「シャチ!ハサミ貸して欲しい!」

部屋に現れたのは船長に見初められた少女、ヴィダだった。患者服を着ており、無造作に伸びた長い髪を揺らしながらちょうど本を片そうとしていたシャチを見ている。

ヴィダはここ最近のハートの海賊団の新しい仲間であり、初めての女のクルーだった。
シャチにとって船に女がいるだけで舞い上がるほど嬉しい。このむさ苦しい船内に一輪の花が咲いたようなものだ。

そんな少女が自分にハサミを貸してくれ、と言っている。
シャチはとりあえず要望に応えようと、ハサミを手渡した。

「はい。ハサミ」
「ありがとう!」

受け取って、ヴィダは元気よく声を上げる
シャチはよくわからない顔をした。

「ハサミなんて一体なににつか…」

ザクッ。

「えっ」

音のする方を見れば、目の前で自分の髪を躊躇なく切っているヴィダの姿が映った。
しかもかなりざっくり切っており、白く長い髪まるで生き絶えたかのように床に散らばっていった。
突然の行動にシャチは叫び、すぐさまハサミを持つヴィダの腕を掴んだ。

「なななな、なにやってんの!?なにやってんの!?」

ヴィダはキョトンとした顔でシャチを見つめた。

「なにって…邪魔だから…」
「いやいやいや躊躇なさすぎでしょ!?てか目の前で切るとかある!?」
「あ!ごめん!そうだよね!ちゃんと髪は処分しとくから!」

そう言ってヴィダはまた髪にハサミを近づけようとする。

「ああああああいやそれもあるけどそうじゃなくて!!」

シャチは慌ててヴィダの持つハサミを取り上げた。

ヴィダの白い髪はかなり乱れていた。
腰以上にあった髪はいつの間にか胸らへんの位置になっている。それもかなり適当に。
咄嗟にシャチは思った。

これはやばい。

シャチの頭にお怒りの船長の顔が思い浮かぶ。バラされる。物理的な意味で。
しかし、切った髪はどうにもならない。

シャチは意を決したかのようにヴィダに椅子を差し出した。

「ヴィダ!俺が切るから!座って!!」
「本当?やったー!」

こちらの必死さにも気付かず、ヴィダは呑気に喜んでいる。

正直、女の子の髪なんて切ったことがない。
だがここで意地を見せなければバラされるのは間違いなくシャチである。理不尽な船長なら十分あり得る。
なにがなんでもやり遂げなければならない。

シャチは気合いに満ちた顔をした。

「俺は…俺はやるぞ!やってやる!!」

それを見たヴィダは顔を輝かせた。

「シャチ!がんば!」

誰のせいでこうなったんだ、という気持ちをシャチは抑えた。

〜〜〜〜〜

「……………どうだ……?」

シャチは唾を飲んだ。
努力あってか、適当に切られていた髪はかなりまとまり、腰以上にあった長い髪は一気に肩につく程度の長さになった。

「すごい!頭軽いよ!シャチ!」

喜ばしい感謝の声が聞こえ、シャチは少し微笑むが、すぐに大きなため息を吐いた。
とりあえず半殺しまで持ちこたえたかな…と遠い目をする。
そんな物思いにふけているシャチにヴィダは声をかけた。

「シャチ!前髪切って!」
「えっ!?」

少女は自分の前髪を弄りながら言った。

「前あんま見えなくて、邪魔なんです」

ヴィダは不満そうに言った。
たしかに、船長に紹介された当初から、邪魔そうな前髪をしていると思っていた。だが、この少女、まだやるか。

しかし、シャチは意を決した。
緩んでいたハサミを持つ手を、また締め直した。

「…えーい!この際だ!この俺に任しとけってんだ!」

もはやここまできたのならヤケクソであった。

「ヴィダ!目、瞑れ!」

言われてヴィダは頷き、目を瞑った。
チョキン、チョキンという音が部屋に響く。
シャチは慎重に、前髪を切っていき、そしてだんだんとヴィダの顔が露わになってきた。
頃合いになって、シャチはヴィダから離れた。

「できた!目、開けていいぞ。ただし、文句言うなよ!」

なんとかそれっぽくでき、シャチは安堵の息を吐く。そして、ヴィダは目を開いた。

「み、みやすーい!!すっごい景色がスッキリしてるー!」

ヴィダは嬉しそうにキョロキョロと周りを見る。

その様子を見て、シャチは呆然とした。
今まで前髪が邪魔でよく分からなかったが、ヴィダはとても綺麗な顔立ちをしていることが分かった。
肌は白く、唇は赤色がほんのり色づいている。白い髪はまるで絹糸のようだった。その純白の中で一際輝くような少女の紅い瞳は、ぞっとさせるほどに美しいものがあった。
シャチは思わず、見惚れてしまっていた。

「シャチ!ありがとう!」

呼ばれてようやく現実に戻る。

「よ、よかったな。そりゃ。はは」

シャチは照れ隠しのように、頬をぽりぽりとかく。

「うん!本当にありがとう!シャチ!」

ヴィダはにっこり笑う。
その笑顔に、シャチは頬を染めた。
笑うと尚更幼く見えるな、と思った。

「あ、ああ!こんなんで良かったら、髪を切るのなんていつでもおっけーだぜ!」
「ほんと!じゃあこれからシャチにお願いするね!」

そしてヴィダは床に散らばった元自分の髪を「うわああああすげええええ」と、なんとも素直な感想を言いつつ、片付けていった。なんだかその光景が面白く、思わずシャチは笑った。
そしてヴィダはくるりとシャチに向き直った。
元気な彼女の動きに合わせて白い髪が呼応するようだった。

「じゃあローに見してくる!本当にありがとうね!シャチ!行ってきます!」
「ああ!行ってこい!」

そう言ってヴィダはご機嫌な状態で部屋から出て行った。
シャチは快く笑顔でヴィダを送り出したが、すぐさま船長のところに行かせたことに顔を真っ青にする。
船長がヴィダが髪を切ったことを知ったらどうなるだろう。しかも勝手に。
素直なヴィダなら「シャチに切ってもらった!」と言うことだろう。

「………俺、大丈夫かな…」

バラされるのだけは勘弁して欲しい。

「………やっぱり追いかけよう。そして俺が切ったということをなんとかごまかそう」

そしてシャチは冷や汗を流しながら部屋を出ていった。

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