人が多く通る大通り。その中にロー、ペンギン、シャチ、そしてヴィダがいた。
今回着岸したのはエルシアという島だった。
前回のヴィダと出会った島は自然が豊富で豊かな島であったが、今回の島はその島と比べると自然はそこまでなく、都心のような島だった。航海中、ローはヴィダの日用品を揃えるのにちょうどいい、と思ってここに寄った所存である。
さらに言えば、ヴィダと共に街を練り歩くのも楽しみだった。少女の顔がどのように輝き、そしてどのように自分に語り掛けるのか、ローは思考を巡らせていた。

しかし。

「ナァーン」

ローは抱いている白い猫の姿をしたヴィダを見た。当の本人が猫になるなんて誰が思うだろう。

(猫は航海の守り神として扱われる。恐らくその影響か…変な能力だ…)

昔から猫は航海の守り神と言われていた。災難から守るカゴカゴの実の能力者であるヴィダは、自身と来て海賊となり、航海のお守りのような立場となった。このことから猫とヴィダは同じ存在であり、イコールで結ばれる。恐らくそれがヴィダが猫になった要因だ。そう考えれば、納得もいく。だが街へ出て共に過ごす計画を立てていたローはこんな形で砕け散るなど思いもよらず、肩を落とした。
ヴィダは先ほどからキョロキョロと顔をいろんな所に向け、景色や人々の様子を見ている。その様子は確かに輝いていた。ふとローと目が合えば、「なに?」と言わんばかりに紅い目をこちらに向けてくる。ローは思わず目を細める。
今がどんな姿であれ、ヴィダが喜んでいるのはやはり嬉しい。思わずヴィダを撫でれば、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。柄でもなく可愛らしいという感情が芽生えた。

ヴィダの身長や服のサイズはもう採寸を取ってあるので、この状況でもなんとか服は作れる。
なにも問題ない、とローは思った。
気づけば、良い感じの洋服の通りに出た。
ローは適当な店に入ろうとするが、すぐにヴィダの存在に気づく。付き添いとして一緒に連れて行きたい気持ちは山々だったが、ヴィダの今の姿は仮にも動物である。ベポについては普通に人語を操るので、店に入る際は圧をかければなんら問題はなかった。だが今のヴィダはどこから見たって猫そのものである。猫を見せつつ「こいつの服を作って欲しい」と言って人型の服を注文してみよう。確実に変質者だ。

「……ヴィダ、ここからは今のお前じゃ入れねェ。待てるか?」

正直、自分が離れたくないと思うローだが、そこはプライドで押し潰した。

「ニーィッ!」

ヴィダは元気よく声を上げた。
ローはよし、とヴィダの頭を撫で、ペンギンにヴィダを預けた。

「お前ら、留守番してろ。といっても、そこらへんうろついてヴィダに色んなもん見してやれ」
「「了解船長!」」
「ナー!」

そしてローは1人店に入っていった。
残ったのはシャチとペンギンと白猫のヴィダのみ。

「しっかし、まだ戻んねェの?ヴィダ」
「さすがになぁ…」

2人はヴィダを連れて歩き出す。ヴィダも申し訳なさそうにニャーンと答える。その姿が可愛い、と思った。

「どうだ、街の様子見て感想は?」

シャチはペンギンに抱えられているヴィダを覗くように声をかける。
ヴィダは紅い目をキラキラと輝かせていた。それだけで今ヴィダがどんな気持ちかが伝わってきた。

「喜んでるなー!人間バージョンだったらきっと走り回って飛び跳ねてただろうな!ある意味猫でよかったかも」

ペンギンの言葉に2人はケラケラ笑う。
ヴィダも笑うように口角を上げた。
すると、

「にゃーん」

路地裏から、黒猫がやってきた。
そのぱっと見の風貌からして、2人はすぐ野良だと分かった。そしてシャチは思いついたかのようにヴィダに言った。

「お前、今なら猫語とか分かるんじゃないのか??ちょっと話してみろよ」
「お!いいなそれ。興味あるわ」
「ナー!」

元気な肯定を得たペンギンは、ヴィダの身体を抱いたまま、その場に座り、黒猫にヴィダをそっと近づけてみた。

「ニッ!」

ヴィダは挨拶のような声を上げた。反面、黒猫は何も言わずにじっとヴィダを見つめる。
飼い猫と野良の違いがよく分かる図だなぁと2人は思った。
反応のない黒猫に求むよう、ヴィダはもう1回声をかけた。
そして黒猫は近づいてき、ヴィダの身体の匂いを嗅ぎだした、その時だった。

「んなーお!!」
「ニギャ!?」

黒猫は突然ヴィダに抱きついた。その突然の行動にヴィダはペンギンの手の中で大暴れする。

「え!?ちょ、うわあ!?」
「あ!おい!」

ペンギンはあまりの出来事にヴィダの身体を離してしまった。
その隙にヴィダは一目散にその黒猫から逃げる。

「あ!ヴィダまて!」

ペンギンに呼ばれ、ヴィダは一瞬止まり、振り返る。だが振り返った先には、先ほどの黒猫が求めるように追いかけてきた。
甘えるような、そんな声を出して黒猫はヴィダに飛びかかろうとする。
ヴィダはここの奥底からひどい嫌悪感が出てくるのが分かった。そのあまりの恐怖にヴィダはまた一目散に逃げていく。

「ヴィダ!!やばいぞ!見失う!」

シャチがそう言った時にはもう遅かった。
4足歩行の動物の全速力に追いつくわけもなく、2人はヴィダの姿を見失った。取り残された2人は顔を真っ青にしてお互いを見合わせた。

「やばい…やばいぞ……これはほんとにやばい……!」

そのペンギンの発言にシャチは食ってかかった。

「なんでお前手ェはなしたんだよ!!」
「いきなりあんな暴れられたらそりゃビビるだろうが!予想外すぎんだよ!」

ファンシーな猫との会話を期待していた2人にとって、これはあまりに予想外すぎた。一体ヴィダになにがあったのか。考えながらすぐ横にあった薄汚れた看板の注意書きを視界に入れた。消え入りそうな文字の羅列にはこう書いてあった。

『猫の発情を促す行為はやめてください』

2人に沈黙が走る。
そして破裂したかのように叫んだ。

「さ、探せえええええ!!!!!ヴィダを、探せええええええええ!!」
「ヴィダを傷物にさせるかあああああ!!!しかもニャン公なんぞに!!!ヴィダは我らハートの海賊団(主に船長所有)のだあああああ!!!」

ヴィダの貞操の危機は、自分たちの命の危機(船長関連)でもあると、2人は即座に察した。

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