「ようやく終わったか…」

店の扉を開け、大通りに目を向けながらローはため息を吐いた。
辺りはもう夕方になりかかろうとしている。かなり時間をかけてしまった。ヴィダ専用の衣服を作成するにあたって、デザイナーがたくさんの案を出してくれた。そのおかげか、割と良いものができた。
届いた時にヴィダが一体どんな反応をとるかが、今から気になる。出来上がりは配達で届くとして、この後はヴィダと過ごそう。まあ、未だ猫だろうが、この疲れを癒してほしい、そう思ってローは大通りに目を向けた。

「あ!船長!!」

知る声のする方を見ればシャチとペンギンがいた。人の多い通りであるが、つなぎ姿は妙に目立って見えた。
2人はすぐさまローのところに駆け寄る。

「もう終わったんですね!!どうでした!?ナース服!」
「いい感じの服できましたか!?ナース服!」

鼻息荒く2人はローに詰め寄った。
どれだけナース服に期待をしているのだろう。まあ自身も期待していないと言ったら嘘になるが。そんな中、ローは興奮している2人を他所にある違和感に気付いた。

「……お前ら、ヴィダはどこだ」

一緒にいるであろうと予想していたヴィダの姿がどこにもいない。今は白い猫だが、そんな状態でも元気に声をかけるのがヴィダだ。だが今、そんな可愛らしい声は耳に擦りもしない。考えすぎであって欲しいと願ってはいるが2人のクルーの顔色を見ると、もうそんなことを言ってられないことが分かった。
まさかの事態に、ローの怒りはふつふつと湧いて出てきた。船長の様子を見てシャチとペンギンはすぐさま弁解に入る。

「ち、違うんです!今、その、ヴィダは散歩に…」

2人の必死な言い訳など、ローの耳には入らなかった。
刀を抜こうとしたその時。

「あ。いたー!みんなー!」

聞きなれた高い声に、3人はすぐ声のした方向に視線を向ける。見れば患者服に身を包み、元気よく手を振るヴィダの姿があった。

「「いたあああああ!!!」」

ペンギンとシャチはヴィダに指を差しながら叫んだ。その声には悲痛な苦労が滲み出ていた。構うのも面倒くさいと思ったローは、人を掻き分け、すぐさまヴィダに駆け寄る。

「ヴィダ!お前戻ったのか?」

ローはヴィダの姿をまじまじと見つめる。
それもそのはず。数刻前までは猫の姿でいたのだから。

「うん!戻ったよ!!これからはもっとコントロールできるよう、頑張って練習するね!」

ヴィダは笑った。ローにとって、この笑顔は待ち望んでいたものだった。猫の姿でもなんら問題はないが、やはり人間の時と比べると、なにかが違う。
ローはヴィダの腕を引いて己の腕の中に閉じ込めた。
よく考えたら今日1度も少女を抱きしめていなかった。1日といっても、24時間も経っていないが、久しぶりというほどに感じてしまう感触と香りに、ローの口元が緩んでしまう。しかし、ここまで愛しさが募ると、自分は大分この少女にやられていることが身に染みて分かった。情けないこととは思うが、同時に1つの幸せをローは手に入れていた。

「ロー、苦しいよ」

ヴィダは抗議の声を上げたが、実際はローの身体に腕を回して抱擁を受け入れていたので、説得力などなかった。その様子さえも愛しく思う。

「ねぇ、ロー!聞いて!!私、友達できたよ!!ユータってゆー友達!」

ヴィダはローを見上げながら言った。声色も嬉しそうだったが、その笑顔を見ればもっと嬉しいという気持ちが伝わってきた。だがローはユータという言葉に違和感を持つ。ローは少女の表情をよく見るために、抱きしめている腕を少し緩めた。

「…ゆーた?誰だそいつ、男か」
「うん!面白い人だった!」
「…ほう…」

ヴィダが嬉しそうに答える反面、ローは不服だった。こちらの男クルー共は自分が目を向けているから良しとして、それ以外の知らない男などと仲良くなられては、少女を溺愛するローにとっていい気分ではない。

「せ、せんちょう…?」

シャチが思わず声をかけるほどに、ローの背後になにか黒いものが見えた。しかし、ヴィダはそんなローに気づかない。

「ローの言う通り、外の世界って素敵だね!私、みんなと来れてよかった!!」

ありがとう。と言う少女に、ローの黒い感情が浄化されていく。それを見て今度はペンギンが「ヴィダすげぇ」と呟くのが聞こえたが、気にしなかった。

「…だが、目移りするなよ。もしそんなことがあれば、俺がそいつを殺しちまうからな」

キョトンとしているヴィダの様子を見て、ローはまたニヤリと笑い、そっと少女を離した。

「ロー、よく分からないけど」

ヴィダがローを見上げる。紅い瞳は相変わらず綺麗だと思った。

「私、ローのことすごく好きだから、大丈夫だよ」

不意打ちすぎる少女の発言に、ローは呆然とした後、少し頬を染めた。照れ臭そうに笑う少女が自分を見上げてくるのを阻止するように、ローは少女の頭を乱暴に撫でた。

「…当たり前だ」

素っ気なく言い放ったが、言葉とは裏腹にローの心情は嬉しさで溢れていた。ペンギンはその様子を見ながらもう1度「ヴィダすげぇ」と、小さく呟いた。シャチも同意のように頭をブンブン縦に降る。だがペンギンとシャチは困っていた。船長に伝えなければならない。
海軍がこの島に来ていること。
そして公衆の目前で何をやってんだということ。
まずはどっちを先に伝えようか。

〜〜〜〜〜〜〜〜
海軍本部の一室にて。

「ただいま連絡が入りました。失敗したようです。なんでも、キッドが少女を人質に取った瞬間、戦況が突然変わったとか…」

海兵が資料を見ながら言う。
青雉は面倒くさそうに海兵を見た。

「…なにそれ言い訳ェ?元々期待してねェが、吐くならもっとマシな嘘つけよなァ」

言いながら、大きな欠伸をした。

「目撃した海兵によると、少女は紅い目をしていたとの情報です。戦況によって、少女の行方は分からずじまいとのことで…おそらくキッドの手に…」

海兵の発言に青雉は一瞬眉を動かした。

「紅い目…?」

海兵は思わぬ点を聞き返してきた青雉に少し驚く。

「は…なにか…」

青雉は考える素振りを見せた。しかし、すぐにその様子はなくなり、「なんでもねェよ」と言って、報告に来た海兵を追い払うかのように下がらせた。

「…まさか………ねェ」

1人になった部屋には呟く。
誰もいない空白の部屋に、青雉はなにかを思い出すように目を閉じた。

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