前方を見れば海軍が自分たちを待ち構えていた。もともと海軍がこのオークションハウスを取り囲んでいたことを知らなかったわけではない。だが麦わらのルフィが天竜人を殴ったことによって起きたこの事態は完璧なとばっちりだ。この状況は犯人である麦わらのルフィの尻拭いに近い。だがこの程度の海兵になど恐れを抱くような3人であるはずがなかった。むしろこの状況を楽しんでいる節さえある。

「お前ら…下がってていいぞ」
「お前ら二人に下がってろと言ったんだ」
「もう一度俺に命令したらお前から消すぞ。ユースタス屋」

モンキー・D・ルフィ
ユースタス・"キャプテン"・キッド
トラファルガー・ロー

今の時代に名を轟かす3人の船長は、かけられた懸賞金では想像がつかないような幼稚な喧嘩をしていた。すると、よく聞き慣れた声が聞こえた。

「ロー!!」

声のする方に振り向けば、ローは少女にいきおいよく抱きつかれた。ローはすぐに思考を巡らせた。こんなことをするのは1人しかいない。

「ヴィダ!お前なんでここにいる」

ローは驚愕の声色でヴィダに声をかけたが、身体は無意識に少女を抱き返した。慣れた行為だ。

「職人さんの情報掴んだから、こっちにきたんだー。約束通り、帰ってきたよ!」

ヴィダはローを見ながら抱きしめる腕に力を込めた。さながらその姿は飼い主に甘える動物のようだった。ローは少し口元を緩め、褒める代わりにヴィダの頭を撫でた。ヴィダは気持ちよさそうに目を細めた。完璧に自分たちの世界に入っている2人だったが、その状況を驚愕の目で見つめる人物がいた。

「……ヴィダ?」

キッドが疑うように呟けば、呼ばれた本人はすぐに紅い瞳をそちらに向けた。思わずローは撫でていた手を離す。

「ユータ!?ユータだ!!すごい!また会えた!ロー!ユータだよ!」

ヴィダはローから離れ、指をさすが如くキッドとローを交互に見た。

「だからユータじゃなくてキッドだ!」

キッドの声に反応してか、海軍を前にしてどうしてやろうと考えていたルフィがこちらを覗き込んでいた。

「なんだァ??知り合いか?」

覗き込むように見たルフィを見て、ヴィダは目を見開いた。

「あっ!帽子の人!さっきは教えてくれてありがとう!」
「なにがだ?俺お前知らねェぞ?」

どういうことだ。
先ほどからまったく噛み合っていない会話に、ローは怪訝そうな顔でヴィダを見た。というより、なぜヴィダはこいつらを知っている。手配書に載っているからだろうか。いや、それだけでこんな親密に話すわけがない。
ローはとりあえず現段階、ヴィダの発言の中でユータというのはキッドだということだけが分かった。
ローは敵を認識するように、キッドを見る。すると、キッドも同じように鋭い視線を向けていることに気づいた。

「……なるほど。まさか、テメェがヴィダのなぁ…思った通り軟弱そうな奴だ」
「…あ?喧嘩売ってんのかユースタス屋……テメェはちゃんとした名前すら覚えられてねェじゃねェか。ユータ」
「んだとテメェ!!」

臨戦態勢をとっていた海軍も、突然の少女の登場に怪訝な顔をする。

「…おい、あの少女、たしか…」
「ああ、前にキッドに誘拐されていた少女だ!俺はあの時現場にいたから間違いねぇ!」

一部の海兵からどよめきが起きた。

「まさか海賊だったとは…」

海兵の焦りを制するように、准将は叫んだ。

「海賊ならば関係はない!まずは、あのルーキー達を潰すのが先手だ!撃てェ!」

その掛け声とともに兵は身を引き締め、銃弾や大砲を撃つ。キッドとローはそれを横目で確認した。

「ちっ…テメェいつかぜってェぶっ殺すからな」
「どの口が言ってやがる……ヴィダ。すぐ終わるから下がってろ」
「うん!」

手足が出そうな口論を中止し、再度海軍に向き直った。ヴィダは素直にジャンバールの側へと戻っていった。

「…あれがお前の船長か」

ジャンバールはローを見つめた。見れば、なにかサークルを張っている。不思議な能力だ。

「うん!ローだよ!すごく強いんだ!」

ヴィダの顔を見れば、その表情からいかに船長を尊敬し、愛しているのかが伝わってくる。
それを見てジャンバールは昔を思い出した。広大な海で自由を貫いたあの時。なんて素晴らしかったのだろう。
なのに、今はこんな有様だ。こんな姿に成り下がってしまった。昔の自分の仲間が見たら、なんて言うだろう。

だがこうなった今も強く願い続けていることがある。それは些細な夢でもあるが、実に壮大な夢。

もう一度、自由を。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

奴隷としての首輪が一瞬にして外された。ジャンバールは自分が自由になったということを認識するのに数秒時間を費やした。

「俺と来るか?海賊キャプテンジャンバール」

混乱の中、その男の声はよく響いた。
その呼び名に、いつしかのクルー達の顔が思い浮かんだ。ひどく、懐かしい。
ここを踏み出せば、あんな奴らに縛られた生が終わる。自由になれる。

「行こう!」

少女の声が自分の背中を押すように頭に響いた。
不思議な少女だ。まさか本当に俺は拾われることになろうとは。

「天竜人から解放されるなら喜んでお前の部下になろう!!」

自由を、拾ってくれた礼として。

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