ハートの海賊団は島に停泊し、クルー達は見張りやら自由時間やらを勤しんでいる。反面、ローは部屋の椅子に腰掛け、机と向かい合いながらゆっくり医学書に目を通していた。
ページをめくり、論文は後半戦へと差し掛かったところでカタリ、という音が聞こえた。ページをめくる紙の音と時計の針だけが部屋に響いていた中、その音は随分と目立った。音のなった方へと目線だけ動かせば側に立てかけてあるはずの鬼哭がどこにもない。しかしローは気にせずまた文字の羅列に目を向ける。改めて読書に身を投じようとした時、足元になにかがひっつくような感触があった。それは自身の体によじ登ろうと服を引っ張る。
ローは溜息を吐いてから読書を一時中断し、原因となるそれを抱き上げ、自身の膝の上に乗せた。
「…じっとしてろ、鬼哭」
『…主』
鬼哭と呼ばれてこちらを見上げてくる幼い女の子と目を合わした。
『ほん、おわり』
ローの服をぐいぐいと引っ張って訴えている。放っておいてまた続きを読もうとするが、それを阻止するかのように鬼哭は刺青が彫られたローの手をあぐあぐと齧りだした。
「…分かった。分かったからやめろ…」
自身の手を齧るのを制し、ローは参ったとでも言わんばかりに溜息を吐いた。その反面、鬼哭の顔には分かりにくくも嬉々としたような表情が見てとれた。
鬼哭はローから離れ、その腕を引っ張る。だが幼い身体と背の高いローでは身長差が大分あるので、腕を引っ張られたままでは歩きにくい。
「鬼哭、手を離せ。別に逃げたりしねェよ」
鬼哭は素直に手を離し、ローはその体を抱き上げた。それが嬉しいのか、鬼哭は甘えるように頬ずりをする。ローはその頭を撫でながら部屋を後にした。
食堂に行くと、ペンギンが食器を洗っていた。
「あ、船長!よかった。ちゃんと生きてましたか」
「第一声がそれかよ」
「3日間も部屋に篭られれば誰だってそう言いますよ。マジで心配するんで勘弁してください。鬼哭もそれで船長を連れてきたんでしょうし」
ロー、そして鬼哭に目を向けてからとりあえずまずは水分でも取らせようと、ペンギンはコップに水を注ぎ、椅子に腰掛けるローへと渡した。そしていつの間にかローの背中にひっつく形でいた鬼哭の頭を撫でた。
「偉いぞ鬼哭。今後も船長をよろしくな。でも次からはもっと早くに訴えていいからな!」
「…俺は餓鬼じゃねェんだぞ」
「じゃあ言わせないようにして下さいよ」
ローが眉間に皺を寄せた時、片手に紙袋を抱えたシャチが入ってきた。
「ペンギン喉乾いたー!…って、船長!3日振りです!…あ、鬼哭!」
シャチが船長および鬼哭の側へ駆け寄り、嬉々としながら紙袋を突き出した。
「ちょうど今会いに行こうと思ったんだよ!お菓子食べるか?ここの島の名産らしいぜ!船長もどっすか!?」
「いや俺は…」
『たべる』
ローは遠慮しようとしたが、鬼哭の言葉に遮られ、それは成せなかった。
「オッケー!おかーさーん!お皿ー!」
「誰がお母さんだ!!」
ペンギンの方を向いて声をかければ怒号が返ってきた。しかし、カチャカチャと音が聞こえるところを見ると、ちゃんと準備してるのであろう。ローはその様子を見てから後ろから身を乗り出すようにひっつく鬼哭に目を向けた。
「…お前の食い意地はどこから来てるんだ」
『…?』
今は人型になっているが、鬼哭は元々刀である。というより、普通刀は人にならない。これは鬼哭だけが例外なのだ。
その場合、食が必要かと言われたら味を楽しむ程度にはできているらしいが、食べなくてもなにもないらしい。正直ローからしたらそれなら食わなくていいだろうと思うが、なぜかここのクルー達は餌付けをするが如く鬼哭に食べ物を与える。
「…あげたって意味ねェもんをよくあげられるな」
「船長の気まぐれと同じですよ」
「一緒にするなよ」
「だって食べてる姿可愛いんスもん!リスがどんぐり頬張るみたいで!」
こんな理由で航路を進む途中で食料が尽きたらどうなるのだろう。考えたくもない。
「それに鬼哭も食べるのが嫌いな訳じゃないだろ?」
鬼哭の頷く姿にシャチが「ほら!」とこっちを見る。相手にするのも面倒だと思い、コップの中の水を一気に飲み干した。
「鬼哭、今後も船長をよろしくな!」
「…お前ら揃って俺をなんだと思ってるんだ」
自身から離れようとしない幼子の頭を、ローは優しく撫でた。
変なことに、この船は刀に甘い。
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