ローが自室のドアを開ければ、自分のベッドの中で丸まっているヴィダの姿が見て取れた。ローは特になにも気にせずベッドの隅に腰掛け、その顔を覗き込んだ。規則正しい寝息をたてながら気の抜けたような顔でよく眠っている。それを見てローは小さくため息を吐いた。
ヴィダがこの船に来てから、ローの部屋にはいつも少女が入り浸っていた。一応子どもっぽいとはいえ、れっきとした女なのでヴィダ専用に部屋は設けているのだが、1人は嫌なのか、よくローの部屋に来る。それはローからしたら嬉しい行為なのだが、実は本心を言えば、少しのイラつきを感じていた。
別にこの部屋に来られることが嫌なわけではない。むしろずっと部屋にいてほしいくらいだと思う。なら問題はどこにあるか。それは少女の無防備すぎる性格だ。今目の前にいる少女は可愛らしい顔で気持ちよさそうに自分のベッドで寝ている。これはローを信頼しているからこその行動なのか、はたまたそういう知識がないからこんなことができるのか。後者の場合ならそれはそれで支配欲が自分を駆り立てるが、少し脱力も感じた。
「…ヴィダ…」
焦がれるように呟いてから少女の顔にかかっている髪を手でどかし、ヴィダの頬に軽くキスをした。初めてキスをした日から、少女に向けているローの欲は徐々に限界がきている。さらには先日のキッドの一件もあって、ローは焦りを感じていた。この少女は人を引き寄せる魅力がある気がする。それは少女を溺愛するローにとっては大きな問題だ。少女を狙う輩は、意外と周りにいたのだ。
誰にも渡したくない。
ローはその強い欲求のまま、今度は唇を重ねようと顔を近づけた。だがその時、ヴィダがかすれた声でなにかを呟いた。恐らく寝言だ。呟いた内容は聞き取れなかったが、誰かの名前だったような気がする。ローはヴィダの頬を触っていた手に思わず力が入った。その反動か、少女は少し身じろぎながら、目を覚ました。
美しい瞳が瞼の隙間から覗く。
「……ろぉ?」
「…ああ」
ローは近づけていた体を惜しいと思いながらも離す。それと同時にヴィダが目をこすりながらゆっくりと体を起こした。ローは寝惚けたヴィダの額を軽く小突く。
「ずいぶん気持ちよさそうに寝てたな………俺のベッドはそんなに気持ちいいか」
「うん、すごく気持ちいい。私ここで寝るの好き!」
ローは嫌みたらしく言ったつもりだったが、ヴィダの純粋な反応に肩を落とした。すると、ヴィダが自分を凝視しているのが分かった。
「…なんだ」
「…え?…あ…ううん!なんでもない!」
穴が空くほど自分を見ている少女に問いただしたが、少女は誤魔化すように笑った。ローの中で疑問が残ったが、あまり気にしなかった。今はそれよりも聞きたいことがあった。
「何か夢でも見てたか」
先ほどの寝言についてだ。聞き取れはしなかったが、ヴィダが誰かの名前を言っていたのは確かだ。それはロー自身の名前なのかもしれないが、別の誰かかもしれない。少女の寝言の一つでさえ、気になってしまう。我ながら馬鹿になったと思う。
「うん!あーでも忘れたなぁ」
ヴィダは照れるように頭を掻いた。夢なんてものは起きたらすぐに忘れるものが多い。もちろん覚えているということも多いが、ヴィダにとって、忘れた夢はそれほど重要じゃないということだろうか。それともただ単純に忘れただけなのだろうか。だが忘れたのなら問い詰める理由はない。ローは安心したかのような息を吐いた。
「……まあいい。それより来い。今なかなかに面白いことが起きてる」
「おもしろい?ほんと?行く!」
ローは本来の目的を思い出し、腰掛けていたベッドから立ち上がった。ヴィダも興味津々でローの背中を追うようにベッドから降りた。小動物を連想させるようなその愛らしさにローは口元が緩んだ。ローはヴィダの肩を抱いて部屋を後にした。
〜〜〜〜〜〜〜
シャボンディ諸島で途切れた"戦争"の映像に、ローは背を向けた。
「船を出すぞ、ベポ!」
ローの掛け声とともに、ベポの元気な返事が返ってきた。クルー達のバタバタとした出航の準備の音が聞こえてくる。
「麦わらさんのところに行くの?」
共に側で映像を見ていたヴィダが声をかけてきた。
「ここで奴が終わるのはつまらねェ…それだけだ」
しかも奴はDの一族。救う価値がないわけではない。
ローはニヤリと笑った。
「…待っててね、麦わらさん…」
力強く言うヴィダだが、その顔にはルフィを心配するような表情が見て取れた。
…やはり助けるのはやめておこうか。
少女の顔を見てローは大人気なくも嫉妬心を抱いてしまった。
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