僕の故郷は、北の海のこれといった名所も特色もない、小さな島だ。
そんな場所でも、昔は有名な海賊船がここを拠点として海路を渡っていたらしい。生憎、それは僕の生まれる前の話だから、詳しくはよく知らないけれど。
でも幼いぼくはその話を聞いてから、島のどこかに海賊が残した宝があるんじゃないか、と思い馳せた。
そこからは早かった。
海賊なのだからという理由で、基本的に海岸沿いを中心に歩いて探し回った。しかし、しばらくしても大きな成果はなかったので、今日は趣向を変えて島にある山の頂の方を歩いてみることにした。
慣れない山道をひいひい言いながら登れば、日の光がよく当たる場所に出た。すぐそこの崖となっている場所は、見下ろせば波の音がザバザバと聞こえる。地平線は美しい大海原と青い空が混じり合い、境界が曖昧に見えた。
高い場所から全てが一望できる、気持ちの良い場所であった。
しかし、それらはただのおまけだ。実際にぼくが注目したのは、それらを背景に鎮座する、小さい造形物だった。
この時のぼくはそれがなんなのか分からなかったけれど、当時のぼくには十分なくらい、それに釘付けになった。
だからか、その造形物の傍に僕と同じくらい小さな子がいることに気づいた。
「…? こんにちは…えっと…ここ、とってもきれいだねっ!」
近づいて精いっぱい声をかけた。でも、その子に動きはない。目が閉じられているので寝ているだけかと思ったが、それでも一切反応はなかった。
最終的にぼくは、これはよくできた人形なのだと勝手に納得し、新しい発見をしたと意気揚々に帰路についたことを、覚えている。
しかし、それをすぐに後悔することが起きた。
ある日、外から厄介なゴロツキ達がやってきた。ぼくはいつものように、海岸を探検中だったから、早々に捕まってしまった。
「ここの島に大海賊の宝があると聞いた。おいガキ、案内しろ」
ぼくは必死に抵抗したし、正直に知らないとも言った。でも奴らは離してくれなかったし、首元にはナイフを突きつけて脅してきた。
怖くなったぼくは、なんでもいいから早く解放されたくて、適当な場所まで案内した。
気づいたらそこは、いつしかぼくが見つけた造形物のある場所だった。
実を言うと、この場所は今まで誰にも言わずに内緒にしていた。とても綺麗な場所だったから、たとえ海賊の宝じゃなくても、ぼくが見つけた宝物であることには違いない。
だから、ぼくだけが知ってる場所にしたかったのに。
恐怖に負けてバレてしまったことが、すごく悔しかった。
「墓?おいガキ。俺たちをおちょくってんなら、ただじゃおかねぇぞ」
「いやまて。よく見ろ。こいつは大当たりかもしれねぇぜ」
「なに? ……!」
「こりゃあ…!よくやった!」
海と空が結びあう場所を背景にした、美しい造形物と、それにそっと寄り添う小さな人形。
相変わらず、初めて見た時となんら変わっていなかった。
奴らの興奮する会話の内容がぼくにはよくわからなかったし、褒められたってなにも嬉しくない。
ぼくは早く逃げたくてここを教えたのに、もう1人の仲間がぼくの腕を掴んで離してくれなかった。
「おい、きっと中になんかある。墓暴くぞ」
その一言で、仲間の男が造形物に触れようとした時だった。
―――、D#a?"(&wh?/:」*・re??
ぼくの目の前に黒い線が現れた。
それは今しがた触れようと手を伸ばした腕ごと男の体を突き破っていた。
背中から突き出ているものは鋭い切っ先で、赤く濡れている。
その出所を辿れば、開眼した人形と目があった。
ーーー.,S/!..aわ^:rうe*,.,-.rroなtt!!
「は……ッ?」
貫かれた男の口から、血がゴポリと吐き出された。
男は状況が掴めない呆けた顔のまま、その一線に動かされ、崖から波渦舞う海へと放り込まれた。
ようやく全貌を表した一線の正体はひどく長さのある刀で、その持ち手は小さな体。
憎悪に濡れた瞳の人形が、ゆっくりと動き出した。
「うわ…うわあああ!!」
今まで固まっていた仲間の一人がぼくを放り出して、銃を構えた。
「どけぇ!くるな!このばけも、」
の、という言葉と同時に、仲間の首が落ちた。
そのまま崩れ落ちた体を見て、ぼくは小さく悲鳴をあげた。
対して人形は物怖じせず、辺りに血が広がる前に、それらの死体を手早く崖から落としていた。
全てを落とす頃には、再び人形は同じ位置に寄り添い、何もなかったかのように再びそっと目を閉じた。
ここまでの間、ぼくは呼吸をしていたのか分からない。
全身の力が出ず、その場に尻餅をついた。
今残されたのはぼくと、この人形だけ。
目の前のモノから、目を逸らすことができず、心臓はどくどくと早くなり、呼吸が荒くなった。
人形から全く得体の知れないモノへと変わった恐怖が、じわりじわりと身に纏わり付いてくる。
それでも、ぼくは知りたかったらしい。
「……きみは…なんで泣いているの…?」
人形の頬を伝う涙に対して、ぼくは震える声をしっかり張り上げて、一心に問いかけた。
ーーーa#?uま;m/?st:・er、tて.。z。……!。rU・…
そして、ようやく口にした人形の言葉は、か細く、しかも壊れた機械のようにひどい雑音だらけだった。言語にはほど遠く、ぼくにはまったく理解ができない。
そんなぼくの体に、脳が命令を下す。どうやら、体がようやく回復したらしく、ぼくはその場から逃げるように走りだした。
雑音と一緒に流れてきた、泣き声と期待と悲哀と寂しさと…。
この世の悲しみ全てが流れてきたぼくの体は、必死に感情を追い出すように止まらない涙をボロボロと流し続けた。
それから、半世紀近くが経った。
時代も再び移り変わり、海からこの島へやってくる者も再び増え始め、島は昔より活気に溢れていた。
小さかった"ぼく"にも、昨日孫が生まれたからもういい歳だ。昔は島中歩き回った足腰も、今や近所を散歩する程度で十分。
もう結構、満足な人生を歩んだと思う。
…ただ一つを除けば。
そんなある日だ。
旧友と初孫の可愛さについて語ろうと酒屋に訪れた。
彼は先に席についていたから、僕は急いて彼の隣に座る。すると、旧友は食い気味にぼくに話しかけて来た。
「聞いてくれ。さっき旅のもんがここに来た」
「最近の時代じゃ珍しくないだろうそんなの」
「そりゃそうなんだが、随分と若い男…っていうかありゃまだガキだ。そのガキが妙にあたりを探すもんだから、そんなに珍しいかここは?って俺は思わず声かけちまった。そしたらそいつ、なんて言ったと思う?」
山をつけるまで話をためるこの男の癖はいつも通りだな、と思いながら、のんびり相槌を打って僕は彼の言葉を焦らさず待つ。
「"百年待たせた宝を探してる"、ってよ。変な奴だよなあ。こんなところに宝なんてあるわけねぇのに。最近の若いのはなに言ってるのかわからねぇな!思わず笑っちまった…っておい!どこいくんだ!?」
最後に行ったのはいつだ?十?いや、二十年は超える?もうそんなに経つのか?嗚呼、いつからこんなに時が経つのが早くなったんだ。
ぼくは昔より弱くなった足腰をしっかりと動かし、山を登った。
小さなころよりもずっと重くなった足は、気持ちばかり前に行ってちっとも進んでる気になれない。
だから早く、早く。気にしすぎだと思ってもいいさ。だから確認させてほしい。
泣き喚いたあの日からまた少し大人になった僕は、最後にもう一度だけあの場所を訪れた。
訪れたと言っても、遠巻きで見るくらいだ。僕にはあれ以上近づける勇気は、既になかったから。
でも、その距離でも分かるくらい、あの場所はなにも変わっていなかった。
位置も何もかも。全てが。造形物だって、返り血すら浴びさせていない。
変わっていなかったからこそ、子供の頃とは違う景色でそれを見ることができた。大人になって、失う者を見てきた僕には、その悲しみのカケラくらいは分かったから。
僕ならばきっと、簡単に壊れているだろう。なのに、今見えるこの状態は、いつまで続くのか。
守るように寄り添うあの子が、心折れるまで続くというのか。
僕はもう一度涙を流した。今度は泣き喚かず、僕自身の気持ちから溢れた想いを溢すように。
唯々、静かに泣いた。
そしてこれを機に、僕はこのことを忘れることにした。この場所を見つけたことも、ここで起こったことも、聞いたことも。見たことも。なにもかも。
もう二度と、あの辛い泣き声を聞きたくはなかったから。
そう、決めた。
…はずだったが。
もし、それが救われる結末になるのなら?
ぼくの心臓は破裂するくらいに緊張した。
遠くで声が聞こえてきたのだ。
しかし相変わらずの雑音で、何を言っているのか僕には分からないし、頭も痛い。
けれど、まだあの子がいるという確信ができ、急いで山を駆け上がった。
それに沿って声は段々と大きくなり、僕の気持ちも囃し立てる。
ようやっと辿り着いた時には、僕の疲れた身体も、乱れた息も全て忘れて、その場の光景を心に刻んだ。
そこには少年がいた。旧友の言っていた特徴が一致するあたり、本人で間違いないだろう。
まだ大人になりかけの少年は、人形を抱きかかえ、その頭を優しく何度も撫でつける。
ただでさえ、ぼくは雑音に頭が揺れるというのに、少年にその様子は見られない。むしろそれに相槌を取っているように見えた。
見たことのない光景だ。そのはずなのに、彼の動作全てになんの違和感がないから、不思議だった。
「…俺は自由にしろと言ったはずだ。それを理解しなかったとは言わせねェ。…これはお前の意思か」
聞こえてくる少年の問いかけは、柔らかくも、重い。
かつての子はいつか見た憎悪の瞳から大粒の涙を零し、その少年の言葉に何度も頷いた。
そして、
『ず、うっ、と。い、しょ。ありゅじ』
ゆっくり、ゆっくり一つ一つ紡がれた言葉。
雑音が取り除かれた、しっかりとした声音に、ぼくは息が止まるほど驚いた。
少年はそれに気を良くしたようで、「また舌が回らなくなったな」と、どこか懐かしむように笑みを浮かべていた。
「…なら俺についてこい、鬼哭。後悔はさせねェ。また存分に可愛がってやるよ」
言い切った後、青いサークルが出現し、姿を消す。
僕は追いかけるように慌てて足を前へ踏み出したが、彼らの姿はどこにもなかった。
あの雑音も、泣き声も。
ふと、崖下の海面に大海原を渡ろうとしている海賊船を、視界の隅に捕らえた。
そこから風に乗って聞こえてきたのは、波の音と、喜びを分かち合う笑い声。
その同じ喜びが彼らに届くように、僕はこれからの旅路を見送り、どうか長い無事を、と心から祈る。
墓石に刻まれた名を見れば、年月はちょうど今で100年目。
歴史に名を残す大海賊の眠りは、今再び動き出す。
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