼哭は宙で動きを止め、そのままドサッと力なく床に崩れ落ちた。
呆気にとられ、誰も声を出さない空気は沈黙と化す。

「…勝負あったな、鬼哭」

同時に眼前に落ちるはずだったコインが、元々鬼哭が駆け出していた場所へチャリーンという音を立てて床に落ちる。それを合図にするかのようにクルー達は歓声の声を上げた。

「船長すっげぇ!流石!」
「鬼哭も!鬼哭もすごかったぞ!」
「いいモノ見れたーッ!」

男たちの黄色い声が船を包みこんだ。

『…う"ぅ…』

目の前で苦しそうにうずくまる鬼哭を見ながら、ローはその場にしゃがみ込んだ。

「真剣になるのはいいが、周りが見えなくなる癖、どうにかしろ。お前は俺の能力をずっと隣で見てきてんだ。それを利用するつもりでもっと頭使ってみろ、鬼哭」
『…あい』
「よし」

顔を上げた鬼哭の頭を撫で、先ほど殴って切れた唇から流れ出ている血を、自身の親指でそっと拭った。
ローは鬼哭を抱き上げると同時に立ち上がり、あやす様にその背中を撫でた。鬼哭はそれを受け入れ、ローの体を強く抱きしめ返してから、刀の切っ先で傷つけた、彼の頬から流れ出る血をペロリと舐めた。

「流石船長というだけあるが、鬼哭もすごいな…あの小さな身体でよくやる」

ジャンバールは称賛の声をあげた。ペンギンは少し笑いながら答える。

「伊達に妖刀名乗ってないからなぁ。個人としての戦闘力は元々あるんだぜ」
「へぇ」

ジャンバールがもう一度見れば、鬼哭は甘えるようにローに頬ずりをしている。ローはそれに慣れてしまっているのか、特に反応を示さず、それをただ受け入れていた。
先ほど目の前で繰り広げられていた者とは別人のような光景だと思った。

「…というわけだ、鬼哭。俺が勝ったから、言うこと聞けよ」
「え?なにか賭けでもしてたんですか?」

シャチが聞けばローは「まあな」と軽く返す。鬼哭は要望を聞くべく頬ずりをするのを辞め、少し顔を離してローを見た。

「いいか鬼哭。…1週間菓子厳禁、だ」

鬼哭の身体がビクリと大きく揺れたのが分かった。

「あと、お前らも菓子買ってくるなよ」

鬼哭を無視してクルーを一瞥して言えば「えーっ!?」という声が所々から上がった。

「当たり前だろーが。お前らが買って来なきゃこいつは食うもんがないからな」
「ちょっ、鬼哭死にますよ!?」
「餓死させる気ですか!?」
「船長の鬼!!」

先ほどの激励の言葉はどこかへ飛んで行ってしまったようだ。デモのように抗議の声を上げる姿勢に、普段どれだけ貢いでいるのかが知れた。

「菓子食わなくて餓死するわけねェだろ!それに、こいつは元々食わなくても生きていけんだよ!その分の金は全部船に回すからな!鬼哭!お前もわかったな!」
『……ぁぃ…』

主人には忠実だが、その声は今までで1番か細いものだった。
さっそく想像してお菓子が恋しいのか、ローの首をあぐあぐと噛み始めた。ローは「噛むならこっちにしろ」と言い、代わりに自身の右手を差し出せば、鬼哭は素直にそれを齧り始める。シャチはそれはそれでどうなんだ、という目線を送った。

「…ちなみに鬼哭が勝ったらなんだったんですか?」

シャチが問いかけ、ローが鬼哭を見れば、鬼哭は手を齧りながらポツリと言った。

『…主、に…だっこ』
「……それ…いつも通りじゃね?」


それから3日後、鬼哭が嬉々とした顔で菓子を手に取っている姿と、顔を手で覆って負けたような溜息を吐く船長の姿が目撃されたという。

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〜コメント〜
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2016/02/16 16:37 下野純平
>>龍様
刀だからとりあえず強い設定で欲望はあるけどそれは全部ローさん関連で…とか思いながらできたものですw
しょぼんとしてる子供には敵わないもんですよw
編集


2016/02/15 18:00 龍
組み手って、さすがローの相棒!しかも、鬼哭の勝った褒美が抱っこって可愛いぃぃぃぃ!!
ローさん、愛されてるね!
しかも、お菓子禁止令出した本人が、ショボン状態の鬼哭が見ていられなくて、お菓子渡したのを見て「あ、鬼哭に一生敵わないんだ。」と再確認しました!
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