センゴクも大分長い間この仕事に就いているが、今回の一件についてはかなり精神的にくるものがある。

「全員逃しただと!?正義を司る者たちが何をやっている!!」

センゴクはシャボンディ諸島の一件について報告しに来た海兵を怒鳴った。なんでもルーキーの出没で海軍が返り討ちにされたなどと宣う。火拳のエースの処刑も相まって忙しいというのに、なんていうことだろう。センゴクは頭を抱えた。

「まあまあ、センゴクさん。そうかっかしちゃいけねェって」

宥めるように横から青雉は言った。センゴクは睨むように青雉を見た。

「さらに今回の件で分かったことが一つ。前回キッドに攫われたと思われた赤目の少女が海賊だったらしくーー」
「おい」

青雉が遮るように海兵の方を向いた。その声色からはいつものだらけきった様子はない。海兵は自然と背筋を伸ばす。

「…そいつの写真はあるか」
「はっ、こちらになります」

手慣れた手つきで海兵は資料の束をめくり、カラーで彩られた写真を青雉に手渡した。青雉はそれを神妙な面持ちで見つめる。

「……生きてたのか」

その呟きの意味を求めるように、センゴクは青雉を見たが、青雉は写真から目を離さなかった。

「…ここからは俺たちの話だ。お前は出て行け」
「はっ!」

青雉の言葉に海兵はその場を後にする。
センゴクと青雉の2人だけとなったこの一室に静けさが生まれた。火拳のエースの処刑、そしてシャボンディ諸島での一件。現在進行形である忙しさの中、この一瞬の無音をセンゴクは懐かしく思った。それほどまでに、今が騒がしい事態だということが痛感できた。

「どうした、青雉」

無音の一室にセンゴクは問いかけた。

「…センゴクさん、これを見てくれ。思い出すことはないか」

青雉はセンゴクに先ほど眺めていた写真を渡した。見れば、そこには少女が写っていた。白い髪に白い肌。何より異様なのは紅く美しい瞳。人とは思えぬような神秘的な容姿だが、写真に写っている笑顔は少女特有の愛らしさが出ている。
センゴクの中で古い記憶が少しずつ浮かび上がってきた。

「……まさか…」

センゴクは息を飲むようにゆっくりと青雉を見た。それに応えるように青雉は頷く。

「……まちがいねェ、ヴィダだ」

ため息混じりに言った答えには偽りが感じられなかった。センゴクは疑うように、もう一度写真を見る。

「だが、随分見た目が違う。別人ということはないか。例えば………そうだ。昔と違い、髪の色が違う」
「…過度なストレスで髪が白くなることもある。あの能力ならやりかねねェ。それに月日を足してもこの見た目の年齢なら一致する。…それに、俺には分かる」

青雉は真っ直ぐとセンゴクを見た。

「こいつはヴィダだ」

センゴクは言葉を噤んだ。

「……信じたくないのは分かる。だがセンゴクさん、ここからはアンタの判断だ。元々こいつは俺たち海軍が所有していた」

写真を持つ手に力が込められた。写真に少しシワができる。

「…生きて連れ戻すか?」

青雉の言葉にセンゴクは首を横に振り、持っていた写真を青雉に返した。

「…いや、海賊になった今、私たちの敵であることには変わりない」
「…了解」

そして青雉はセンゴクに背を向け、部屋を出るためにドアノブを触った。

「じゃあセンゴクさん、後で」

バタン、とドアが閉まった。青雉が出て行った空間の静寂さの中で、センゴクはため息を吐いた。



「おい」
「はっ」

青雉は先ほど報告をしにきた海兵を捕まえ、少女の写真を手渡した。

「そいつの手配書を作れ。名はヴィダだ」
「はっ……額は?」
「4000万」
「は………はっ!?」

海兵が驚いた顔でこちらを向いた。それもそうだろう。今のところの見解で少女はただの『海賊』である。まだなにかをやらかしたわけでもないのに、いきなりこの額など驚くはずだ。

「あいつはそれほどの…いや、それ以上の価値があるのを俺たちは知ってる。お前らは黙ってやりゃあいいんだよ」

そう言って青雉はスタスタと歩いていく。エースの処刑が決まった今、自分にも大将としての仕事がある。暇なわけではない。だがどうしても湧き出てきた記憶がとめどなく青雉の感情を揺さぶる。

『なまえ、くざんっていうの?』
『ねぇくざん。わたしはどうしてここにいるの?』

「あーあーあーあー…」

青雉は聞こえないように、振り払うように声を出す。

「クソみてェな正義だ…」

呟く嘆きに青雉は自身を押し殺した。

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