あたり一面巨大なマングローブで構成され、地面から透明なシャボン玉が途絶えることなく出てきている。ここはシャボンディ諸島。新世界へ行くものにとって必ず通る場所である。ロー率いるハートの海賊団はついにシャボンディ諸島に到達したのだ。今後についての話を船長であるローが申告するべく、クルー達は甲板へと集まっていた。

「オークションハウス?」
「ああ」

意味を知らないわけではないが、この場で聞くような言葉とは思えなかったため、シャチは思わず聞き返した。周りのクルーも疑問を抱くような表情をしている。
ローの話を聞くところによると、この島では人身売買がさているとのことだ。政府や軍が目と鼻の先にあるくせに、奴らはそれを黙認しているため、この島は大分やりたい放題らしい。
ローはそれに目をつけた。

「競りってのは、金のある奴しかこねェ。俺らはそいつらの隙をついて金を奪うんだよ。資金集めはそれが1番手っ取り早い。さらに気に入った奴がいたら買うのもありだ。被験体として落とすのもあるかもしれねェが…」

最後の言葉で笑みを浮かべるローに、クルー達は冷や汗が出る。悪趣味な我らが船長はここらへんが人とずれているような気がした。

「だが、魚人島に向けて腕のいいコーティング屋も見つけなけりゃならねェ。行動は二手に分けたい。主に新世界へ向けての資金集め。そして船のコーティング屋の捜索。この2つだ」
「じゃあ私コーティング屋って人探す!」

地面から滞りなく出てくるシャボン玉の上に乗って遊んでいるヴィダが突然名乗りを上げた。

「ヴィダ!落ちると危ないから早く降り……、言わんこっちゃない…」

ペンギンの忠告も虚しく、ズシャリ、という鈍い音と共にヴィダがシャボン玉から落ちた。ヴィダは自分の失敗に照れ臭そうに笑った。その様子を見てクルー達から笑いが起こる。

「ヴィダ、それは本当か」

ローがヴィダの方を見た。ヴィダは転けた体制を立て直す。

「うん。猫の姿になればみんなより早く動き回れるから、誰かを探すのにはもってこいでしょ?だからやる!」
「で、でもヴィダ…」
「大丈夫だよ!もう猫バージョンのコントロールできる!」

ヴィダは力強く拳を握ってみせた。

「いやそうじゃなくて…」

クルー達が不安だったのはそこではなかった。
このシャボンディ諸島は新世界へ向けて進む者たちが集まる場所だ。
つまり、グランドラインを勝ち進んだ猛者達の巣窟。しかも今かなりの億越えが集まっていると聞く。そんなところにこんな少女が走り回って(言い方に語弊があるが)良いのだろうか。たしかにベポとの修業で大分力はつけたヴィダだが、仮に戦闘になった時そんなんで勝てるわけがない。
クルー達は船長の否定の言葉を待った。

「ーー分かった。ならお前に任せよう」

予想外の船長の答えに、皆一瞬声を上げる。

「いいの?やったー!頑張るね!」
「い、いいんですか船長!!」

ペンギンが声を荒げる。
クルー達も、驚いた様子でローを見た。

「むしろ好都合だ。懸賞金がかけられている俺達より、まだ何も知られてねェヴィダに頼むの方がいい……。ついでに言うならヴィダの能力なら、いい奴に出会えるかもしれねェしな」

ローはごくごく正論を述べていた。クルー達は反論の言葉が出ない。

「た、たしかに…で、でも」
「なんだ」

まだあるのか、とローは眉間に皺を寄せた。

「寂しく、ないんすか?」

言いにくそうに言うシャチの頭をローは殴った。

「俺がそんなもんにも耐えられねェ男に見えんのか…!それに本人の意向ならお前らがとやかく言う権利はねェだろ。黙って俺に従え」

シャチは殴られた頭を抑えてその場にうずくまった。愛の鉄拳は常に重い。

「シャチ、ペンギン、ベポは俺とこい。それ以外はコーティング屋を探しつつ必要なものを揃えろ」

「アイアイキャプテン!」そう言ってクルー達はバタバタと準備を始めた。
ヴィダがローの側へと寄ってくる。

「私頑張るね、ロー!」
「ああ。期待してるぞ」

ローはヴィダの頬にキスをし、そっと抱きしめた。ほんのり頬を染める様子を見ると、ヴィダはまだキスが慣れていないらしい。
ローはヴィダの耳元に唇を近づけた。

「……ヴィダ、早めに帰ってこい」

耳元で小さく囁くように言ってから、一瞬ギュッと力を込めて抱きしめた後、ローは身体を離した。心配をしていない、といったら嘘になる。だが、ヴィダを信頼するのも、船長である自分の役目だ。子どものようなわがままは言わない。

「大丈夫だよ、ロー。じゃあ、行ってくるね」

そう言って背中を向ける少女だったが、「あ。」と、なにかを忘れたかのように振り返る。

「どうしーーー」

声をかける前にヴィダはローの左手を取り、その手の甲にそっとキスをした。可愛らしいリップ音が小さく鳴った。

「いってきます、船長!」

ヴィダは顔を上げ、満面の笑顔でローを見上げて言った。そしてローから離れ、今度は1度も振り返らずにシャボンディ諸島の奥へと走って行ってしまった。呆然とするローの後ろで一部始終を見ていたクルー達がひそひそと話す。

「…イケメンだ」
「ああ、イケメンだった」
「船長形無しだ」

もちろんその会話はローの耳に届く。

「よし!俺らも船長に敬愛のキ……」
「……あァ?」
「なんでもないでーす!いってきまーす!」

ローが凄むように振り返ればクルー達は逃げるように島の中に入っていった。それを見てローはため息を吐く。

「まったく…調子が狂う」

ローは顔を隠すように帽子を深くかぶり直した。

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