「アイー!!」
「あいー!!」
「アイアイ!!」
「あいあいー!!」
「…うるせェ」
「「アイアイ!キャプテン!」」

甲板に座り、眉間にしわを寄せて文句を垂れれば、元気よく返事をするベポとヴィダがいた。シロクマと白い髪をなびかせる少女は青い晴天の中でよく映えている。先ほど自身の抱擁をするりとかわし、出て行ったと思った少女がなぜベポと一緒にいるのか。

「なにしてんだ、さっきから」
「ベポに体術教えてもらってる!」

不満そうなローの発言を覆すような元気な声でヴィダは答えた。その意外な返答に、ローは驚く。

「私、強くなりたいから!自分の身は自分で守らなきゃだからね!」

拳を前に突き出しながら、ヴィダは言った。
目は真剣そのものである。先ほどヴィダが言っていた準備とはこのことだったらしい。ローは少女が自分の前で初めて泣いた日を思い出し、静かに笑った。短期間でよくここまで成長したものだと思う。

「アイ!まずは発声練習からいくよ!ヴィダ!」
「うん!」

そしてまたアイー、アイー!と呼応が始まる。別に悪くはないが、一瞬違う視点から見ればなにかの宗教かと疑ってしまうような光景だった。

「…なんか騒がしいと思ったら、なにやってんですか、あれ」
「合唱でもしてんすか?」

ペンギンとシャチが甲板へと出てきた。
その様子をローはチラリと片目で見る。

「稽古、だとよ」
「えぇ!?ヴィダが?」

ローの言葉にシャチは驚愕の声を上げ、ペンギンはなんとも言えない表情をした。前までの船長なら完治していない、という理由でヴィダをすぐ病室に連行していた。すばしっこいヴィダをシャンブルズで捕まえるのが恒例だったというのに、今はそれをする気配さえない。

「…止めないんすね、船長」
「…傷はもう大分癒えたから安心しろ。それにあいつが自分から始めると言ったんだ」

ローはヴィダに視線も戻した。

「…どうなるにせよ、いずれはこうするつもりでいたから、ありがてェな」

この海ではそれなりの戦闘力をつけなければ生きていけない。それが海賊なのだ。戦闘力を身につければ身につけるほど、生存率は上がるだろう。もちろん、ローはクルーを見捨てるつもりなど毛頭ない。だが、いざという時のために、自分の身を守らなければならないことだってある。ヴィダもそれに変わりない。むしろ、ヴィダの能力からしてそれなりの戦闘力を身につけなければ、相手に多大な影響を与えてしまう。頃合いになったらヴィダを少し鍛えるつもりでいた。遅かれ早かれ、これはいつか来る未来だったのだ。

「この際だ。お前らにも稽古つけてやる」

ローは立ち上がり、ペンギンとシャチに向き直った。驚愕の声が上がる。2人から表情が一瞬にして消え、同時に血の気が引いていくのが見えた。

「身体が鈍るのはいざって時に危ねェだろ。もちろん、俺は素手だ。能力は使わねェ」

ローは床に刀を置きながら言う。笑ってはいる。が、目は笑っていない。その顔は今、オペをする時の表情そのものだった。長年付き添ってきたペンギンとシャチにはそれがわかる。

「…来ねェなら、こっちから行くぞ」
「ちょ、船長とやるとか、ほんとまじ、うわああああ!!?」
「稽古は嬉しいすけど!でも俺たちにもしご…ぎゃああああああ」

悲痛な抗議も虚しく、問答無用にローは2人に向かって駆け出した。狭い甲板では身動きなんてほとんどとれないために、一瞬の隙が彼らを喰らうように襲う。ローがシャチに拳をぶつけようとした時だった。

「うわああああああ!!!」

突然、ベポの叫び声がした。咄嗟に3人は動きを止め、そちらを向く。

「どうした!ベポ!」

ローが声をかけてみれば、さっきまでいたはずのヴィダの姿が見えない。ローの表情が一瞬にして強張った。ペンギンとシャチも、それに気づく。

「ベポ!ヴィダはどこだ!」
「わ、わかんない!いきなり消えた!!」

その言葉にペンギンとシャチは叫び、すぐさまヴィダを捜す。ベポを見る限り、嘘をついている節はない。というより、船長であるローに嘘をつくわけがない。まさか、海に落ちたか!?そう思い、甲板の手すりから海面を覗くが、目に映るのは揺れる波だけでヴィダの姿は見えない。もう波に飲まれてしまったのだろうか。ヴィダは悪魔の実の能力者だ。海に落ちたら、溺死してしまうのは当然の話である。ローは自分の心拍数が上がっていくのが分かった。

「くそっ!」

ローが己の技を使おうとした、その時。

「ナァーン!」

なにかの鳴き声と共に、足元に違和感を生じた。なんだと思って見れば、己の足に白い毛玉がしがみついているのが見えた。

「ナァーン!」

いや、よく見ると猫だ。白い猫。
ローは思わずその猫を凝視した。なぜ、猫がこんなところにいる。今は海の上。しかも先ほどまでこの船は海中を進んでいた。猫など、忍び込む隙間なんてあるはずがない。

「なんだ!お前に関わっている暇はねェ!」

ローはまた海に向き直ろうとする。しかし、それでも猫は足にしがみついたまま離れない。邪魔だと思い、退けさせるために猫の首あたりをつまんだ。そしてあることに気づいた。ローはその白い猫を、まじまじと見つめる。白い猫の瞳は宝石のような美しい紅をしていた。ローにとって、それはとても見覚えのある瞳だった。

「まさか……ヴィダか?」

自分でも馬鹿なことを聞いたと思う。しかし、それほどまでに今自分は少女がいなことに焦っているのだ。

「ナァーン!」

白い猫はそれに応えるように、元気な声を上げた。

「え!?船長!ヴィダいたんですか!?」

ヴィダ、という言葉に反応して3人は集まってくる。そしてローが抱きかかえている白い猫を視界に入れた。

「………猫?」
「…猫だな」
「メスのクマ?」
「「猫だよ!!」」
「すいません…」

各自の感想はほっといて、ローはまた白い猫に話しかけた。

「…ほんとにヴィダか?」
「「「え?」」」

ローの謎の問いかけに、この船長一体何を言ってるんだ、とばかりに皆目を丸くする。

「ナォーン!」

白い猫はお構い無しに肯定の意であるような声を上げた。一瞬の沈黙が場を包み込む。

「…ベポ!」
「アイアイ!キャプ…」

ローに呼ばれ、ベポはピシッと背筋を伸ばし、返事をする。だが呼ばれれば返すいつものセリフは、最後まで出てこなかった。見れば、ローは鬼の形相でベポを見ていたのだ。

「どういう経緯でこうなったか、洗いざらい全部話せ…」

ローの低い声が場を凍らせる。
暖かい、雲ひとつない天気であるはずなのに、背筋が冷たい。関係のないシャチとペンギンまでもがお互いの肩を掴んで震えていた。

「あ、アイーーーーっ!!!」

ベポの悲鳴にもとれる肯定の叫びが甲板を響き渡らせた。

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