今日は思わぬ大物と出くわす日だ。
ローは目の前で動かなくなったバーソロミューくまを見ながらそう思った。デカイ図体に硬い身体。なかなかに苦戦したが、見る限り、こいつは七武海ではない。まず作りからして生身の人間ではないのだ。中身はサイボーグかなにかだろう。こんなものまで作るほど、海軍は今自分たちを捕らえるのに必死らしい。面倒なものだ、そう思ってローは視線を逸らした。
「おいヴィダ。あんな行儀すらまともに知らねェ奴のとこにいないで俺のところに来いよ。楽しいぜ」
「ぎょうぎ?」
視線を逸らした先を見れば、キッドとヴィダがいた。ローにとってそれだけでも嫌な光景だが、最悪なことに、キッドはヴィダの肩を掴んで自分の方へと引き寄せていた。数秒目をはなした隙に、何てことだろう。
「ユースタス屋…人の女を勝手に口説くんじゃねェよ……!」
「はっ!誰が誰の女だって?」
キッドは嘲笑うようにこちらを見た。
やはりキッドはヴィダに気があると思っていいだろう。まさかヴィダの言っていたユータというのがキッドだとは思わなかった。妙に変なあだ名をつけたと思う。まあ恐らくキッドの名前が覚えられないからそんなあだ名にしたんだろうが、問題は一体どういう経緯で知り合ったのかということだ。
だが今はそんなこと考えている暇はない。
「テメェみたいな気味が悪ィ奴より俺の方がよっぽど価値があるってんだよ」
そう言って、キッドはヴィダに口づけをしようと顔を近づける。
「ROOM、シャンブルズ」
ローは間一髪のところでヴィダを自分の元へと瞬間移動させた。
「てめ…」
キッドが憎たらしそうにこちらを見た。
反面、ローの側に来たヴィダは嬉しそうであった。
「シャンブルズ、久しぶりにされた!」
ヴィダの嬉しがるポイントのズレに、ローは釈然としなかった。
「ヴィダ」
「ーーんっ」
呼ばれて振り向いた少女の唇を、キッドに見せつけるように、ローは口付けた。その光景にキッドは目を見開く。ヴィダもキッドと同じように目を見開き、そしてみるみるうちに顔を真っ赤に染めた。ローはヴィダの柔らかい唇を十分に堪能してから、わざとらしくリップ音を鳴らしてから唇を離した。
「…これで分かったか、ユースタス屋。テメェが入る隙間なんてどこにもねェんだよ」
「て…てんめぇ…!」
ローが勝ち誇ったかのように一瞥すれば、キッドは怒りで体を震わしていた。その様子を見てローは悪魔のような笑みを向ける。自分のものを見せつけるのは、なんと気持ちが良いのだろう。心地よい優越感が自身の身体を包んだ。
「…ばかロー」
見れば、ヴィダはローのことを睨んでいた。
「お前が悪い」
「…なんで」
「警戒心がないんだよ」
「でもいきなりはやだ」
いつもだったら押し黙る少女だったが、今日はずいぶん反論する。そんなに嫌だったのだろうか。
しかし、ヴィダはぎゅっとローの服を掴む。こちらを見てはいるが、少し視線を逸らしていた。頬は先ほどより赤みは引いたが、まだほんのり赤い。
「……私も、ローの、感じたいから、いきなりはビックリする。だからだめ」
拗ねるように言った口から出た否定の言葉は、ローを刺激するのに十分だった。ローの中で思考が加速する。
つまりそれは、事前報告をすれば、なにをしても良いということなのか。
ローの心情に熱いものが込み上げてくるのが分かった。
「せんちょうなにやってんですかああああ!!」
シャチの怒声でローは我に返った。
「後ろから海兵きてるんだって!こんなところで盛らないでください!!」
ペンギンの口から焦りが出ている。それもそのはず。早く急がなければ海兵どころか大将が来てしまう。今はそれだけは避けなければいけない事態だ。
「トラファルガーああああああああ!!!!!テメェ!!殺す!!絶対に殺す!!新世界でなんて待てるか!今ここで潰してやる!!!!」
「キッド、もたもたしてると大将が来る」
「うるせェキラー!!テメェは黙ってろ!!」
先ほどのキスでキッドは完全に頭に血が昇っていた。それを止めるようにキラーはキッドを宥めるが、収まる様子はない。
ローが自分で蒔いた種だが、流石に構っていられないと思い、ヴィダを担いですぐさま己の船へと向かった。
「ヴィダ!!」
ローに連れられた少女を呼び止めるようにキッドは叫んだ。その声には「行くな」という意味が込められていたのは明確だった。もちろんローがその声を聞いてヴィダを渡すわけがない。ローは少女が逃げないようにヴィダを抱く腕に力を込めた。
ヴィダはローに担がれた状態のまま、顔だけキッドの方を向き、そして笑った。
「新世界で絶対会おう!!キッド!!」
凛とした少女の声がキッドの耳に響いた。キッドの怒りは一瞬忘れるように鎮火する。初めてちゃんとした名前で呼ばれたことに対しての驚きと、少しずつ込み上げてくる歓喜がキッドを襲った。
そのキッドの様子を見て、キラーは感嘆の声を上げる。シャチ、ペンギン、ベポはため息を吐き、ジャンバールはよく分からなそうな顔をした。屈託無く笑う少女に、ローは走りながら小さく舌打ちをする。
今日は大物だけでなく、思わぬ出来事もある1日だ、とローは思った。
ーーー話には聞いていたが、まさかキッドがああいう女が好きだったとは予想外だった。
後に母親の目線でキラーは語ったという。
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