少し時は遡って。稽古中。

「脇をちゃんと絞めて、打つ!アイーヤ!」
「はい!アイーヤ!」

ベポの動きに合わせてヴィダは身体を動かす。武術に対してまだ知識が浅い少女だが、なかなかに良い筋をしていると思った。それと同時にこの少女が能力者であるということをベポは思い出した。そして不意に疑問を抱く。

「ヴィダは悪魔の実の能力者なんだよな。なにかこう、大技とかないの?」

キャプテンみたいに。と、ベポは動きを止め、ヴィダを見た。それはただの安直な興味だった。子供が大人に聞くような、そのくらいの疑問。ヴィダは顎に手を当て、考え込む素振りを見した。ベポの目線からだと、ヴィダのつむじがよく見える。

「うーん…わかんないな…。今まで使おうと思わなくても自然に発揮される能力だし…でも、意識的に何かしようと思ったこともない…」
「能力的には超人系だし、なにか色々できることがあんじゃねェかな!」

ベポの言葉に、ヴィダは顔を輝かせた。

「そしたら強くなれるかな!」

ローみたいに!と言って、2人ははしゃぐ。
ことの基準は大体ローであった。

「やってみたらなんかできるかも!」
「よーし!!!」

根拠のない自信が生まれた。テンションが上がってきた2人は妙な構えをする。ヴィダに至っては本当に何の意味がある構えだ、という感じであったが、今この状況で突っ込みを入れてくれる人は、クルーと応戦中である。

「なんか、こい!!!」

訳のわからないセリフを声で張り上げながら、ヴィダは両腕を晴れ渡る空に突き上げた。すると、ポン、と音がしたと同時に煙が出た。突然の視界の妨害に、ベポは慌てる。と同時に、ベポの前からヴィダの姿が見えなくなった。

「うわああああああ!!!」

ベポは突然の少女の消失に叫んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜

「……って感じ」

ベポの経緯に沈黙が流れた。
アホみたいな話だ、と誰もが思ったに違いない。だが白い猫ことヴィダは「ナァーン…」と申し訳なさそうな鳴き声を上げる。それは事実ということを認識させるのに十分であった。

「つまり、これは悪魔の実の能力…」

ペンギンが呟き、ローがそれに答えるように口を開いた。

「…カゴカゴの実の能力ってのは、どの文献も書かれてることが少ねェ。まるでどこかで隠されてるみたいにな。となると、知らない能力があるのは十分あり得る」

ローの答えに、シャチは聞き返した。

「でもなんで今更?本人も分かってないようですし」
「おそらく、ヴィダの身体の回復によるもんだ。あの時の状態じゃ、こんなことできる力さえなかったんだろう」

あの時、と聞いて、ヴィダに出会った時を思い出す。最初は瀕死の状態で、動き回る姿など想像すらできないほどであった。しかしこの船に来て、ヴィダは徐々に回復していき、傷も大分癒えた。気づけば、お転婆なすばしっこい少女になった。
つまり、この船に来てヴィダが回復したからこそ、この能力を発揮することができた。それはヴィダの身体の回復を表現するのと一緒ということに繋がる。
どことなく場には安堵の空気が漏れた。

「…話は終わりだ。ヴィダ、今すぐ戻れ」

抱き上げているヴィダを見れば、耳が垂れていた。なぜか困ったかのような顔をしている白い猫に、周囲は思わず見ててかわいいと思ってしまう。だが、そんなことを思うだけで事態はなにも変わらない。

「…戻れない、とか?」

シャチが苦笑いをしながらヴィダに聞いた。その言葉に周囲が沈黙がする。ローに至っては驚愕を隠しきれない、まるで絶望したかのような表情をしていた。あまりの表情に、ペンギンとシャチの身体は一瞬跳ね上がるほどだった。

「……いや…別に俺は猫だろうとヴィダならイケる」

血迷った危なすぎる船長の発言に、クルー達は焦った。

「せ、船長!落ち着いて下さい!別に一生このままってわけじゃないから!」
「と、とりあえず様子見ましょう!ね!?」
「そうだよキャプテン!」

励ましと言う名の説得でクルーはなんとか船長を危ない道から戻そうと試みる。ローを見れば「ああ…」と、空返事で、まるで魂が入っていなかった。そんな中ペンギンは思い出したように声を上げた。

「てか、もう次の島に着きます!!!」
「え!?あ、そうだった!と、とにかく準備しましょう!ベポ!ヴィダ頼む!」

シャチは白い猫ことヴィダをローから奪い取り、ベポに預けた。ローはシャチとペンギンに引きずられる形となって船内に入っていく。手のかかる船長だとペンギンは思った。
残されたベポの手の中には白い猫が包まれている。
白い手で白猫を持つその様子は、一瞬ベポが何を持っているのか分からないほどに色と同化していた。

「…ヴィダ、モフモフだな!」
「ンニィ…」

ベポのモフモフも暖かい、と包まれながらヴィダは思った。

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