大まかな仕事は片付き、腕時計の針をチラリと確認した。時刻は19時になる頃だった。ローは白衣を脱ぎ、帰る支度をしていると、ペンギンとシャチがドアの隙間から顔を出した。

「ローさん!今日もうこれで終わりですよね?この後飲み行きましょうよ!」
「場所はいつものところで!」

ワクワクとした表情を浮かべる2人を横目に見て、ローはまた腕時計を確認した。

「…ああ。分かった。ただお前らは先行ってろ。俺は少し用がある」
「分かりましたー!」

元気な声と共に2人は去っていった。ローは周りにいる看護師の「先生、お疲れ様です」という言葉を背中に足早と部屋を出て行った。

〜〜〜
1時間程経った後、ローはペンギンとシャチがいる居酒屋へと足を運んだ。シャチがテーブル席から手を挙げてこちらに声をかけてきたので、すぐに分かった。席に着けばつまみはあれど、グラスはなかった。

「なんだ。まだ飲んでなかったのか」
「へへー!ローさんいないのに飲むわけないじゃないですか!」
「今日はローさんがいてこその飲みなんですから!」

同じ医療系大学を出て同じ病院で働いている仲なので、周りの人々よりは仲がいいが、妙な忠誠心を抱かれたものだと思った。ローは適当な酒を頼み、一息ついた。

「お疲れ様ですローさん。てか一体なにやってたんですか?」
「まさか彼女さんと会ってたんですか?」
「馬鹿だな、シャチ。今同居中じゃん」

ニヤニヤとする2人を見て眉間に皺を寄せた。こいつらはいつもこのネタをふっかけてはなにかと冷やかす。見た目はもう三十路手前のおっさんのくせに、中身は丸っきり中学生だ。

「ちげーよ。出来上がった指輪を取りに行ってただけだ」
「なーんだ、そーなん…」
「「…は?」」

一瞬の沈黙が彼ら2人を包んだ。

「…なんの?」

シャチが恐る恐る聞けば、ローはさも当たり前のような顔をした。

「なんだよ。結婚指輪に決まってんだろが」
「「えええええええええ!?!?」」

突然の叫びに、タイミングよく注文したものを届けに来た店員が、びくりと体を強張らせた。

「うるせェな」
「けっ…けっこん!?結婚!?」
「あの…えと…その…ローさん結婚するんですか!?」
「そのつもりだ。悪いか」

来た酒に口をつけるローを見て、2人は呆然とした。もちろんこの年齢になればそこまで驚くという話ではない。周りにも結婚した人などたくさんいる。だがなぜだろう。目の前の人物もそっち側の人間になると考えると、違和感しかない。

「ま、まじかー…」
「…なんだろ。今の俺たちには無縁っていうかなんていうか…でもいいなー…」

シャチが憧れるように言った。結婚願望は一応あるらしい。

「ヴィダとですよね?」
「当たり前だろ。それ以外誰がいるんだ」

ローは常にモテる。ルックスも良ければ頭も良く、さらに職業は医者だ。そんな人を周りの女性達が放っておくわけがないが、ローにはちゃんと愛する人がいた。それも、こっちが見てて恥ずかしくなるくらい、ローはその子を溺愛していた。そんな2人が、結婚をする。なんだかこちらまで嬉しくなった。

「結婚式はもちろん呼んでくれますよね?式はいつにするんです?」
「あいつにはまだなにも言ってないから、分かんねェよ」

どうやらプロポーズはまだしていないらしい。

「いやいや!ヴィダが拒否るわけないですよ」

そこには確信があった。ローはもちろんのこと、ヴィダもローを愛して止まないのだ。ローからのプロポーズを断るなど、考えようがない。

「家庭を持つってのは、今までとは違うんだ。あいつの考えだってあるだろ。…俺はヴィダとずっと一緒にいたいけどな」

早くに家族を亡くしたローにとって、その思いは誰よりも強い。その憧れは当たり前のことのように聞こえるが、案外それが1番難しいと考える。同じような年であるのに、なんだか自分たちよりずっとローが大人に感じた。

「…ローさん、俺と結婚して下さいよ」
「俺もお願いします」
「テメェらは土と誓い合ってろ」
「そんなー」

辛辣な言葉を酒で洗い流すように彼らは飲んだ。

〜〜〜〜〜〜〜
23時頃。
ガチャリと玄関が開く音がすれば、 ヴィダは待ってましたと言わんばかりに彼を素早く出迎えた。

「ローおかえりー!」
「…ああ」

すぐさまリビングへと誘導し、ソファーに座らせる。顔を覗けば、大分赤い。ローは酒を飲んでもあまり顔には出ないので、今回は随分飲んできたな、というのが分かった。

「だいぶ酔ってるね、大丈夫?今水もって…」

キッチンの方へと向かおうとした時、手を引かれた。バランスを崩し、ヴィダはローの腕の中へとすっぽり収まった。密着して改めてお酒の匂いを感じた。

「…俺は」
「ん?」
「子供は、2人、ほしい、と、思ってる」

突然、ポツリポツリと小さな声で話すローに、ヴィダは目を丸くした。

「男と女、1人ずつだ。男は俺似で、女は、お前似が、いい。そこに俺がいて、お前がいる」
「…ロー?」
「これが俺の、理想、だ」

ローは愛しそうにヴィダの頬を撫でた。ヴィダはローの言っていたことを1つ1つ想像してから思わず笑った。

「それは、すごく素敵なことだね」

なんて幸せな話だろう。

「絶対に叶えなきゃね。ロー」

ヴィダはローの首に腕を回し、抱きしめた。

「…ああ」

その温かさが心地良いと思ったのか、ローは安心したように瞼を閉じた。

〜〜〜〜
「おはよう、ロー」

目を覚ませば少し頭がいたい。周りを見れば家の中だ。昨日と変わらない格好を見る限り、どうやら自分は帰ってきてソファーでそのまま眠っていたらしい。ヴィダを見ればもう起きていて朝食を作っていた。シャワーでも浴びてこようと立ち上がった時だった。

「ねぇロー」
「なんだ?」

見ればなんとも楽しそうな笑顔でこちらを見てくる。朝から癒されるものである。

「子供の名前、今の内から考えておこうよ」
「あぁ……は?」

思わず変な声が出た。二日酔いで頭が痛いせいか、思考回路が回らない。

「大丈夫!ローの言う通り、男の子と女の子両方産むから!待っててね!」

なんという可愛らしい笑顔で放たれた言葉は、ローの体を固まらせるのに十分だった。だが反面、先ほどから回らなかった思考は今、ようやく回り始め、ローは昨日の出来事を断片的に思い出した。と同時に、顔に一気に熱が帯びてきたのが分かった。

「………ッ!」
「あ。ちょっとロー!ご飯は?」

気付いた時にはローは逃げるように玄関を飛び出していた。

〜〜
「早朝に突然なんですか…てか走ってきたんですか?え。大丈夫ですか…?」

朝までペンギンの家で宅飲みをしていた2人は突然の来訪者に戸惑った。別に来るのは構わないが、玄関を開けた瞬間、異常な息切れと、青だったり赤だったりとよく分からない顔色をしている人物を見れば、心配せずにはいられない。

「……プロポーズを」
「え?」

掠れた声でローは言った。

「…プロポーズを、リベンジ、する方法はあるか」
「…アンタなにしでかしたの…」

ようやく定まった真っ赤な顔を見る限り、昨日の酒が抜け切れてないのか、はたまた何かやらかしたのか。
きっと後者だろう。どっちにしろ、結婚はまだ遠いかもしれない、2人はそう思った。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
このあと事情を説明してめっちゃ笑われます。理想のプロポーズってなんですかね。ローさんは家族に憧れてると思うんです。
main1

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